第6話 話し声

前書き

今回はかなり短いです。


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 それから数日が経ったが、錬金術の自動化の目立った成果は上げられなかった。


 相変わらず、総務課の入咲さんとは最低限以下の会話(?)しか出来ていないし、錬金術の自動化の糸口も見つけられていない。


 変わったことと言えば、新技術研究部のフロアがずいぶんと錬金術のしやすい環境へ変わりつつあるということくらいであろう。と言っても自宅にあるような錬金術に必要な器具や道具を置いているだけなのだが、それだけでも自分の居心地の良い環境に整えられているのは非常に心地が良い。しかも、それらを会社の費用で揃えることが出来るとあって、一部では自宅にあるものよりも使い勝手がよく、拡大化したものを用意していた。


 材料や工具の調達や購入申請の手続きは、限りなく愛想の無い入咲さんが行ってくれている。彼女は仕事自体には手を抜かないでくれているため非常に対応が早く、俺も感謝している。これで少しは愛想が良ければなと思わざるを得ないが、仕方ないとして諦めている。


 しかし、錬金術の自動化の進展は芳しく無いが、従来通りの錬金術の研究には一定の成果を得ていた。



「(鉄やアルミは楽なもんだが、意外に銅の“抽出”には繊細さが必要だ)」



 俺は再資源化事業のために必要な錬金術の研究を進めていた。その過程で主な金属資源となる各種金属を取り出せる錬金術の実験を行っていた。


 元々、錬金術の実験のために、廃棄された家電などから物質を拝借するための錬金術は研究済みであった。しかし、あくまでも実験に必要な分だけを取り出す間に合わせ目的で開発した錬金術では、無数のゴミの中から僅かな金属物質を取り出すには非常に効率も精度も悪く、実際に取り出せたのは含有量に対して極微量か不純物が混じり捲くった混合物と言う有様であり、全体的な改良を必要とした。


 特に銅は真鍮を代表とする合金で使われることが多く、電線や電子回路に使われたりしており、資源としては優秀な有益性をもつ優先的すべき金属であるにも関わらず、錬金術で“抽出”するのが難しい金属であった。


 しかし、多少苦戦をしているものの、再資源化事業の最重要技術となる錬金術の開発は順調であった。



「(銅などの問題が片付いたら一度デモンストレーションも兼ねて新塚の前で実演してみるか)」



 新塚とは同社内の上司と部下、雇用者と被雇用者の関係であるが、実際にはスポンサー契約の関係に近い。今のところ彼女とは良好な関係築けてはいるが、ある程度のアピールは必要であると俺は考えていた。



「(アピールか、パフォーマンス能力を指摘されたこともあるが、ちゃんと勉強してみるか)」



 スポンサー相手のプレゼンテーションに頭を悩ますなんて本物の研究者みたいだなと苦笑しつつ、錬金術の改良や開発の案を資料にまとめる。今まで本棚の肥しになっていた研究ノートも家から持ってきており、研究に必要な発想を探したりするのに役立っている。



「(学生時代に少しだけ実験していたこの錬金術を掘り起こすことになるとは)」



 新塚が指定していた再資源化の対象は金属だけはない。樹脂製品や石油由来材料の再資源化には新塚に大きな期待が寄せられている。金属もそうであるが、石油なども日本では採掘できない資源であり、現代社会を維持するには欠かすことの出来ない戦略資源である。この再資源化が可能になれば途方も無い利益を生み出すことができる。


 幸いと言うべきか、プラスチックを石油へと“回帰”させる実験は、学生時代には資金不足もあって成功はしなかったものの、錬金術の基礎部分は得られていた。今の環境でなら見込みのありそうな器具や物資を導入して、より成功率の高い実験を行うことが可能である。


 何はともあれ、一月前とは打って変わって、俺の人生は充実したものへ変わりつつあった。会社でも自宅でも錬金術のことを考えて暮らしていけるなど思ってもいなかった。



「(なんだが、ふと客観的になってみると俺が錬金術ジャッキーみたいな回想だな。別に文句は無いが)」



 俺と錬金術は切っても離せない関係であり、錬金術あっての俺といっても過言ではない。今後は更にそれが助長されることになるだろう。


 そんなことをつらつらと考えながら研究に勤しんでいると昼休憩を告げるチャイムが聞こえてきた。


 今の俺なら昼休憩もぶっ通しで研究に没頭してもいいのだが、適度な休憩と脳への糖質補給はよりポテンシャルの高い研究を続けるのに必須である。俺にとっては休憩も飯も錬金術のためだ。


