第20話 たとえば抱えきれない花束よりも

「アマリアさん、どうしますか?」


 後輩ロサに困った顔を向けられたアマリアは、主の部屋へと続く扉を見やった。


「そうね……まだ、開けない方がいいかも」


 昨日、ようやく夫と和解できた彼女たちの敬愛する姫君は、そのまま彼女たちと顔を合わせることはなかった。ようやく正直にすべてを告げられた彼女の夫が、そのテンションのまま手放さなかったのだ。身支度を整える、そういう暇すら許されなかった。途中軽食と飲み物を準備したものの、主は顔を出せず、その夫たる若き国王へ手渡すことしかできなかったのだから。


「なにせ、新婚、ですからね……」

「ようやくですけどね~」


 初恋の相手とようやく想いを通じ合わせられた彼女たちの主は、今少し休養が必要だろう。

 顔を見合わせたアマリアとロサは、同じタイミングでため息を吐いた。


「こんなに花を贈るくらいなら──」


 アマリアは部屋のあちこちに飾られている花を見やった。レティーツィアの部屋には美しく咲いたものを厳選して飾ってはいるが、萎れかかったものはもったいないのもあって侍女の控室へ持ってきている。

 そうだ、この花の異常さにもっと早く気付くべきだったのだ、自分も、ロサも。顔を合わせない、愛人をひそかに囲っているうしろめたさの表れなのだと思って考えもしなかったが、毎日毎日気持ち悪くなるほど贈られてきたではないか。


「ちゃんと言葉にすればよかったんですよ、陛下は。抱えきれない花束より、たったひとつの言葉の方が、姫様はお喜びになるんですから」

「ですよね~。陛下、強面なのに、ヘタレ~」

「それ以上言うと、不敬になりますよ、ロサ」

「だって、事実じゃないですか~。あたし、報復のための案色々練ってたんですよ? もう、全部無駄になっちゃった~」


 けろりと恐ろしいことを口にして、ロサは機嫌よく笑う。


「でも、無駄になってよかった! 姫様が幸せに笑えるのが、一番いいですよ~」

「そうね……」


 無邪気に笑う後輩に苦笑しながら、アマリアは再び主の部屋へと続く扉を見た。

 そうなのだ。自分たちが望んでいることはただひとつ。幼い頃から見守ってきた姫君の、幸せな笑顔。

 抱えきれない花束をもらうよりも、自分たちはレティーツィアの幸せな姿ひとつあれば嬉しいのだと、アマリアはそう思った。


          ◆


 アウデンリートという北国には、とても仲の良い国王と王妃がいるという。

 王は妃のためにこまめに花を贈り、北国だというのに、王宮には年中花が咲いているという王妃専用の温室があるのだという。

 とはいえ、そこにある花は貴重なものや豪華なものではなく、王妃が好むという素朴な花が多いと聞く。

 自ら花の手入れをする王妃の傍らには、彼女の忠実な侍女たちと、それを支える騎士たちがおり。

 そして、王妃に会う時間を得るため、宰相に激励されながら政務に励む王は、その光景を見て幸せそうに笑うのだと、そう伝え聞く──

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たとえば抱えきれない花束よりも ~アウデンリート王国物語~ 若桜なお @wakasa-nao

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