第14話 石の恋人
私の恋人は、ついに死ぬというその瞬間に、傍に転がっていたきれいな石を指さして、か細い声で呟いた。
「たとえ僕が死んでも、ぼくの……は、そこに残り続ける」
その日以来、私の恋人は、両の掌におさまるくらいの、その石。
恋人は何も言わない。石だから。
それはとても素敵なことだと思う。
怒ったり、嫌味を言ったり、他の女の子に愛をささやいたりしない。
もちろん私にも愛はささやかないし、やさしい言葉だって言わなくなってしまったのだけれど、別に構わないんじゃないかな。
いままでだっていちども言われたことがない。
恋人は私と同じおふとんで眠る。
こんなに傍にいてくれたのは初めて。
ぎゅって抱きしめると、ちいさくて、つめたいけれど、恋人のにおいがする。
私はとても満ち足りて、素敵な夢をみることができる。
死んでしまった肉体の方の恋人は、大人の人たちがどこかに連れ去ってしまった。
あれはもう抜け殻だから、どこに持っていかれてもいいのだけれど。
大人たちは、このきれいな石も探しているらしいので、私は少し、心配。
そういえば、あの日、恋人は、本当は何て言ったんだろう。
ぼくの『何が』そこに残り続けるって言ったのか、声がかすれて聞き取れなかった。
魂とか、想いとか、精神とか、なんだかそういう意味の言葉だったんじゃないのかなって思っていたけれど、本当は違うんじゃないだろうか。
きれいな石をみつめる。
石の恋人。死んだあの人のかわりに、私を愛してくれるもの。
それって本当?
あなた、本当は、私のこと……。
私はあわてて頭を振る。
いいの。もういいの。
あの日のことはもういいの。
石の恋人をきゅっと抱きしめる。小さな恋人。くちづけを交わすと、ほのかにあなたのにおいがする。あのひとの残滓。本当は、ここに封じ込められている想いは、何?
……何でもいい。
いつか夢から覚めるとしても、せめて今は、ここにいたいの。
(おしまい)
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