第13話 世界の終わり、きみと一緒に
ひとりきりの部屋できみのことを思い出す。
これはただの追憶。今はもうどこにもない過去への憧憬。
それでも。
あの時世界は崩れて消えた。
シェルターの中で、すべての通信が途切れていくのを私は聞いていた。
扉の外は、何万年の先まで汚染された世界。一日だって生きてはいられないだろう。
私はマニュアルに従って、自分の体細胞と卵子を凍結保存した。未来へ残す最後の希望。これで私の役目は終わり。シェルターの中には、人間一生分にはじゅうぶんな備蓄と、たくさんの紙の本が残されている。もちろん、そんなものを無視して安楽死を迎えられるだけの設備も整っている。存在意義をなくした地球最後の人間への、わずかばかりの温情。
私は、生き続けることを選んだ。
どこかから助けがくるのを期待したわけではない。そこまで愚かな楽観主義者ではない。今更死ぬのが怖いわけでもない。私の遺伝情報は半永久的に保存された。むざむざと死んだ数十億の人々のことを考えれば、後悔も不満もあるわけがなかった。
ただ、死ぬともう、きみのことを思い出せなくなる。
ひとりぼっちのシェルターの中、毎日毎日毎日、きみのことを思い出し続ける。
大好きだったきみ。手をつないで歩いた日々。
まだ植物が地上にあったころ、一緒に草むらに寝転んだ昼下がり。
しあわせだった日。
記憶の中の陽だまり。
もしも誰かが生きてそばにいたなら、狂っていると言われるだろうか?
追憶にひたることが人間の幸せなのかと糾弾されるのかもしれない。
でも、ここにはもう私しかいないのだから、どうでもいい。
私は何度でも思い出す。
生きて生きて、いつか生命維持システムが壊れるか、寿命が尽きるか、何かの理由で生き続けられなくなるその時まで。身体が老いて不自由になって、糞尿を垂れ流す汚物のようなものになり下がったとしても、心が機能する最後の瞬間まで、きみのことを思い出す。
まるできみがそばに居続けたみたいに、鮮明に思い出し続ける。
まるでこの世界のアダムとイヴが、私たちであったかのように思い出し続ける。
(おしまい)
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