それから猫はいつも通りに、にゃーと鳴いた。
機械の獣が空を飛んでいる。その動きに意志はなく、内部のコクピットにはもう猫の姿はない。
またコクピットより後方には小さな入り口があった。猫がいるのはその先だ。
猫はもうにゃーとしか鳴かない。首輪は外れ、外部装置との同期が解けた猫はただの猫だった。
名前を呼んでくれる主はもういないのだから、かつて呼ばれていた名にも意味はなくなっていた。だからそこにいるのは、今はただの猫でしかなかった。
キベルテネス級獣型兵器『ビースト』。その内部の空間に設置されていたのは猫のためだけに用意されたバイオスフィア。その中で猫は機械の
周囲のスクリーンには青い空が投影されている。外部記憶装置から解放された猫には、それはもう本物の空にしか見えていない。夜が来れば夜空となり、猫はそれを見ながらにゃーと鳴くことだろう。
時間がくれば餌のカリカリが配給される。トイレの掃除も自動で行われる。この鋼鉄の檻は猫の残りの生涯を守るのには十分すぎるほどに稼働し続ける。
そして出された餌をカリカリと食べながら、猫はふと飼い主のことを思い出すことがあるかもしれない。抱きしめてくれた暖かい腕を懐かしく感じることがあるかもしれない。しかし、それも機械の
その空間の中に悲しみは必要がない。それが猫の望んだ、猫の結末だ。
機械の獣が空を飛んでいる。
もうこの世界には人の音がしない。今もまだナノマシンの黒い雨は世界中で降り続けている。
もはや人は完全に死滅したか、或いは地下で生き残っているか。だがそれは猫には何の関係もないことだった。飛び去る機械の獣はなにものにも反応を示さず、誰もいない終わった世界を飛んでいく。
やがて機械の獣は、指定された海の上までたどり着くと予定通りにゆっくりと海中へと落ちていった。誰の手にも触れられぬように、機械の獣は暗い海の底へと沈んでいく。その中で猫は幸せに生きていく。誰にも邪魔されず、ただ幸せに日々を繰り返す。そこに変化はない。唯々平穏がある。一匹の猫のためだけに用意された完結した世界の中で、猫はただにゃーと鳴いて生きていく。
そして猫は死ぬまで幸せに過ごした。
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