急:ミストより愛を込めて

 意識を取り戻したのは、突如として走った、耐え難いほどの激痛のせいだった――痛覚調整が一時的にダウンしていたのが、幸いしたのかもしれない。

「グォァァアァァアアアァァァアアァッ!!」

 とにかく喜代志は、反射的に起動した機械義手サイバネティクスで、自身に群がる『喰人鬼グール』共を文字通り八つ裂きにした。体内の生命維持装置ライフセーバーによって過剰分泌されたアドレナリンに任せて、周囲の未登録の人型生命アンノウン・ヒューマノイドを仕留め終えると。

「――――ッ」

 彼はようやく事態を把握した。

 やはり予測は正しかったのだ――敵は手練だった。しかも何かしらの特異能力スペシャリティを秘匿していた。“人喰いイーター”を手玉に取るような、非常に強力な。

 痛覚調整が再始動したことを感じながら、自身の状態を確認する。

 『喰人鬼グール』に食い散らかされた肉体の損傷は酷かった。右頬の辺りがごっそりと食い破られ、頭蓋も半分近く露出している。四肢や胴体も、表皮や皮下脂肪が大きく損傷していた。だが、内骨格の損傷は軽微だった。頚椎を中心とした神経系統のダメージは甚大だが、予備系統のおかげで戦闘不能にまでは至らない。

 他の二人は完全に行動不能ノックダウンだった。

 ヤン・ミーは頚椎を砕かれて即死している。ドミンゴ・ホベールは、運良くまだ息があるようだった。重装甲型はやはり耐久度が高い。

 更に、辺りに散らばるに目を向ける。

(……ジェフ。木下。アーミル。ウサイン。アブドゥル。キム。ピエール――)

 そのほとんどが、知った顔だった。

 危険種管理部ハザード・マネジメント所属の機械化部隊。

 他に行き場のない傷痍軍人達が集う吹き溜まり。これより先には彼岸しか無い、最後の戦場ヴァルハラ。人外達との絶望的な戦いで消耗しきり、まともな人間性などろくに残っていない連中だった。

 だが、それでも。

 喜代志はつかの間、残っている左の瞼を閉じた。彼らがそれぞれ信じていた神に向かって、祈りを捧げる。

 そして、目を開く。

 路面にはバギーのタイヤ痕がくっきりと残っていた。ヤンの推測通り、連中はハイウェイ跡に向かっている。かつて『喰人鬼グール』の拡大を防ぐために爆破解体された高架道路は、一部の密輸業者などの手で、粗雑な補強がされているという報告があった。

 駆動系の状況を確認。平均速度とバギーの速度、そして彼我の距離差を推計。限定解除アンリミテッドを行った場合の予測と比較。

 喜代志はすぐに決断した。現在、指揮権限者は行動不能の為、彼に指揮権は移っている。

 物理安全装置を解除。声紋認証によって電子ロックを解除。

 駆動系の稼働率を上昇――七十パーセントから九十パーセントへ。

 腹の底から湧き上がる熱と振動――全身の機械義体サイバネティクスが放熱板を展開。

 溢れる熱波が、周囲の霧をも退けていく。

 視界で揺らめく計器表示を確認。

(――数値安定。限定解除アンリミテッド、完了)

 残量が少なくなったカートリッジを廃棄。新たに装填。遊底を規定位置に。

 全ての作業を終えて。

 彼は走り出した――こんな風に必死になるのは、何年ぶりだろうか。



「デルタ・チャーリー・シックス、指揮官が行動不能ノックダウン。保護対象は追従者を引き連れ、バギーで逃走。福丘喜代志隊員が限定解除アンリミテッドし、保護対象を追跡中――」

「馬鹿な! クソッ、信じられない、愚かな、度し難い馬鹿共――“ザ・フォッグ”に飲まれたか!?」

 デスクを派手に殴りつけ、フォルカーは口角から泡を飛ばしていた。禿頭が恐ろしい程赤く染まって、どこかの血管が破れないかと心配になる。

「それは限定解除アンリミテッドの件ですか? それとも、“誘拐犯キッドナッパー”の方?」

「貴重な検体サンプルの扱い方を知らない無知無能な連中全てだ――全人類の希望となりうる存在なのだぞ!?」

 耳朶を劈くわめき声。

 しかしエレノアは、耳を傾けるのはもちろん、耳を塞ぐことすら忘れていた。

(冗談でしょ?)

