第15話 訣別の詩

 きみはまだ、恋の歌をうたっているのかい?

 うん、たぶんそうだろう。でもそろそろ、気付いて欲しいんだ。

 きみはひとりぼっちだ。


 ひとりじゃない。

 助けてくれる人がいる。

 そばにいて。ぎゅってして。くちづけをして。手をつないで。

 赤い糸とか。絆とか。出会いとか。縁とか。

 そんなものはもう、夢物語だ。何も残っていない。


 きみがみているそれは、むかしの人たちが残した残骸だ。

 たからかに響く愛の言葉。

 恋人とのちょっとした日常のやりとり。

 そうだ、あのころはまだ、そんなものがあった。

 「他人」が存在していたんだ。

 きみが覗きこんでいるその画面でスクロールしている文字列は、そのころに蓄積された他愛もない無数の言葉のランダムなリフレインだ。

 ランダムには見えなかったって?

 つまりそれほどまでに、意味のない言葉ばかりだったってことさ。


 きみはもう忘れたのかい?

 いつから、本物の人に逢っていないか。

 いつから、その部屋を出ていないか。

 いつから、今日が昨日と同じ一日だったのか。


 きみはひとりぼっちだ。

 だから、きみは歩き出さなきゃいけない。


 ひとりで。たったひとりで。

 ごみのちらばる荒れた道を。強い雨がふる遠い道を。

 きみはひとりで行くんだ。

 だれの手も借りず、だれと話すこともなく。

 足を踏みしめて、その先へと。


 残念だけど、きみに語りかけている、このぼくに逢うことはできない。

 ぼくなんて本当はいないから。

 あるいは、ぼくはあらかじめきみに出逢っているから。こっちのほうが少しましかな?

 わかっているだろう? ぼくがなにものなのか。

 ぼくがほんとうは、どこにいるのか。


 さあ、きみはもう本当に行かきゃ。

 行き先はわかっているだろう。ずっと窓の外に輝いていた小さな灯。気付いてなかったとは言わせない。

 きっとこれから、ずっとこの部屋に閉じこもっていたほうがましだった、と思えることが何度もあると思う。いや、もしかしたらずっと、そう思い続けるかもしれない。最後の死の瞬間までそうやって後悔し続ける可能性だって、じつはかなり高いだろう。

 それでもきみは行くのだ。

 ひとりぼっちで。

 どこまでも。


 ……じゃあ、さよなら。

 もうすぐ、夜が明ける。


(おしまい)

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みじかいお話 くまみ(冬眠中) @kumami

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