鬼ノ目ニモ泪~こぼれうた~

あのこのいぬ

第1話始マリノ夜ノ唄

このストレス社会。

時には散財したり、アルコールに頼ってぱーっと全てを忘れたいときもあるだろう。


しかし、忘れてはいけない。

過ぎ足るは及ばざるがごとし、

酒は飲んでも飲まれるな。


それで人生を左右する何かに捲き込まれることもあるのだから。












「………くひー………」

ぽかぽかと温かい身体。おぼつかない足元はふわふわと雲の上を歩いているような浮遊感、所謂泥酔状態。


会社であり得ない失敗を同僚に押し付けられた。


まあ、俺は元々出世を狙ってがつがつ仕事してた訳じゃないし、最終的にどこか事務系の部所に移動してのんびりと定年まで働かせて貰えれば有難いかな、ってくらい緩い考えの持ち主だから多少の失敗はどうってことはない。実際、その失敗で俺に与えられたペナルティは、今度の査定で忙しいと評判の本社行きの移動内定の取消をされたくらいだし。

出世街道からは完全に外れたけど、緩い仕事がすきな俺としては喜ばしい限りだ。給料安くても構わない。窓際族万歳!………である。


けど、俺に失敗を押し付けた同僚は、俺が社会人になってからできた初めての友人とも呼べる存在だった。その相手からの裏切りは、俺に思いの外ストレスを与えたらしい。

根明なそいつの回りには人がいつも集まっていて、俺もその輪の中にいたが、今度の事でその輪から外れて、一人になることが多くなり、それも気持ちを重くする原因の一つだった。俺は、どちらかというと男らしい見た目に反して心はうさぎちゃんなのだ。

その上、学生時代から付き合ってきた彼女からもフラれてしまうし、踏んだり蹴ったりとはまさにこの事だろう。


そんなこんなで、ここ数週間ストレスフルな俺は、流石に社会人として週始め週中には控えてるとは言え、週末は浴びるように酒浸りになって、へべれけな家路につく事が常になっていた。

ついでに次の日の二日酔いが酷いことになるが、まあ、それは休みの日を丸々潰せばなおるので、問題も不都合もない。


「………なぁーにが、『あんたのその緩いとこが嫌なの』っ、だよっ!それがいいって前はいってたじゃんかよー!!

なにか困ったことあんなら素直に言えっての!!騙し討ちみたいに人陥れやがって!友達の失敗くらい言えばひっ被ってやるし!!」

誰もいない、街灯か所々にぽつりぽつりと並ぶ帰り道でわめき散らす。


「おしっこ、したい」

一通り不満をぶちまけると、ぶるり、と夜の風にさらされた身体が冷え、急な尿意を催した俺は、何時もは素通りする人一人通るのがやっとの幅の路地の方へ足を向けた。


只でさえ少ない街灯が、その路地に入ると殆どその明かりが届かなくなる。

しかし、別段不都合はない。用を足しに入っただけの場所だから。

アルコールに頭と足をふらつかせながら、程よく中程まで進んでベルトを緩める。


「………んんー…?」

不意に目に入った鮮やかな色。

ファスナーを下ろし掛けていた手を止め、そちらに近づく。


そこにいたのは、裸に虎柄パンツに人ではあり得ない程に赤い肌に金色の角を頭に生やした………


「おにだぁ………」

そう、それは、こどもの頃から親しみ深い、絵本に出てくるような正に赤鬼だった。

なんだか、俺は嬉しくなった。


「おにさん、おにさん、だいじょーぶ?」

壁にもたれ掛かって俯くように座り込んでいた鬼が俺の声に反応して顔をあげる。

「………わぁ………」

俺は驚いた。

その上下に唇から突き出た鋭い歯でもなく、白目と黒目が逆転した人外その者の目の色合いでもない。

そのあまりに端整な容貌に驚いたのだ。

良く見れば、その肢体も程よく筋肉がつき均整がとれ、座り込んでいるから良くわからないけど、モデル体型ってやつなんじゃないんだろうか?