 意味もなく笑い出したい気持ちで、現場から送られてきた記録映像をもう一度確認する。

 電磁パルスの影響でほとんどが識別不能なほどノイズまみれになっているが――数フレームだけ、虫食い状態の画像が確認できた。

 東洋系の少女。端正な顔立ち。右の眉尻に傷。

 そして少女を抱えた男が一人――長過ぎる黒髪を後ろに引っ詰め、顔の半分は髭に覆われている。ほとんど浮浪者と言ってもいいような容貌だったが、その目だけは変わっていなかった。

 ハイスクールに通っていた、あの頃から。

(ほとんど黒に近い――でも、横から光が差すと、少しだけ青く見える)

 ジョシュ。ジョシュア・ヤワタリ。

 余りにも突然、場違いな記憶がいくつもフラッシュバックして、彼女はつかの間、息をすることさえ忘れていた。

(なんで。どうして、あなたがここに?)

 全く訳が分からなかった。

 検体サンプルを保護するのは“蒼ざめた騎手ペイルライダー”のエージェントではなかったのか? まさか彼が? そんなはずはない。あの少女エージェントが他人の手を必要とするとは思えない。ではどうして彼が。

 第三勢力――フォルカーの妄言だと思っていたが。

(軍を辞めたって、聞いたけど)

 まさかゴミ漁りスカベンジャー紛いの誘拐犯に堕するとは。

 いや。彼女のせいではない。確かに軍の仕事を散々こき下ろしはしたが、だからといって別れた後の転職までは責任を持てない――

「いいか貴様ら! 検体サンプルを傷付けるんじゃない、絶対、絶対にだ! もしに何かあれば、貴様ら全員“適合者アクセプター”の実地試験場送りだからなッ!」

 怒声。はっとする。

(まずい)

 この際、彼がどうして検体サンプルを奪ったのかはどうでもいい。

 問題は状況だ。機械化部隊マシンナーズ・ユニット国際テロリストペイルライダーが、を狙っているのだ。

 いくら彼が特殊部隊タスクフォースにいたとはいえ――機密任務と偽って遊び歩いていただけかもしれないが――、子連れで切り抜けられる訳がない。

(どうする? どうすればいい?)

 まずは彼に連絡を――した所でどうなる?

(――ねえミスタ・ヤワタリ、今、自分の尻に火が点いてるのは知ってる? そう、良かった。相変わらずキャンプファイヤーの上に張った縄で踊るみたいな暮らししてるのね。ハイスクールの時と何も変わらない。いい加減、子供じみた度胸試しはやめなさいよ、もっとまともで安全な、一年間で三回も骨にヒビが入ったりしない仕事に就こうとは思わないの――)

 エレノアは額に手を当てて、何とかその感情を追い出した。

 とにかくやめさせなければ。

 今すぐバギーを止めて、少女を求める者達が現れたら、どちらでもいいから差し出すのだ。武器さえ捨てれば、すぐに殺されたりはしないだろう。身柄は拘束されるかもしれないが、彼女ならそれ程酷い事にはならないよう取り計らえる。

