第5話 最初の試練と漂う悪寒

 俺の問いを新塚は十分に味わうように噛み締めた。少なくとも俺の目にはそう映った。


 俺の錬金術で“生き甲斐”と言うものを得たいと新塚は言っていた。しかし、それは俺とて同じである。


 こいつは今まで俺の私生活内だけで終始していたこの錬金術を社会で、世界で活躍させると言う“夢”を見せ、そのための場を用意してくれた。結果次第では更なる飛躍のための場を作ってくれるらしい。それには感謝しているし、こいつの元でなければ得ることが無かったチャンスだと思う。


 だが、俺は錬金術で大成する夢は持っていても、錬金術を行使するだけの機械に成り下がる気は毛頭ない。そのために懸念となることは始めの内に潰しておきたいのだ。



「なるほど、お前の不安はよくわかる。が、それを危惧する必要は無い。あたしが考える事業は再生化だけではない。もっと多く、もっと大きな計画も考えている。一つの事業に掛かりきりなどさせん」



 どうやらこいつには腹案があるらしい。



「まあ、正確に言えば、その危惧案件はお前自身で払拭してもらう訳だな」

「俺が?」



 他力本願な気もするが、元々は俺の錬金術の問題でもあるしな。今回みたいな懸念は以降ずっと付き纏うものになりそうだし、自力で解決できるのならそれに越したことは無い。



「そもそもにおいて、この事業を実際に行ったとして、どれくらいの規模になると思う?」

「事業の規模?」



 どういうことだろうか。



「いいか、この事業は端的に説明すると、最終処分場や中間処理施設から廃棄物を引き取り、再資源化するというものだ」



 それは俺でもわかっていることだ。



「しかし、この事業のシステムを構築するとなると自然と大きな規模にせざるを得ないんだ。処分場から“採掘”するにも自治体から権利を得なければならないし、場合によって資金も必要になるかもしれん。そして採掘物の運搬の問題もある。処分場は日本各地に存在するが、都市部の近くには滅多に無い。つまり、それだけ運搬コストがかかる。お前の錬金術の秘匿性を考えると再現化する設備も厳重なものにしなければならないし、そもそもお前一人にしか出来ないなら複数個所に設けることも出来んから、ますます運搬コストと維持費が高いものになる」

「秘匿性? そんなものが必要なのか?」

「錬金術使ってますなんて言ったら『頭可笑しいんじゃねーの』とか言われるだろうが、看板に傷がつく」



 俺もそう思っていたことはあるが、他人からはっきり言われると結構来るものがあるな。



「作業者は間違いなく3Kに部類される業務にならざるを得ないから、人件費の高い日本ではコスト高にならざるを得ない。これらの初期費用や維持費のことを考えるとどうしても一日数千トン、場合によっては一万トンの採掘物を引き受けざるを得ない。あたしはお前の錬金術について何も知らないが、お前一人で一日に一万トンもの廃棄物を再資源化させることが出来るとは到底思えない」



 一万トン、言葉にすれば簡単だが、確かに途方も無い量だと言うことは分かる。俺は今まで錬金術の行使回数に限界を感じたことは無いが、それは一日に行う錬金術の回数や一度に行う物質の変換の量が少なかったからだとも言える。一万トンはおろか一トンでも根を上げるかもしれない。



「更に言えば、行政によっては年々土地を圧迫していく最終処分場を減らすために逆に代金を支払ってでも引き取ってもらいたいというところもあるだろう。交渉次第によってはコスト削減に繋がるかもしれないが、それでも一日に最低でも千トンを下ることは無いだろうな。つまり、この事業は利益を得ようとすると自然と大規模なものにしていかなければならないのだ」

「それだけ聞くと、俺以外の錬金術が出来る人間を増やす以外の方法がないように見えるんですが」



 だが、はっきり言って、俺以外に錬金術が出来る人間を見つけるなんて限りなく可能性が低いように感じる。例え見つけることが出来たとしても、数人増えたところでそんな途方も無い量を裁ききれるとは思えない。



「うむ、普通に考えるとそうだ。だが、あたしは錬金術を使える人間を増やす方針には反対だな」

「反対ですか」



 ちょっと意外だ。事業家である新塚にとって錬金術が使える人間は多い方が言いように思える。そうすれば万が一俺の身に何かあっても代わりが利くからだ。俺個人としては業腹ものだが、社長の立場であるこいつからすれば全うな判断だ。



「まず一つ、あたしは錬金術を使える人間がそう簡単に見つかるとは思えないし、そんなに時間を待つつもりも無い。そして、あたし個人としては錬金術が使える人間が増えて世の中が読めなくなるのは心躍るものがあるが、会社の既得権益と成りうる技術の流出リスクを無視することはできない。これでも責任ある立場なのでな」



 キザッたらしく格好をつけながら微笑む新塚に、俺はそういう考えもあるのかと感心するばかりである。確かに錬金術ででしか出来ない事業を独占することは会社にとってこれ以上ない利益となるだろう。しかし、それでは結局問題は解決しないのではないか?



