第19話 あなたの愛するひと

 レティーツィアは両手を胸元に引き寄せ、固く握りしめた。緊張のせいか、妙に自分の手が冷たい。


「まず、なにから話せばいいだろうか」


 そう言うと、ディートハルトは一歩レティーツィアの方へと踏み出した。ゆっくりと距離を狭めてくる夫を見つめながら、レティーツィアは期待に胸を躍らせる。なぜなら──


(あの、花の意味は)


 この城に来てからディートハルトから贈られた花々は、彼女の部屋を彩っている。嫁ぐ前も、嫁いだ後も、彼は彼女に花を贈り続けていたではないか。きっかけはレティーツィアが花が好きだと言ったささいなものだったけれど、それでも途切れることなく花は届けられた。長文のレティーツィアの手紙に対して返されるメッセージは本当に短いものだったが、その返信にただの一度も花が添えられていなかったことはないのだ。


(最初は、わたくしが好きだといった花。二番目は……たしかコルネッホ。次に、リラ。ペンサミエント)


 花が持つ言葉。目先の贈り物はなにだけ気を取られていて、その花の持つ意味など考えもしなかった自分の幼さに気付く。


ここアウデンリートに来て贈られたのは、すべて薔薇だったのに)


「ディートハルトさま」


 なぜだか泣きたいような気持になって、レティーツィアはディートハルトの名を呼んだ。


「ごめんなさい。わたくし、勘違いをしておりました。ディートハルトさまはずっと、気持ちを伝えていてくださったのに」


 花器に活けられた花々に目をやると、つられたようにディートハルトもそちらを見た。ピンクや真紅の薔薇。色鮮やかなそれらの花は、一生懸命に想いあいを伝えてくる。


「もっと早く、気付けばよかった。そしたらこんなにも、大事にはならなかったんですね」

「いや……悪いのは、俺だ。きちんと、伝えられなかった俺が……」

「それじゃ、二人とも悪いということで」


 間を取ってそう伝えると、ディートハルトがふっと破顔した。初めて見る笑顔に、レティーツィアは赤面した。好きな人の笑顔。それは思った以上に威力のあるものだった。


「レティーツィア。ならば、仕切り直しをさせてほしい」


 ディートハルトの深い青の双眸が、まっすぐレティーツィアを捕らえた。どきり、と心臓が跳ね、少し怖くなる。

 だが、レティーツィアは逃げなかった。今、ここには誰もいない。アマリアとロサは隣室に下がったし、フランツィスクスも扉の外にいる。


(だって、わたくしは、ずっと──)


 ドキドキと高鳴る胸を押さえて、レティーツィアはほほ笑んだ。

 レティーツィアは、ずっとこうやって、二人きりで話したかったのだ。手紙のやり取りはとても楽しかった。幸せだった。それが目の前で言葉を交わせるとなったら、きっともっと楽しいだろう。そう思って嫁いできたレティーツィアにとって、ようやく手に入れたこの時間は、逃げることを選択させない。


「はい」


 ほほ笑んだまま、レティーツィアはディートハルトの言葉を待った。


「俺は、ずっと……レティ、きみのことを──」

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