 それぐらいはしてあげてもいい――今はもう過ちだと分かっているが、それでも一度はお互いを運命の相手だと思ったのだ。

 目の前で死なれるのは、どうにも気分が悪い。

 そうして自らを納得させると、彼女は白衣の内ポケットから携帯端末を取り出した。



「ねえ。そろそろ変わってよ、オッサン」

「そろそろじゃねえよ。黙って見てろ」

 言いながら、彼はまたハンドルを切った。正面衝突の上、派手に燃え上がったのであろうガソリン車の残骸を躱しながら。

「つまんない! わたしもやりたい!」

 助手席で喚く少女を、ちらりと見やる。

「遊園地のゴーカートじゃねえんだぞ。見ただろ、連中を。そんなにホルマリン漬けになりたいか?」

「あんなの大したことないよ。“ペス”に比べたら、全然ショボいし」

 ジョシュアは何度目かの溜め息を吐いた。

 今度は崩れ落ちたビルの外壁を避ける。軍用バギーの大口径タイヤは、多少の瓦礫ならものともしないが。

(ま、どいつがホンモノの化け物なのか、って話だよな)

 考えても仕方のない話ではあった。

 望んで人間を捨てたサイボーグ、生まれつき特異能力スペシャリティを具えた超人、人より強く賢い怪物――そして、その怪物を意のままに操る十五歳の少女。

 ダッシュボードに埋め込まれたコンソールに目を向ける。EMP電磁パルスグレネードの影響で使用不能になっているが、車内の何処かに非常用無線機が残っているはずだった。アンテナさえ組み立てれば、“運転手ドライバー”への連絡ぐらいは出来るだろう。

「陛下、そこの蓋開けて。銀色のケースあるか?」

「あー……これ? 食べ物?」

「通信機だよ。説明書読んで組み立てて、適当に周波数合わせてくれ。出来たら、残りの桃缶食っていいから」

 言った途端、アンジェラは目を輝かせて、

「ホントに!? ちょっと待ってて!」

 そう言えば文字は読めるのだろうか、と不意に疑問が浮かぶが、彼女がアルミケースに入っていた七ヶ国語の防水マニュアルシートを一つずつ読み上げ始めた辺りで、ジョシュアは運転に意識を戻した。

 恐らく、残りの探索者が追跡を始めているだろう。しかし電磁パルスの影響下に無かった部隊はそれなりに距離が開いていたはずで、こちらを捉えるにはまだ時間がかかる。

 無線機の電波を囮に使えば、もう少し距離が稼げる。だが、その後は、どちらの走行テクニックが優れているか、という小手先の話になってきてしまう。

 他に敵を撹乱する手立てがないか、思案をしながら――

「――シュア……ジョシュ――ヤワタリ」

「ん?」

 はっとして、彼は助手席を見た。

「今の、何だ?」

「分かんない。適当にダイヤル回しただけ」

 組み立て終わった無線機をいじりまわしながら、アンジェラはあっけらかんとしている。

「待て待て、戻せ、さっきの出せ」

「えー? どこだっけ? この辺?」

 ノイズが強まり、弱まり、また強まり――

「――ジョシュア・ヤワタリ。聞こえたら返事をして。早く」

「うわっ、ちょ、何してんのオッサン! 真っ直ぐ走って!!」

 彼は反射的にハンドルを切って、予定より大きな弧を描きながら、蓋のないマンホールを回避した――

 それから、自分が酷く動揺していることに気付いた。

 無線機のマイクを左手で掴み、送信スイッチを親指で押し込む。

「ハロー、こちらチバ・シティ・スペース・パイレーツ・レディオ! 今日もクソポリ共のファッキンシットパトロールをかいくぐって、ホットでクールでファッキンスマートなミュージックをお届けするぜ! チェキラ!」

 言うだけ言って、彼はマイクを放り捨てた。アンジェラが慌ててキャッチする。

「今のが面白いと思ってるなら今すぐ自分の頭を撃ち抜いて。でなければ、武器を捨てて機械化部隊に投降して。殺されはしないから。それと、あと二分以内に女の子が一人そっちに現れるから。彼女と機械化部隊がやりあってる間に、子供を置いて逃げて」

