8月8日 中編
鹿野さんと分かれてから自転車で街へ向かい、電車に乗って試験会場に到着した。
会場に入ったのは、試験開始の一時間前。この時間になると、試験室が開放されるので、この時間帯にかなりの受験生が試験会場に集まる。僕もその一人だ。
受験会場になっているのは、ある私立大学のキャンパス。真新しい校舎で、外観もとても清潔だ。敷地内の歩道も綺麗でゴミひとつ落ちていない。自動販売機がニ○○メートル置きくらいに設置されていて、値段も普通よりも少し安価だ。
立ち並ぶ校舎のひとつが、今回の模試の試験会場。その玄関前には受験番号に割り当てられた部屋番号が書かれているポスターが貼ってあり、僕は自分の受験番号とポスターを見比べていた。
自分の入る試験室はすぐに見つかり、その試験室に向かう。
階段をニ階上がり、指定された試験室に入ると、自分の受験番号が書かれているシールの席に座った。
試験室は外観と同じく、室内や廊下もとても綺麗だ。使っている雰囲気はあるが、汚く使っているという様子は全く感じられない。
僕と同じように受験しに来た人しかいないこの試験室では、着席している人の誰もが口を開いていない。参考書を開いて勉強をしている人もいれば、携帯電話を見ている人もいる。何もせずにただボーっとしている人もいる。皆、それぞれ回りに迷惑の掛からないように過ごしていた。そんな中、僕はリュックサックから参考書を出して勉強を始める。
この模試に向けて、僕は受験する科目全てを勉強してきた。受験するのは国語総合、英語、理科ニ科目、地歴公民一科目だ。国公立大学志望の受験生の一般的な受験科目だ。
ちなみに国語総合は現代文、古文、漢文。理科は物理が第一選択科目で化学が第二選択科目。地歴公民は政治・経済を選択している。英語はもちろん、リスニング問題も受ける。
ここまで言ってしまえば分かるだろうが、国公立理系だ。文系に転換するならば、地歴公民をニ科目受ける必要があったりもするが、その時はその時だ。そう僕は思っている。
気付いたら最初の試験開始一○分前になっていた。参考書を仕舞って携帯電話の言言を切った後、試験準備に入った。受験票を机の上に出して、シャープペンシルと鉛筆、消しゴムだけを筆箱から出す。他は全てリュックサックに仕舞った
あとは試験開始の号令が出るのを待つだけだ。
午前中の試験が終わり、昼食を下げてある人を探していた。
この模試の会場には周辺の高校の生徒が集まっているので、知っている人間は多い。実際、僕の割り当てられた試験室には見覚えのある顔が何人も居た。
あまり話さない人だったけど。
僕が探している人は、きちんと指定した場所に立っていた。
試験会場の校舎の一階ロビー。学ランとはいえ、ボタンで見分けがつくし、なにより顔を覚えているのですぐに見つけることが出来た。
「よぉ、久しぶりだな」
「そうだね」
僕が探していた人とは、同じ高校に通っている須沢 直人。スポーツをしていたからとても体格が良い。三年の一学期で引退したそうだが、まだその体格は変わっていない。
須沢は僕と同じで、国公立を狙っている。だけど、スポーツ推薦を狙っているようで、学校側の選抜も通ったらしい。あとは願書を出して推薦を受けるだけらしい。だけど、どうやら落ちることを想定してこうやって一般入試の勉強もしているようだ。
須沢は部活と勉強がちゃんと両立出来ていたらしく、志望校こそ違うものの、結構良い水準を保っているらしい。
「どっかのベンチに座って食うか?」
須沢はそう言って、ロビーから出て周りを見渡す。
近くのベンチには僕らと同じことを考えている受験生が先に取っているみたいで、全部埋まっていた。
彼は、他にしようと言って少し歩いたところにある日陰のベンチに腰を下ろす。
コンビニの袋からおにぎりを取り出して袋を向き、口に運び始めたころには、須沢も弁当箱を出していた。
「弁当じゃないんだな」
「うん。昨日、母さんに言い忘れた」
「そうか。だからコンビニか」
大きいタッパーに入っている弁当を無心に食べる須沢の横で、僕はコンビニで買ってきたおにぎりを二つ、パンを一つ平らげると袋の口を縛った。
「そういえば、三枝」
「なに?」
須沢も弁当を食べ終わっていたみたいで、片付けまで終わっている。
そんな彼が僕に話しかけてきた。彼とは一学期の終業式の日に会って以来だ。何か新しい話のネタでもあるのだろう。
「今年は祭りにいけないな」
「僕は無理矢理参加させられるけどね」
須沢が言っているのは、僕の住んでいる田舎でお盆に行われている祭りのことだ。みんなはお盆祭りって呼んでいるが、本来は別のことを目的にしているらしい。俺もよく分からないけど、川に灯籠を流すのだ。どんな理由があってこんなことをしているのか、僕には分からない。
僕が無理矢理参加させられるのには理由がある。田舎に住んでいる家庭から二人ずつ、労働力を出さなくてはいけないのだ。街の決まりというか、そういう決まりになっているらしい。
それで僕が出なくてはいけない理由だが、僕の言えは僕を含めて三人家族。基本的に労働力は男を求められているので、僕と父さんが出て行くことになる。
ちなみに、須沢の家は須沢のお父さんと弟が出ることになっているようだ。
「俺は三枝が祭りに参加している間も勉強するけどな」
「僕だってしていたいさ。だけど仕方ないね。田舎の決まりだし」
「そうだな。災難だったよ。……だけど、志望校がA判定だろう? いいじゃないか」
「そうだけどさぁ……」
ああ言ってくるにはくるが、ちゃんとフォローをしてくる辺りは流石だ。
そういうところの気はよく回る。
「A判定だからって、油断していたら落ちるからね」
「それにしても、本当に人来るよな。船流祭」
「綺麗だからだろうね」
田舎で僕が無理矢理参加させられる祭りというのが、その『船流祭』だ。僕らが住んでいる田舎の伝統的な風習だ。お盆の時期に川にろうそくで明るくなった灯籠を流すという祭だ。川に流される灯籠が幻想的だと、街からも見物人が来るほどだ。
「息抜きだと思えば良いだろう?」
「そう思わないとやっていけないよ」
須沢は苦笑いをして言う。分かっていて言っているのだろう。
「そろそろ時間だな」
「うん」
午後の試験が始まる時間が近づいていたこともあり、僕らはベンチから立ち上がり、試験会場に戻った。
「頑張れよ」
「須沢こそ」
そんな風に挨拶を交わして、僕らはそれぞれの試験室に入っていった。
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