第8話 雑談から山へ

前書き

今回もちょっと短いです。

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 新塚は近日中と言っていたが、一週間足らずで準備を終えるとは物理的に可能なのか不安に思ってしまう。



「始めまして、谷嶋室長。警備本部本社警備部の遠野と申します。本日より新技術研究部のフロア入り口にて入退室の管理を勤めさせていただきます」

「同じく、警備本部機密管理部の佐久間です。新技術研究部の情報管理を担当致します。今機密資料用の金庫を発注中ですので、すぐに研究資料を移動できるように準備して置いてください」



 いつの間にかフロアの入り口に警備室のようなものが増設されており、元々高い衝立とダンボールで区切られた新技術研究部は、まるで会社の中にできた刑務所のようであった。俺は危険人物か何かかな。



「社長より谷嶋室長の業務を警備上問題ない限り邪魔しないように言い付かっております。私どもはいない人間のように扱ってくれてかまいません」



 熱心なのは有難いが、俺自身がうきうきした気分が抑えられそうにない。


 なんて言ったって、かれこれ一ヶ月以上、孤独で黙々と仕事をしてきたのだ。錬金術の作業は俺にとって苦痛でもなんでもないことであるが、碌なコミュニケーションが取れそうにない人間が近くにいるだけで今まで感じることのなかった孤独感が沸き立てられてしまい、ふと悲しくなってしまうことが度々会ったのだ。この僅かな間で俺は一人でいるよりも近くに人がいることで人間は孤独を感じることが出来ることを学んだ。


 なんとか入咲さんは置物と認識することで心の均衡を図っていた俺にとって、会話可能な人間が職場にできたことは俺の精神に多大な影響をもたらしかねない。と言うか仲良くなって雑談相手になって欲しい。



「ときどき怪音や異臭が発生することがありますが、よろしくお願い致します。インスタントですがコーヒーでもいかがですか?」

「いえ、先ほど入咲さんからいただきましたので結構です」



 ほうほう、置物入咲さんに先を越されましたか。なるほど...ん?


 はあ?


 ……。


 あまりの驚愕な出来事を知らされたことで、一瞬身体から精神が飛んでしまっていた。あの入咲さんが、だと...。



「確か彼女、総務部と企画部の庶務総括も兼務している才女だとか。さすがは社長が直々に勧誘したとされる特別採用の方ですね。大変優秀なようで、私共にも気を配ってくれますし、いい仕事が出来そうです。それでは、御用があればいつでも声を掛けてください」



 そしてフロア内には俺と置物入咲さんが取り残され、空調とカタカタと鳴るキーボードの音だけが支配する。


 置物入咲さんはいつも通り書類処理やらパソコンに向かってなにやら作業をしている。前々から気になってはいたが、彼女のやっているのは他部署の庶務業務だったのか。どうりでいつも忙しそうに作業しているものだ。と言うか新塚も何故そんな忙しい人間を寄越すんだ。


 いや、まずそれよりもあの無愛想で無表情で無感動な入咲さんがコーヒーを入れただと...。にわかに信じられん。


 少なくとも俺にはそんなことしてくれた記憶はない。ここは一言言うべきか。










 と言いつつも俺は入咲さんに何か言うわけでもなく、いつも通りに黙々と錬金術の研究を行う。


 いや、違うんだ。錬金術の自動化の研究は新塚からも催促されている最優先事項なんだ。何よりも優先してしなければならない業務であり、決して私心で研究の進捗を少しであろうと遅らせてはいけない神聖な仕事である。おまけに今までの錬金術のレポートや生成物の提出の準備もあってそんな瑣末なことに構って入られないのだ。


 決して、入咲さんの態度が気に入らないからと言っても面と向かって文句を言うと怖いとかそんな私的な理由ではない。


 と自分自身に言い訳を募らせながらも錬金術の研究は進める。


 真面目な話として、さすがに何かしらの糸口を見つけておかないと再資源化事業のスケジュールに差し当たりが発生しかねない。スケジュールを告知されたわけではないが、すでに新塚の中では大まかな日程は組まれていると考えていい。それを十分匂わせる連絡もあったしな。


 とにかく、俺は一刻も早く錬金術の自動化を開発しなければならないのだ。


 とは言え、この一ヶ月と少しの期間で自分で思いつく限りのことは試しきってしまった。画期的なアイディアと言うものは必要なときにポッと出てくるようなものではない。潤沢な資金と資材などにより、発動できる条件については事細かに調べることが出来た。それによって錬金術の叡智を更に深めることは出来たのだが、自動化が可能となるブレイクスルーには至ってはいない。