 無線機のスピーカーから、今度ははっきりと聞こえた。

 相変わらず聞く耳を持たない――誰よりも賢く、鈍感で、底意地が悪く、根性が捻じくれ曲がっているのに、やたらと潔癖な。

 ジョシュアはサイドとバックのミラーに目を走らせた。接近する影はない。

 少女の手からマイクをむしり取り、息を吸い込むと。

「久々のお喋りだってのに、もうちょっと気の利いたこと言えないのか? 『私が間違ってたわダーリン、今からでもやりなおせない?』とか」

「次にフザケたこと言ったら即射殺命令出すわよ。地獄の底で死にたいなら一人で丸くなって干からびて。あなたの尻拭いはもうゴメンだって言ったわよね!!」

 スピーカーが震えるほどの大音声。

 左耳に突っ込んだ小指を引き抜きながら、彼は頭を振った。

「思い出したよ、たった今。お前はいつでも正しかった」

「あなたがおかしいのよ。私は普通」

「ああ。ああ、そうだな、お前が正しい」

 相変わらずの切れ味に、懐かしささえ覚える――

「オッサン、ねえオッサン。誰と話してるの? 知り合い?」

「この声、捕獲対象クイーンね? あなた、すぐに車を降りて。あなたさえ素直に言うことを聞いてくれれば、こんな馬鹿げた状況は全部片が付くの」

 ジョシュアは息を吐いた。いや増す徒労感を振り払って。

「あー。元カノだよ。分かるか? 前の彼女」

「ちょっとジョシュ、余計なこと言わないで」

「へー。オッサンにも彼女とかいたんだ。そんなヒゲ生えてんのに」

 不思議そうに、アンジェラが呟く。

「いいから急いで、もうすぐ高機動型が追いつくわ」

「言っとくが陛下、俺が髭剃ったらヤバいぞ。ブラッドリー・クーパーもひれ伏すからな」

「ブラッド――誰?」

 言いながら、無線機から――エレノアがもたらした情報を、検討する。

「俳優よ。知らないの? 旧世紀ビフォア・ブレイズのスターで、躁うつ病患者の役でアカデミー賞にもノミネートされてる」

「だそうだ。俺は花婿をほったらかしにして遊び回る奴しか見てない」

「どうでもいいけど、あなた全然似てないわよ、ブラッドには」

 顎のあたりが奴に似て色っぽいとか言ってたのは、誰だったか。

 ジョシュアは胸中だけで毒づく。

「ムービーの話? わたし、ムービーってアニメーションしか見たことないよ。お母様が好きなの、男の人同士が恋愛するお話」

 盛り上がるアンジェラの話を聞き流しつつ。

 どうやら“霧の街ザ・ミスト”に潜んでいるのは、サイボーグソルジャーだけではないらしい。彼ら以外に、この少女の価値を知り、それを利用しようと考えるものとは――

 不意に、光が瞬いた。

 霧の粒子に乱反射する、ほんの刹那の閃き。

 ジョシュアは反射的に身体をシートへ沈めた。アンジェラの頭を押し込みながら。

「――何が、殺しはしない、だ」

 耳に届いたのは、微かな風切り音だけ。

 バギーのフロントガラスが、ずれた。

 石を踏んだ車体の揺れで、ぐらりとこちらに倒れてくる。

「下向けッ!!」

 叫びながら、彼自身も顔を伏せた。断面から砕け散った防弾ガラスの雨が、狭い座席内に降り注ぐ。

 破片を振り払うのも煩わしかった――アンジェラの肩を掴んで、無理矢理運転席へと引きずり込む。

「ちょ、わ、なに、オッサンなに!? これ、ガラス!」

「いいか、ここに座れ。ベルトをしてハンドルを握って、アクセルを踏め。俺がいいって言うまで、アクセルを踏み続けろ。邪魔なものは避けろ。いいな?」

 目を白黒させる彼女に、ジョシュアはとにかく言って聴かせた。

「なんかあったろ、アニメで。車走らせるやつ」

「観た! 喋る三角形のクルマに男の子達が乗ってた!」

 目を輝かせ始めたアンジェラに、頷きかける。

「それだ。そのイメージで行け」

「攻撃されたのね? 誰?」

 座席の下に転げ落ちた無線機から、微かに聞こえる声。

「お前の猟犬だ。首が飛ぶ所だった。ちゃんとしつけといてくれよ、頼むから」

「そんな――直接攻撃の許可は出してないのに!」

 ヘッドレストの辺りで見事な断面を見せる運転席の脇に身体をねじ込み、荷台まで這って出る。元サイボーグ部隊の動く死体リビングデッドから奪った龍泉寺重工百四式イチマルヨンの無事を確認し、弾倉マガジンを叩き込む。スライドを引いてセレクターを三点バーストにずらす頃には、もう襲撃者の正体には気付いていた。

