第7話 人形か御焚き上げ

 新塚カンパニー株式会社に配属されて一ヶ月が経過した。日々の努力にも関わらず、錬金術の自動化は未だに完成する見込みすら立てることが出来ないでいる。


 とは言え、研究自体は進めており、今まであまり気にしていなかった錬金術の発動の成否の要素についての知識は蓄積されている。


 主に、俺が行使する錬金術には複数の要素によって成り立っている。


 錬金術を行う術者である俺、次に錬金術によって影響を受ける物質、そして錬金術による現象をコントロールするための陣、この最低3つによって俺の錬金術は成り立っている。


 錬金術の自動化で最も変更を余儀なくされているのは術者の要素である。俺がいなくても錬金術が発動できるようにするには、この術者の代用ができるものを研究しなければならない。錬金術が出来る人材の発掘は機密保持の面と時間が掛かりすぎることから却下された。ならば、機械的に錬金術を発動できるかと試したが、その悉くが失敗に終わった。


 そこで俺は、もっと基礎的な部分を、錬金術が発動できるかできないかの境界から探る研究を行った。何事も応用で行き詰った場合は基礎から練り直す壁に俺はぶつかった訳である。


 結果として様々なことが判明した。


 術者の要素を探る前に陣の要素から洗い直した俺であるが、陣の要素にも曖昧ながら錬金術の発動の是非を左右する境界が存在していることを発見した。


 今までは俺自身が描いた陣で錬金術を発動させていたのを、描画ソフトを用いて陣を描き、それを印刷したもので錬金術を発動させようとしてみたが、何も起こらなかった。錬金術の内容によって一度使った陣は再利用可能なものと不可能なものが混在しているため、陣の量産も可能にしなければならなかったので、地味に痛い結果である。


 他人が描いた陣でも錬金術の発動は確認できなかった。入咲さんに頼んでも悲しい結果にしかならなそうだったので、新塚にメールで簡単な陣の絵を送って、描いてもらったものを社内郵便でもらった。霜見が描いたそうだ。えらく精巧に描かれていたので一瞬印刷物かと勘違いをしてしまうほどだった。


 これらの実験により、どうやら陣にもある程度の術者の介入がなければ錬金術は成り立たないのではないかと思われ、俺は新たに陣の量産についても研究しなければならなかった。


 そんなこんなで錬金術の自動化に悪戦苦闘する日々を過ごしている。


 ただ、それだけでは新塚に何の成果も上げられていないのではと勘繰られる可能性があったため、錬金術の研究が進んでいるアピールをしてみることにした。










 ある日、本社に隣接している倉庫で俺は錬金術の準備をしていた。こちらから新塚に連絡したものの新塚のスケジュールは過密を極めているため中々予定が組み込めなかったのだが、今日の予定の一部がたまたま中止となったために時間をもらえることになった。


 倉庫の床には巨大な陣が描かれている。今まで俺が描いてきた陣の中でも一番デカく、一番複雑な陣であった。自宅残業よろしく寝る時間も削りながら開発した錬金術であるが、苦労した甲斐があるほど有用なものに仕上がっている。それ以外にも様々な装置が並んでいた。



「ずいぶんと大掛かりなものを用意してくれたものだな」



 霜見を侍らせながら倉庫に到着した新塚はそう言いながら倉庫の中を見渡していた。



「時間を取ってくれてありがとうございます、社長」

「このあたしが直々に視察しに来たんだ。期待させてもらおうか」



 露骨にプレッシャーをかけるのは謹んでくれないだろうか。寝不足と社内の空気で疲弊している俺にはキツいのだ。



「見せ物としては上々なものだと確信しています」

「思ったより予算を無駄遣いしてないようで何よりだ。時間も有限だしな」



 俺、ハゲるかもしれないな。



「そうですね。では、さっそく始めましょう。こちらが再資源化事業の要となる錬金術の説明となります」



 俺は錬金術の陣の前で、どのような作用をもたらす錬金術なのかを説明する資料を新塚に手渡しながら、装置を稼動させる。


 と言っても、全体としてはそれほど複雑なものではない。


 調達した廃棄自動車や廃棄大型家電などを無人フォークリフトや無人搬送機で陣の真ん中へ運搬するだけのシステムだ。ラジコンでこれらの機器を操作するのに慣れが必要であったが、何度も練習することで今では上手に使いこなせている。機器のレンタル料には結構費用が掛かったらしいが、今後の実験にも大いに役立つだろう。