「そこで、お前に一番の優先順位をもって研究してもらいたいのが錬金術の自動化だ」

「じ、自動化だと?」



 確かに錬金術の自動化に成功すれば多くの問題が解決する。俺も一つの事業に掛かりきりにならずに済むし、会社からしても俺がいないと事業が即座に停止するような事態を防げる。しかし、錬金術の自動化なんて、実験はおろか考えたことすら無い。まったくの未知の領域である。



「自動化...。うーん、かなりの難物だ。まったく出来る見当がつかない」

「だが、これが出来なければ別の事業でも同じような問題が出てくるのは目に見えているぞ。お前の錬金術が日の目を見るかどうかはこれにかかっているといっても過言ではない」



 正直に言って難しい。錬金術においては俺独自の理論というか経験によってある程度どのような手法が必要か、どんな材料が必要かが勘に近いもので分かるのだが、新塚のいう自動化にはそれを活かせない。何て言っても想像の埒外であったからだ。極小規模の実験で満足していた俺には錬金術の自動化なんて必要でなかったし、思いついたとしても試すことは無かっただろう。



「…悪いが、案外早く出来そうといった言葉は忘れてくれ。これは時間のかかる案件になりそうだ」

「無論だ。必要そうなものはなんでも言うがいい。可能な限り会社の経費で用意しよう」



 地味なプレッシャーをかけてくるものだ。金をかけてやるから絶対に完成させろと遠回しに警告している。実際、新塚は俺が自動化に失敗したら解雇することに何ら躊躇いを覚えないだろうし、もう長いこと感じたことの無い緊張感と焦燥感がこみ上げてくるのを俺は自覚した。


 だが、それだけやり応えのある課題であると俺は考えるようにした。元々趣味でやっていたことなのだ。それで生計を立てられるようにするにはこれくらいの試練は必要不可欠だ。そう己を奮い立てなければいけない。



「栄光の第一歩としては上等な試練だ。期待に沿えるように尽力しよう」



 俺の決意の言葉に、新塚は満足そうに笑っていた。










 その後、新塚と世間話をしながら食事を堪能した俺は、さっそく錬金術の研究を練るために新技術研究部に戻ろうとしたが、カフェテリアを出た辺りで霜見に引き止められた。



「谷嶋室長」

「……何ですか。霜見さん」



 まだ顔見知り程度でしかない俺であるが、この霜見という男には苦手意識を持ちつつあった。


 今朝の不穏な言葉を吹き込まれた件を除いても、この男は一見誠実な雰囲気を持ってはいるが、危険な、錬金術で失敗して爆発を起こしそうになる瞬間のような嫌な予感を感じさせてくるのだ。



「おそらく社長もお気づきの上で谷嶋室長にお伝えしていないのであろうと思われますが、社内の人間には谷嶋室長のことを良く思わない方もいらっしゃいます」



 これまた不穏なことを言ってくれるものだ。



「入咲さんのことですか?」

「彼女も含めてです」



 俺が受付で新塚のところに呼ばれたとき、先ほどの屋内テラスで食事をしているとき、周囲の注目があったのはさすがにわかる。だが、一介の派遣社員が社長と親しそうにしていれば、注目を浴びるのも仕方ないとしか思っていなかった。



「我が社の社員には社長を特別視する一派がいます。彼ら彼女らからすると谷嶋室長の存在は不愉快に感じるようです。しばらくは谷嶋室長を優遇する社長の目を慮り、直接的な接触は控えるでしょうが、いつまでも手を拱いているわけではありません。そのほどをご留意していただきたくお願い致します」



 これは忠告というよりも警告に近いかもしれない。あまり時間をかけずに成果を出せ、俺にはそう催促しているように思った。



「その一派というのに霜見さんも入っているのでは?」



 踏み込みすぎかと思ったが、ついつい聞いてしまった。こいつは第一秘書として一番新塚に近い人間であると見ていいだろう。俺の見た限り、職務上では常に新塚の側に控えているようだし、そのような感情を持っていてもおかしくは無い。



「そうですね。その通りだと思います。私にとって新塚社長の存在は特別であり続けて欲しいと願っております」

「……何はともあれ、俺は自分の職務を全うするだけです。では、これで」



 スワッ、愛の告白かと思ったが、霜見の瞳に映るのはそんな純情なものには見えなかった。もっとオドロオドロしい悪寒のする何かが垣間見えた気がした。俺は急に気味が悪くなり、逃げるように新技術研究部へ戻った。


 新塚との会話で湧き出てきたやる気は、青白い悪寒に塗りつぶされて、結局、錬金術の自動化の画期的な発想は浮かんでこなかった。

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