帰ってきたら紅茶を一杯

否柿八年

帰ってきてから紅茶を一杯

 私は湯を沸かすために電気ケトルのスイッチを入れた。

電気ケトルの、湯を沸かしている事を示すオレンジのランプが点いた。

 だが、直ぐに消えてしまう。

私はもう一度スイッチを入れるが、やはり直ぐ消えた。

 三回目も同じ結果。

「ああ、水か」

 私はため息と共に口から、独り言を漏らした。

考え事をする時や、何かを思いついたときに、それを口に出すのが癖なのだ。

 この、癖のせいで中学時代は『アイツは宇宙と交信している』などと、

半分本気でクラスの男子達が言っていた。

 もちろん、全くのデマである。

私は気を取り直すと、水をケトルに入れてまた、スイッチをonにする。

 ランプが点き今度は消えなかった。

 それを確認すると、私の思考は、暇をどうやって潰すかと言うことに移った。

 生憎、我が家の電気ケトルは旧式で、これで湯を沸かしてカップ麺を作ろうとすれば、湯を注いだ後よりも、湯を沸かし出して注ぐまでの方がよっぽど時間がかかる。

 テレビを見ようにも、母親が韓流ドラマを見ている。

無論、私は超能力者では無いので、途中から見たところで話の内容は解らない。

 私は帰ってきてから二度目のため息をつくと、時計の秒針を見つめて過ごす事にした。

 五分ほどそうしていると、カッチャと湯が沸いた事を示す、音がする。

私は食器棚から愛用のティーポットを取り出す。

 これは、母からの誕生日プレゼントだ。

私が貰った中で最も役に立っているプレゼントかもしれない。

 私は紅茶の茶葉をティーポットに入れ、湯を注ぎ込んだ。

そして、蓋を閉め二分ほど、また時計の秒針を見つめながら待つ。

 丁度、二分立った。

私は茶葉をこしながら、紅茶をカップに注いだ。

 人間の心理とは不思議なもので、最初はかっこつけて紅茶を茶葉から入れていたのだが、気がつけばティーパックの紅茶が、不味く感じるようになり飲めなくなった。

 まあ、舌が肥えたのではなく単純な思い込みだろう。

もし、誰かが茶葉から入れたといって、私にティーパックの紅茶を出したとしても、

私には違いがわからないと思う。

 帰って来てから約十分、私はようやく紅茶を一口飲んだ。

少し、大げさかもしれないが人生とはいい物だと思う。

 

 帰って来てから紅茶を一杯


それだけで、幸福を感じられるのだから。

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帰ってきたら紅茶を一杯 否柿八年 @hikaki

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