けど、それより、


ぎっ、と此方を睨み付けてくるその瞳の力強さに魅いられる。

「………きれー」

まるで闇に浮かぶ月を湖面に映したかのようなそれは、俺を捕らえて離さない。射殺さんばかりだ。


「………去れ………人間………俺にかかわるなっ!!」

恫喝される。

結構な迫力だけど、なぜか恐怖心は湧いてこない。


そうまるでそれは、手負いの獣の唸りに良く似てるからかもしれない。


「………だいじょーぶ、いじめたりしないよ」

アルコールでまわらない舌で、それでも敵対意思が無いことを示すように目線を合わせて斜屈む。

うん。大丈夫。こんなに近づいても噛みついたり引っ掻いたりしないし。見た目に反して狂暴じゃないと思う。

近づいてみると良くわかる。その赤い肌色に惑わされて気づけなかったけど、身体の至るところに裂傷や切り傷が散っていた。

痛そう。可哀想。

思わず顔をしかめてしまう。

胸ポケットから取り出したハンカチで一番酷そうに見える腕の傷を押さえた。

どちらかと言えば淡い色合いのその布地はじわじわと赤の色を広げていくのが見てとれる。

しっかり圧迫しなきゃ駄目かもな。

そう思い、ネクタイを外し、ハンカチの上から傷を縛り上げようとしたとき、2度目の声が掛かった。


「………………いい、いらん。悪戯にものを汚すな人間。この程度、直ぐに塞がる。放っておけ」

さっきのような激しさはない、穏やかに、けれど確かに拒絶の意思を示す硬質な声色でそう言う。

「やー、でもさぁ……」

それでも、俺は食い下がった。

彼の言い分はおかしい。だって現にこの傷は、いまだに彼の体液でハンカチに染みを広げているではないか。

はぁー………と、疲れたように溜め息を吐かれる。

「どうやら酔っているようだが、それでも解るだろう。俺は人外だ。

人とは治癒能力にかなりの開きがある。こんな傷、

本来なら一瞬で痕も残さず消える、だからわざわざ、俺のような人外などに関わるな、と言っている。

俺を犬猫と勘違いしていると、後悔することになるぞ。今すぐ来た道を引き返し、布団を被って寝ろ。この事は夢だと忘れることだ」

年少者に言い聞かすようにゆっくりと言うその瞳が一瞬ゆら、とゆれた。どこか寂しげに。


「……猫とか犬とおなじだなんて思ってないし。

だって、ちゃんと言葉通じるじゃんか」

営業で先輩にならって培った人に警戒されない笑みを浮かべる。

言葉を交わせるなら、意思を伝え合うことはできる。

それに、さっきから彼は遇ったばかりの俺を心配して遠ざけようとしてるように感じる。きっと、彼は優しいおにさんだ。

彼の返事を待たずに、しゅるりと抜き取ったネクタイをハンカチごと結び付ける。

他にいくつか酷い傷があるけど、だらだらと血を流し続けているのは、この腕以外無い。


「こんびに、近くにあるから、傷薬とか買ってくるから、待ってて」

言ってから立ち上がるとクラリ、と目眩がした。

思わず彼の頭上辺りの壁に手を付いた。

………立ち上がりきってからでよかった。下手すりゃ壁ドン的な体制になるとこだった。あぶねぇ……。


「そんな覚束ない足取りと頭で買い物が出来るのか?」

あきれたように言われて、たはは、と誤魔化し笑いをもらす。

……自信はないけどやって出来ない事はない……はずだ。

何より、彼をこのまま放置するのは嫌だったし。

だいじょーぶ、何て言ってみるけど、酷く胡散臭げな視線を寄越された。……なんだよー。

「だって、このままじゃ、おにさん死んじゃうかも知れないじゃんか………………そんなの、やだよぅ……」

だばー、っと目から水分が多量に溢れだしてくる。

自分のいった言葉に自分で動揺してしまっていた。


ここ最近、俺に優しくしてくれたのなんて、社食のおばちゃんくらいだった。そんな俺に、自分が満身創痍にも拘わらず、気遣ってくれた。それがとても嬉しかったのだ。


その彼が目の前で苦しんでいるのに、自分が何も出来なくて、………もしかしたら、死んでしまうかもしれないなんて、哀しくて仕方無かった。


酔ったときには感情の振り幅が大きくなってしまう俺だけど、それでも泣くのなんて久しぶりで止め方が分からない。

せめて無様に泣きわめかないように下唇を噛んで息を詰める。


「………………別に、手当てなど要らない。精気が満ちれば傷なんぞ直ぐに治る。


……お前、俺に自分の生命いのちを寄越す覚悟があるか?」

暫くの沈黙の後、そう言われる。


いのち、とは、命……だろうか?

…………このおにさんは俺を頭からバリバリと食べるつもりだろうか?