 興味を引いた実験を行うと言うスタイルで十何年と続けていたせいか、実験に詰まった時の対処法などまったく経験が無かったのも研究が停滞してしまっている要因の一つだ。


 そこで基本に立ち直ることにした。社会人の基本である、わからなくなったら聞くを実践する。



「と申されましても」

「何かヒントになることだけでいいので」



 俺は佐久間さんに話を持ちかけてみた。そもそもとして俺がこの手の相談ができるのは、機密の関係もあって新塚を初めとして極少数しかいない。さすがに新塚に相談するのは憚れるので、極身近な存在として新技術研究部の情報管理を担当する佐久間さんに話しかけてみたのだ。情報管理を担当することもあり、錬金術の機密については気にする必要がなく、元々、雑談相手になってほしいと思っていたので一石二鳥である。


 ん? 他にも身近な人はいないかだって?


 遠野さんはあまりこういう話題は合わなさそうだと勝手に認識している。見るからに体育系な方だったし。業務上、自分に構っていてくれるものでもなさそうだしな。


 そういうわけで佐久間さんしか選択肢はないのである。ないのである!



「うーん、自分は別に技術畑の人間ではありませんし、そのようなアドバイスはできそうにありませんよ」

「ああ、そういう具体的なものじゃなくていいんです。気分転換と言ってはあれですが、煮詰まったときにどうすればよいかの相談に乗っていただければ」

「気分転換ですか」



 今まで気分転換と言えば錬金術の実験に費やしてきた俺が、錬金術から気分転換をするなんて不思議なこともあるものだ。これも“趣味”から“仕事”へ変わった弊害なのかと思うと少しばかりであるが切ない気持ちになってくる。



「そうでしたら、身体を動かすことに挑戦してみては如何ですか? 普段から室内に篭ってばかりでは気も滅入るでしょうし、スポーツや運動をして血流を身体全体に行き渡るようにすると頭の廻りもよくなると聞いたことがあります」



 どうやら佐久間さんも結構体育系な人だったようだ。別に俺は運動音痴という訳でもないし、スポーツが特別苦手と言う訳でもないのだが、なんとなくインドアな気質のためか気乗りはしない。



「終業後にスポーツを嗜む社内サークルなどもありますし、谷嶋さんもご参加してみては? フットサルサークルなどは飛び入り参加も歓迎してますし、派遣だからと言って除け者にはしないでしょう」

「いや、私はそういうのはちょっと...」



 なんだろうな、佐久間さんはあくまで善意で言ってくれているのはわかるのだが、学生時代に友達らしい友達も居らず、ずっと錬金術の実験で自分の世界に没頭していた自分には敷居が高すぎる。


 …いや、待てよ。



「お誘いありがとうございます。サークル活動には参加する予定はありませんが、佐久間さんのお話を聞いて気分転換に心当たりが出来ました」

「? 何が役に立ったかはわかりませんが、お悩みが解決できそうなら幸いですね」



 勤務時間中にあまりぐだぐだと雑談を続けるのはよろしくないので、この辺で切り上げる。


 俺がまだ中学生の頃に錬金術に関係するような事柄を調べていた時期がある。伝承や御伽噺などの古い伝説から都市伝説に近い与太話まで広い範囲で調べたものだが、大半は役に立たないものばかりであった。そんな調査の過程で日本のパワースポットを巡ることもしていた。そんなとき一時期ではあるが、登山にはまっていた。


 通っていた中学に登山クラブがあれば所属していたかもしれない程度にははまっていた。大学生以降にはめっきり行かなくなったが、登山中の風景や自然を感じる中で新たな錬金術の実験を思いついた経験がある。


 錬金術について行き詰っている気分転換にはちょうどよいかもしれない。


 そんなことをつらつらと考えていると置物入咲さんから「仕事に集中しろ」と言う旨を遠回しかつド丁寧で無駄に格調高い文章が書かれたメールを送られてきた。確かに就業中にサボりだと言及されても否定できないのだが、もう少し言い方と言うものもあるだろう。そもそも入咲さんとの静寂空間を一ヶ月以上強いられて話し相手に飢えていたのが原因だと言うのに。


 そう反発する意識があっても俺は黙々と研究を進める。錬金術の研究は何も自動化だけではないし、レポートなどの提出物も早めに準備しておきたい。やることはまだまだたくさんあるのだ。


 

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現代世界に錬金術は必要か? 紅崎赤彦 @Kouzaki1990

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