「自動車というのは総合機械です。使われている原料には鉄やアルミニウム、樹脂製品が中心ですが、他にもガラスや繊維、電子機器内部の半導体や各種金属部品などが集約されています」



 そう言いながら俺は搬送者で陣の中央へ廃棄自動車を運ぶ。



「自動車も廃棄時にはメーカーやスクラップ業者によってリサイクルしやすいように分別を行ってはいますが、その多くは重機や工具を使った人間による作業であり、それでもリサイクルできない部品等は廃棄されるなど非常に非効率なものです。」



 陣の外へ搬送者を退避させてから俺は錬金術を発動させる。


 陣の中央に安置された自動車がみるみる内に溶けるアイスのように形状を変えていく。そして、水溜りのように床に広がった自動車だったものがいくつかの塊に分かれて再び変化していく。


 鉄やアルミニウムはインゴットのような塊となり、その他の少量の金属物質はビー玉や真珠球のような形状に落ち着いた。内装の合成樹脂やプラスチック、フェルトやカーペットのような繊維部品、タイヤなどのゴム製品らはウィンドウガラスが元となるビンの中で黒く粘性のある液体へと姿を変えた。



「ですが、この錬金術であれば人件費のかかる作業も、取りこぼしになる部品もなく、完全完璧100パーセントの再資源化が可能です。鉄は鉄に、アルミニウムはアルミニウムに、樹脂製品は石油へと“回帰”します」

「……なるほど、想像以上に有用なものを開発してくれたようだ。ところで、これは一度にどれだけの量を再資源化できる?」



 口調は変わらないが、先ほどまで浮かべていた挑発的な笑みを消し、真剣な表情で質問してくる新塚に俺は呆気を取られながらも説明を続ける。



「理論上は陣の内部にあるのでしたら際限はありません。しかし、今のままでは一回毎に私自身が発動し直さなければいけません。そこでこのような様式を取り入れてみました」



 俺は搬送車で陣の上を横断するように用意していたコンベアを配置させる。コンベアの端からは廃棄家電製品が流れてくるように設定し、錬金術の陣を発動させる。



「このコンベアには錬金術の効果を受けないように細工がされており、コンベアが再資源化されることを防いでいます。しかし、コンベアの上を流れてくる家電製品は...」



 コンベアによって陣の内側に入ってきた廃棄製品は先ほどの自動車と同じく再資源化されてコンベアの上を流れていく、その後に続く製品も順次再資源化された姿になりながら流されていく。



「このように、次々と搬入と排出を繰り返すことにより、一回一回錬金術を発動することなく、大量の再資源化が可能になりました」

「……見れば見るほど魔法だな。これがあればどんな国であろうと資源に悩むことは無い。事業としても十分役立つものだ。よくやった」



 単一の物質を“抽出”したり、物資を“回帰”させる錬金術をここまで改造するには非常に大変な試行錯誤の日々を送ることが必要だった。しかし、この一言だけでも苦労した甲斐があったとよく感じられた。なるほど、これが達成感か。柄にもなく高揚感が全身を包む。だが、そこまでだ。開発者としてキチンとシステムの欠陥は説明しなければならない。



「さっそく、建屋の建設と運搬システムの構築を急がないとな。いや、運搬と採掘は自社でやらなくても既存の企業に任せればよいか。初期費用としてはその方が安く済む。ふむ、経理課で試算させて...」

「思案してるところで悪いのですが、このシステムでも稼動時間は2時間が限度で、そのたびにメンテナンスが必要です。メンテナンスは私にしか出来ませんし、掛かる時間も1時間ほど必要になります」



 朝一に錬金術を稼動し、退社時間が来たら停止させるという程度であれば、俺も少し面倒くらいな感覚で済むのだが、2時間毎に錬金術を起動しなければならず、しかも1時間も時間を取られると言うのは、ほとんど付きっ切りである。ちなみにメンテナンスの1時間というのは陣を描き直さなければならないからである。


 錬金術を発動させるには少なくとも自分で手描きした陣でなければならないのは今までの研究から分かっている。一部でも他人に描いてもらったものは駄目であり、感圧紙で一度に複数の陣を作ろうとしても駄目だった。真面目に長時間稼動させようとしたら俺自身が錬金術の陣を描く機械にならねばならない。そんなのは御免である。