(さっきの奴――喰われなかったのか、クソ)

 高機動履帯スピードローラーのモーター特有の、耳に障る高周波。

 高機動サイボーグ。

 “喰人鬼グール”共の食い残し。

 しかも武装は、液体金属リキッドメタルを超高圧で打ち出すアブレシブジェットカッター。その気になれば戦車も丸ごと輪切りに出来る代物である。銃弾による制圧が難しい“人喰いイーター”や“E抗体レジスター”を相手取るために造られた、正真正銘の

 車ごと輪切りにしなかったのは、アンジェラを生かしたまま捕らえる為か。

(『喰人鬼グール』にはサイボーグの武装は扱えない。少なくとも相手はまだ人間だ。しかも面倒なことに――ブチ切れてる。警告なしに民間人を殺そうとする程度には)

 近づいてくる高周波を聴きながら、ジョシュアは荷台で仰向けになった。

 またしても霧の下。あの黒く淀んだ空はどこにも見えない。

 それどころか、エレノアの面影も。

(……仕方ない。とにかく、生き残るか)

 彼は胸中で、一つだけ呟くと。

 バギーの荷台に、文字通り飛び込んで来た影目掛けて銃爪を弾いた。



 跳躍と同時に繰り出した機械義手サイバネティクスが、銃弾の直撃で弾かれる――照準を失った液体金属リキッドメタルが、あらぬ方向へと飛び散った。

 更に頭部を狙ってくる銃撃を、その銃身を掴み逸らすことで、かろうじて回避する。

 バギーの荷台に潜んでいたのは、男だった。無人偵察機ドローンで捉えた通り、浮浪者じみた外見だが、こうして見ると意外に若い――三十を超えているかどうか。

 喜代志は運転席の捕獲対象ターゲットに視線を送ろうとして、本能がそれを拒んだのを感じた。

 理性を上回る強烈な衝動――生存本能とでも言うべきか。

「ひっどい顔してるな、お前。本当に、まだ人間なのか?」

 吐き捨てるように言った男。只者でないとは思っていた。

 だが、それ以上に。

 彼はその顔に、見覚えがあった。

「……あなたは。“不死身の男ダイ・ハード”か」

 統合軍特殊作戦群UASFG――共と戦う為に組織された、史上最も過剰な戦力を有する軍隊。その中でも、飛び抜けた練度の一団。天賦の才に溢れた“E抗体レジスター”を更に限界まで鍛え上げた部隊にあって、その渾名は一種の皮肉だった。