一瞬躊躇する。

死ぬことはこわい。

その恐怖は本能的なもので、拭うことはできない。


……けど。


「……無理強いはするつもりはない。

言っただろう?俺は犬猫とは違うと。

今後は覚悟もないのに人外にかかわろうとしないことだ。解ったな?」

冷めた声に冷たい眼光。拒絶されたのが分かった。


ぎゅっ、と心臓が痛いような感じがして、止まり掛けた滴がまたポロリ、と落ちた。


「わかった、あげる」

俺の返答に目を見開く彼。


「俺の全部、おにさんにあげる。


だから、死なないで……それで、俺みたいのがいたらまたやさしくしてあげてよ」

頬を伝う滴は彼の上に降り注ぐ。


泥酔してて、たまたまこんな場所で顔を合わせただけだったけど、このわずかなやり取りで、俺は確かに救われた気がした。


彼は優しい。


もしかしたら、彼が生きていることによって俺みたいに寂しい思いをしてる誰かが救われるかもしれない。

ならば、と決意した。


幸い俺は天涯孤独で家族もいないし、フラレたばっかりなので恋人もいない。親しい友人は皆遠くで頑張ってる。彼らには、俺の他に友達もパートナーも居るし、………俺が死んだら悲しんでくれるだろうけど、ちゃんと励ましてくれる誰かは居るから、………俺の代わりは居るから、大丈夫。

心残りがあるとすれば、時々ベランダに遊びに来る野良の仔猫にご飯のおすそわけを出来なくなるくらいだ。………まあ、あれだけ愛嬌がある猫なら他の家でもご飯もらってるかもしれないけどさ。


「………お前、本当に理解してるか?」

戸惑ったように彼が確認してくる。


やっぱ、優しいんだな。

嬉しくなって頬が緩んだ。


「………んー?………うん、………痛く、しないでね?」

まあ、バリバリ食べられるなら、むりかもしれないけどさ。

へらり、と笑いながら御願いだけはしてみよう、と思っただけである。


はあ、と疲れたように溜め息を吐いた彼が、善処しよう、と呟いた。


「………そのままの体制でいろ」

そういった彼が、俺の腰骨に手を伸ばしてきた。ぐっ、と引き寄せられる。

頭からバリバリじゃなくて、お腹かららしい。


すでに外れていたベルトと中途半端に下がったファスナーを下ろして、シャツを捲り上げると顔を寄せてくる。

………何となく、腹からは痛そうだな、と身体を固くしていると、

ぱくり、

「ひぇっ!?」

あろうことか、あらんところを彼が食んできた。


ちょっとまてぇ?いくらなんでも珍味好きすぎやしませんかね?流石にそれから行かれるのは悶絶しそうでやなんだけどなっ!?


焦る俺を余所にはむはむ、とそこを下着の上から甘噛みしてくる彼にびびって声を掛ける。


「ちょちょちょっ………まっ……!おにさんっ待って流石にそこはっ………………そーだ、俺めっちゃくちゃおしっこ我慢しててっ………ほか、そう、他の場所から食べるのがいいとおもうっ!!!」

俺が、そう言うと、一旦そこから顔を離した彼がじっと俺の目を見据えてから、またしても溜め息を吐いた。分かりやすい呆れ顔をしている。

「………やっぱわかってなかったな………悪いが、もう余裕がない」

そう言ってするっ、と慌ててる俺の下着を刷り下ろす。

そして、

「ひんっ………!」

ぬる、と暖かく湿った舌で俺の情けなく縮こまったものに舌を這わせる彼。

「………俺は喰人鬼しょくじんきじゃない。生肉を貪ることはしない。代わりに人の精を喰らって生きる。

一番接種しやすいのは血液、唾液等を直接経口摂取しながら粘膜や傷口から精気を吸出す方法だ。獲物が寄越す気がなくても無理矢理精気を奪うことが出来る。

まあ、効率は悪いがな。


だから、お前のここから出るものは全て俺にとっては食事になるわけだ。


………だから遠慮なく出せ」

そういって、俺のに舌を絡め、そして、ちゅう、と音をさせて先端に吸い付いてきた。

ひぃぃっ、そんなこと言われてもっ!!


命ではなく、それ以外の何かのピンチに俺の緊張感は増し増しだ。

絶命の覚悟は出来ても、そうじゃない何かの覚悟なんてまだしてないしっ!

「まっ、………まって、おにさんっ!………俺、っそんなっ……」

焦燥感を訴える。情けないやつと罵りたければ罵ればいい!!そんなところをいきなりぱっくんされて驚かない男がいたら御目にかかりたいわっ!