 相変わらず、休憩になると蜃気楼のようにいつの間にか消え失せる入咲さんにも慣れつつ、俺はカフェテリアへ向けて進み始めた。










 カフェテリアは当然のことながら混雑していた。とはいえ、ビュッフェ形式のためか回転率は高く、本社ビルのワンフロアを丸々使っているため、席には若干余裕がある。元々新塚カンパニー株式会社はその業績や規模と比べて社員数がやや少なく、昼休憩の時間を部署によってずらしているため、席が無くなることはまずない。


 しかし、今日はどういうわけか、空席が見受けられず、カフェテリアの端の方に空いた一席を見つけるまでずいぶんと歩き回ってしまった。たぶん、社外のお客か支社の社員が大人数で訪問しているのだろう。


 こんなときに席を確保していてくれる同僚などがいれば非常に助かるのであるが、残念ながらそのような関係のある人間はいなかったし、今後も出来る可能性は低いだろう。


 霜見の話を聞いた影響か、俺には正社員の人間がこちらを胡散臭そうに見ているように感じていた。彼ら彼女らとは挨拶や事務的な受け答えはするものの雑談などには発展せず、そそくさと会話を打ち切る。一応、無視や嫌がらせなどの被害は受けていないが、なんとも居心地の悪いものである。


 カフェテリアを利用するときでも自分と少しスペースを作って座ることが多く、仕方なしに座った今の席の隣でも俺が座ったことに気づくと同僚らしき人との雑談を止めて黙々と食事に徹し、早々とこの場を立ち去っていった。さすがにここまで露骨なのは珍しいが、せっかくの飯が不味くなる気分にさせられる。



「和人、ここが空いてるぞ。にしても上海支部の縮小ったって、一度にこんだけ戻って来ること無いよな。おかげでめっちゃ混んでる」



 空いた隣の席を透かさず占領したのは二人組みの男だった。



「祐樹あんまり言うもんじゃない。社長命令なんだから仕方ないだろう」

「はは、わるいわるい」



 彼らは雑談しながら俺の隣に座った。どうやら話に夢中で俺には気づいていないようだ。



「でも組織の再編成で最近はちょっと忙しすぎる。活動予定の無い部署がいくつも作られて社員たちも取締役会も困惑気味だ」

「たぶんあの男の関係なんだろ。社長もなんだってあんな男を贔屓してるんだか。今年度の予備費のほとんどが新部署に使われるらしいし」

「翔さんに警告されたから深くは突っ込まなかったけど、詳しい事情は知らないけど社長はかなり気を使っているみたいだね。それがまた社員たちの不満を煽っていることになってるんだけど」



 ……なんだか、俺が関係してそうな話題を話す隣のせいでかなり居心地が悪い。いや、きっと俺とは別の案件の話に違いない。俺はただの派遣社員だ。つい先日配属したばかりの新顔で、こんな話題が挙がるような人物ではないのだ。



「おまけに俺のところを通さずになんか訳のわからない事業を始めようとしているらしい。市場調査部で妙な調査資料の提出を急遽要求された」

「ああ、そういえば、僕の方でも資料の提供を求められたよ。にしても事業企画本部を通さずに事業計画を組むなんて社長はなんのつもりなんだろう」

「(…あ、この油淋鶏うまいな。フレンチだけじゃなく中華料理でもこの旨さならもっと他のメニューも試してみるかな)」



 現実逃避を試みる俺を差し置いて、二人組みの世間話と言う名の愚痴は続いていた。どれもこれも面と向かって俺が責められている訳ではないが、耳の痛い言葉のオンパレードであった。


 俺は出来るだけ目立たないように身を縮めつつ、カフェテリアを後にした。今日はいつもと違う意味で仕事に身が入りそうである。罪悪感と焦燥感に駆られて。

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