「な、なるほど、しかし、それなりに成果があったのは認めよう。引き続き錬金術自動化の研究を進め給え」



 一人で勝手に盛り上がったのを恥じるように新塚は目を逸らした。これも始めてみる姿だ。こうしてみると超人も人間らしい一面もあるものだな。



「だが、本稼動は無理だとしても処分場を抱える各自治体へのアピールには使えるだろう。仮稼動として一週間に2回ほど稼動できれば御の字だ。錬金術以外の再資源化システムの検討や洗い出しも必要であるし、本稼動に移る際にスムーズにことを進められる。面倒だろうが協力をお願いする」



 確かに錬金術以外の分野については他の人員に任せるしかないし、いきなり本稼動ではトラブルが頻発する可能性も予想できる。最初の内は規模を小さくしておけば、それらの問題点も素早く、最小限の被害で対処が出来るだろう。


 俺にとっても再資源化事業は最初に手がける事業であるし、是非とも成功して欲しい。平日毎日2時間毎では苦しいが、週に二回の頻度であれば十分許容範囲内だ。陣を描く際に腱鞘炎にならないように気をつけなければな。



「わかりました。錬金術の方も何か問題点や改善して欲しい点があればいつでもご連絡ください」

「頼もしい言葉だ。ついでで悪いんだが、研究の合間でいいので今まで錬金術で出来たことや出来たもののレポートを送ってくれ」

「レポートですか?」

「ああ、お前が気づいていないだけで新事業に役立つものがあるかもしれんからな。理論や実際の手順なんかは記載しなくてもいい。用意するものと出来るものがわかればいい」



 実際、十年以上溜め込んだ研究ノートの中には使いどころや正体不明の物体が出来た例もある。俺からすれば何の役にも立たない実験例もあるのだが、こいつなら新たな利用法を見つけてくれるかもしれないな。しかし、最初の事業である再資源化事業もまだ始まっていないと言うのにせっかちな事だ。



「わかりました。保管してあるものに限ってですが、出来た物体も送りましょう」

「助かる。送付手段は追って伝える」



 新塚はそこまで言ってから少し思案して、続けて言った。



「谷嶋、近くお前の業務関連、主に錬金術に関しての機密管理や警備を見直すことにする」

「機密管理に警備ですか。一応、外部の人間はもちろん社内の人間にも錬金術について話すようなことはしてませんが」



 話す機会がなかったとも言える。


 俺の知る限り社内でも錬金術に関しては知られていないように感じる。初日の連絡事項で、新塚から新技術研究部の総務を一括する入咲以外には秘密にするようにあったのだが、より本格的にと言うことなのだろうか。それに警備とは何のことだ?



「今のところはお前やお前の部署を本腰入れて探るような人間はいないことはあたしの方でも確認している。だが今後、仮とは言え新事業が稼動すればそれなりに反響があるだろうとあたしは見ている。下手な奴に知られては事だ。速めに対処体制を整える」

「それほどですか」



 企業としては独占技術の流出を恐れるのは分かるが、俺がいなければ成立しない技術にそこまで警戒をするものなのか。そんな表情を読まれたのか重ねて新塚が忠告をしてくる。



「お前にしか出来ないと言うのならお前を攫えばいいだけの話だろ? 狙っているのが合法的な組織とは限らないし、企業もいつも礼儀正しいことしかしない訳じゃないぞ? 分かりやすい例で言えば某半島の北半分の国家とか、某ブラック企業とかな。お前を錬金術人形に仕立て上げるくらいわけないことだろうさ」



 滅茶苦茶恐ろしい例を出してくるものだ。



「だがお前が思ったより出来の良いものを作ってくれたからこそとも言えるぞ。あたしとて、100パーセント再資源化が可能になるとは思わなかったからな。おまけに石油まで出来るとは」



 ああ、そう言えばこいつに見せたまともな錬金術と言えば白金の錬金術くらいだったか。大量の銀とアルミが白金とは言え少量の物質に減ったことしか情報がないんならそう考えるのも無理はないか。



「何はともあれ、これで次年度の予算もつけやすい。詳しい内容を内緒にしているあたしの自業自得だが、役員会議では不満そうだったからな」



 やれやれと首を振る新塚であるが、それは当たり前であると俺は思う。誰だってトップが奇妙な事業に予算を振り分けたら不審にもなるだろう。まあ、錬金術を使ってますなんて言ったら「社長が変な宗教に嵌ったぞ!」と大騒ぎになるのは目に見えているから秘密にするのも当然か。…もしそうなったら俺が主犯格として火炙りにされそうだな。絶対にバラせない。



「他の事業のこともあるし、自動化の件はよろしく頼むぞ、谷嶋」



 苦難はまだまだ続きそうであるが、今の仕事は結構楽しく、充実している。少なくとも以前よりも増えた給与分はがんばろう。

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