8月8日 後編

 最後の試験が終わった頃には、外も暗くなっていた。腕時計に目を向けたら、時間的にはいつも予備校から帰る時間とあまり変わらない。だが、ここはいつもの街じゃない。電車に乗ってから、いつもの街で自転車に乗って家に帰る。時間は余計にかかると僕は考えていた。

 須沢と待ち合わせをして、途中まで一緒に帰る。

須沢のお父さんが街の駅まで自動車で迎えに来てくれていたみたいで、僕と須沢はそこで別れた。電車内で須沢に『車で帰るけど、一緒に乗って行くか?』と聞かれたが、須沢のお父さんにも迷惑を掛けるのも悪いと思ったのと、自転車で来ていることもあり、『いいよ。自転車で駅まで来ているから』と言って断った。

 駅には会社帰りのサラリーマンやOLが居て結構騒がしいかったが、僕はそんな人たちを避けて行き、駐輪場で自転車に跨る。

この時に腕時計で時間を確認したところ、今は午後九時一○分前だ。いつもよりも遅い時間になってしまった。

自転車で走り出し、途中のファミレスなどの匂いに釣られながらも、田舎に近づいてきた。

ここまで来ると、もう家まで近い。だが、今日も寄り道をする。

鹿野さんに会っていくのだ。

 いつもの河原に着き、自転車を降りてベンチに向かう。

そうすると、そこには鹿野さんが居た。だけど、勉強をしている訳ではなさそうだ。

「おかえり。それと、お疲れ様」

「うん、ただいま」

そう言ってベンチに腰を掛ける。

鹿野さんはただ、星空を眺めていただけだった。

「そういえばね……」

鹿野さんが唐突に話し始めた。

「何で勉強してないのだろう? って、思ったでしょ?」

「うん」

確かに思った。

「何でだと思う?」

笑顔で僕にそう言った。頭は疲れているが、僕は考える。

どうして勉強をしていないのだろうか。色々と思い出していく。

「どう?」

数分が経った頃に、鹿野さんは僕に訊いてきた。

これだけ考えたが、僕には何も分からなかった。というか、ヒントを今までの会話から導き出せなかったのだ。昨日、一昨日のことを思い出した。だけど、それでも分からなかった。降参だ。

「うーん。分からないや」

「そう? 割りと簡単だと思うけどなぁ」

鹿野さんは楽しそうにそう言う。

「本当に分からないよ」

「しょうがないなぁ……答えはね、ノートが無くなったの!」

「どこかに落としてきたの?」

「違う違う。もう書く場所が無いってこと」

僕はそれを聞いて、ある事を思い出した。

模試の試験会場に入る前、駅の改札を出たところで、どこかの予備校の人がビラを配っていたのだ。多分、予備校の勧誘だろう。チラシを見たらそうだったし。

それのおまけでノートがあったのだ。

僕はそのノートをリュックサックから出して、鹿野さんに差し出した。

「え? どうしたの?」

「ノート、無くなったんでしょ? これあげる」

「いいの? 新品みたいだけど」

「いいの。貰い物だし、僕の分はいっぱいあるからね」

嘘。僕はノートで勉強しないから、家にはノート一冊だってない。それもそうだ。僕はルーズリーフをノートとしているから。

「そう……ありがとう。なんだか、貰ってばかりだね」

「そうかな?」

とぼけるが、僕があげてばかりだ。だけど、僕には不満はない。参考書だって使ってなくて、どうしようか困っていたものだし、ノートだってそうなる予定だった。

言っちゃ悪いけど、僕がいらないものをあげただけだ。

「ありがとう!」

「どういたしまして」

「これで英語の勉強の続きが勉強できる!!」

鼻息を荒立てた鹿野さんは、眉を吊り上げてガッツポーズをしてみせた。

ここまで勉強に熱心な子を見たことが無かったので、少し驚いた。だが、好きで勉強している人だっているだろう。僕だって、好きなことを勉強することは好きだ。それに関連のある話を聞くことや、本を読んだりすることは好きだ。

鹿野さんのもそういうものだろう、僕はそう考えた。

「そういえば、もうそろそろお盆だね」

勉強の話から一転して、お盆の話に変わった。

僕としても、そういう話を昼にしていたのでタイムリーな話題だ。受験生の僕が祭りの手伝いに参加しなければならないから。

いくら伝統的なことだからといって、受験生を駆り出すのもどうかと思う。他のタイミングだったら参加していただろうから。現に、去年も参加している。もちろん、嫌々ではない。

「祭りがあるね。受験生なのに、僕も参加しなくちゃいけないんだ」

「それは災難だね」

鹿野さんは人事みたいに言うが、何か祭りに関して話があるからこの話を振ったのではないだろうか。

「船流しさ……」

鹿野さんはそう言いかけて止まった。

船流しとは、『船流祭』で、川に灯籠を流すことを言う。普通は『船流祭』なんて言わずに、船流しとか、祭りとかって言う。

鹿野さんは、その船流しがどうかしたのだろうか。

「うん?」

「い、いいや。なんでもない」

「そう?」

何か言いかけて、そこで止まってしまった。鹿野さんは何が言いたかったのだろう。

僕はそう思った。

結局、船流しの話の後は、特に話すことも無かった。

ただ、鹿野さんが英語の長文とかを読んでみたいとか言っていたので、家に帰ったら使っていない長文の参考書でも探そうかと思う。

 これまで話してきて分かったことだが、やっぱり鹿野さんはどこか変だ。

何が変というか、そういう具体的なことは言えない。だけど、何処か変なのだ。人柄とか性格だったら良いのかもしれない。面白い子だと思うだけで済む話だ。

だが、僕が言っている『変』とは違う。言葉で言い表せない『変』なのだ。これまでに経験のしたことがない『変』だから、言葉で言い表せることが出来ないのだ。

そんな気分で、僕は鹿野さんと分かれて家に帰ったのだ。

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僕には天の川を歩く君の後ろ姿を見ることしかできない 青い熊 @aoi_kuma

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