「………待たない。………お前も下手に堪えるな」

そう言って、俺の下腹を強く押しながら先端を

強く吸われた。

「や、やあぁぁっ……!」

じゅる、とそこを啜る音が辺りに響く。尿道を流れ出ていく水流が彼の口のなかに放出されていくのがわかる。ぶるっ、と背筋を震わせた。

酒で多量に摂取した水分のせいか結構な量を放流しているのに彼は溢さずに、むしろ足りないと言わんばかりに吸飲してくる。


「…あ、…あ…あ…ぁ……………」

………どう、しよう。ぜんぶ、出しちゃった………。

最後の一滴を吸い出されてぞくっ、と解放感に一瞬酔うけど、我ににかえり狼狽える。

酷い後悔と罪悪感がわきあがってきた。


「ごめ、…なさぃ」

どうしよう。ごめんなさい。

子供のように頭にそれしか浮かんでこなくなる。

この歳になって、粗相をしてしまった羞恥心と混乱

、そして、身体に残るアルコールが精神年齢を幼くさせているらしい。

ぼろぼろと量を増した涙を拳でぬぐいながら、謝罪の言葉を繰り返した。

ごめんなさい、ごめんなさい、と。


そんな俺を見て、彼が何を思ったのかは分からないが、ぬる、と俺の萎えてるものに再度舌を絡めてくる。

「うひぃ!!」

ヌメヌメと俺のを撫で上げる舌の動きに腰が痺れていくような疼きがそこに生じて、思わず悲鳴をあげた。

放尿したばかりのそこは、普段よりも敏感にその感覚を拾い上げ、酔ってて反応しにくいにも拘わらず、自分でするときよりも早く、そこが芯をもったのが分かった。

「……あっ…や、ぁ!」

あっという間に完勃ちしたそこをじゅるり、と啜りながら刺激を与えられると、内腿まで痺れてくる。頭のなかが、気持ちよさでいっぱいになってしまう。

それに、俺のを口で刺激しながら俺をその鋭い眼光で射抜くがごとく見据えてくる彼が、すっげぇエロい。肉食獣そのものな視線に意味もなく及び腰になりそうになった。


あぁ、いま、おれ、このひとに食べられてる、って感じる。補食されてるのだ、俺は。


ひとすすりも逃さないと言わんばかりに吸い付かれ

、それだけで達してしまいそうになるのに、その瞬間が近くになると、はぐらかすように刺激が緩やかになる。

だめだ、変になりそうだ……。

彼女にしてもらったこともあるし、恥ずかしながら焦らし責めもされたことも何度かあるけど、こんなに焦燥感にかられたような切羽詰まった感覚、始めてだ。我慢できないっ……!


「あ、ぁ、もぅ、やだ………っいきたぃっ!」

無意識にかくかくと揺れている腰に気づき、止めようと試みるものの、そんなのは無理だと気づく。

俺の感覚は、目の前のこの美しくも獰猛な鬼に握られ操られてるのだ。

舌先で先端の小さな穴を抉るように嘗められながら先っぽを鋭いところを避けた短い牙で甘噛みして、さらに裏側の敏感なところを指の腹で擽られるように撫でられるともう限界だった。懇願の言葉を口にしていた。


「ああ、ずいぶん甘くなった……いつでも良いぞ、好きなときにイけ。………全部、のんでやる」

一旦口を離した彼が、実に鬼らしい嗜虐的な笑みでそんなことを言うと、それを口に含み直して、また刺激を与えてきた。


もう相手が人外とか、男とかそんなのが些細に思えてくるほどの甘美な痺れ。

その快感にメロメロに溶けてしまいそうだった、


特に強く刺激を与えられる訳じゃなく、じわじわと追い詰められる様に絶頂へと昇らさせる感覚。さっきまでの強く吸い付かれたり、噛まれたりとは真逆の柔らかい刺激。それでも、階段を一歩また一歩と登るようにそのときが近づいてくるのが分かる。


何て事はない、舌がやさしく括れをなぞったときにそれはやってきた。


「あ、っ、………ぁあ、………ぅあっ、ぁ!」

びくり、と俺のが一際大きく震えると先端から欲望の滴が溢れ出す。

ゆっくり刺激を高められたせいか、出る勢いはさほどなく、しかし、それ故にじんじんと響くような穏やかな、しかし無視出来るはずないほどの気持ちよさが長く続いていく。

長引く快楽にからだの痙攣が止まらない。彼の角の生えている頭をつかんで思わずそのしなやかな黒色の髪の毛を掻き乱してしまっていた。


はあはあ、とやたらと荒くなってしまった呼吸を宥めながら最後までだしきると、気持ちよさに頭のなかが、痺れきってしまい、そしてなぜか、不自然な程の虚脱感が全身を支配する。


「……あ、…ぇ?」

不意にまるで一前昔のブラウン管テレビの砂嵐チャンネルの様に視界がジラつく。

射精の快楽の余韻による心地良い気持ち良さと、それに反比例するような気分の悪い眩暈に身体の力が抜けていった。


まるで芯が抜けてしまったようにかくん、と膝が折れる。そして、ブラックアウトする寸前に何かに支えられる感覚を最後にこの不思議な夜は終わりを告げることになった。

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