 何の特異能力スペシャリティも持たない人間が、この地獄で生き延びれるはずがない――

退役リタイアかよ。つまらないこと憶えてやがる」

 ジョシュア・ヤワタリ少佐。

 特殊作戦群SFGチーム・シックス、“死に損ないアンデッド”を率いた伝説の無能力者オーディナリィ

「三年前、第七艦隊で北方にいた時、あなたを見たことがある」

「それからずっとファンでした、か? よせよ、照れるだろ」

 喜代志は軽口を無視して、

「どうやってを操った? あなたはずっと“力”を隠していたのか」

「もう少し考えてみろよ。なんでお前と俺が、こんなゴミ溜めにいるんだ?」

 ジョシュアは、皮肉げに頬を歪めた。

「……そうか。未確認の特異能力スペシャリティ捕獲対象ターゲット――我々は、と戦わされていた、という訳か」

「まさかホンモノだとは思わなかったけどな。こんなバケモノの尻尾を追いかけさせられて、お前らもご苦労なこった」

 今更、怒りも湧いてこなかった。

 機械化部隊マシンナーズ・ユニットはそもそも、そういう存在だ――はみ出し者達が集う、使い捨ての実験部隊。研究者達の玩具に過ぎない。

「……嗤うな。彼らの死を弄ぶ権利は、あなたには無い」

 だが。そのプライドを傷つけたものだけは、捨て置けない。

 彼は手刀の形を作った右手を、相手に向けた。

「鹿島福丘流、福丘喜代志。推して参る」

「仇討ちか、サムライ。義理堅い奴だな」

 ジョシュアは毒づく。

 喜代志はただ、彼の隙を探る。

「……あのな。俺は付き合わないぞ」

 言いながら、ジョシュアもこちらの呼吸を探っている。迂闊に義手を振りほどこうとすれば、一瞬で首を落とされることを理解している。

 その上で、どうやって喜代志を殺すか、算段を立てている。

 武人として、相手にとって不足はない。

「……ジョシュア・ヤワタリ。今は、そこのちんちくりんに忠誠を誓った騎士だよ。これで満足か?」

 うんざりした、と言わんばかりの彼に向けて。

「いざ、尋常に」

 喜代志は右手首の噴射口から、超高圧の液体金属リキッドメタルを放った。同時に、左手で掴んでいた突撃銃アサルトライフルを、力任せに奪い取る。

 だが、ジョシュアは彼の行動を読み切っていたようだった。穴が空いたのは、バギーの荷台だけで――不意に、視界が回転する。

 脚に脚を絡められたのだと気付いた時には、スタビライザーの限界角度を超えていた。かろうじて右手を突き、側転の要領で体勢を立て直す。

 その僅かな間隙に、ジョシュアもまた立ち上がっている。右手には自動拳銃二十六式ドラグーン、左手には逆手持ちの単分子振動ナイフ。機械化兵の『喰人鬼グール』から奪ったものだろう。

 無造作な三点射を義手で弾きながら、喜代志は再び液体金属リキッドメタルで「突き」を放った。これ以上車両を傷付けない為の、苦肉の策。

 当然のようにジョシュアは回避しつつ、こちらの懐へと滑りこんで来た。

(――速い)

 左腕に内蔵してあった単分子振動ブレードで、手首を狙ってきたナイフを弾く。

 飛び散る火花。振動刃同士の接触が引き起こす、独特の高音。

 喜代志は「突き」で反撃に出る――だがそれよりも僅かに速い、ジョシュアの銃撃。身を捻れば狙いが逸れる。更に突き出されるナイフ。腕のブレードで抑え込み、今度こそ「突き」を撃ち込む――寸前で内側から肘を弾かれる。

め――これでだと?)

 彼は思わず唸った。

 反射速度、筋力、武装――いずれを取っても、生身フレッシュが機械化兵に勝る点など一つもない。まして、“先天性抗体ネイティヴ”ですらないジョシュアが、一体何故喜代志と打ち合えるのか。

 人工筋肉の出力に任せて、無理矢理狙いを定める。しかし腕をあげようとする力はそのまま利用され、またしても逸らされる。柔術か、あるいは中国拳法の技術か。

(想定はしていた。だが、やってのけるとは思わなかった)

 足を止めての白兵戦インファイト。高機動型サイボーグが最も苦手とする状況。

 出力に任せて走行中のバギーを破壊してはならない――こちらの目的を察した上での。

 だが、それにしても。

(技術? 経験? そんなもので、これが可能なのか――)

 左手のナイフはまるで別の生き物のように繰り出されてくる。抑えようとすれば逃げられ、撃とうすれば逸らされる。

 人工筋肉の強さも速さも、意味を成さない。

 まるでナイフファイティングの実演訓練のように、手玉に取られていく。

(――南無三ッ)

 喜代志は決意と共に――単分子振動ナイフの刃を、左の義手に受けた。展性チタン装甲が火花と共に切り裂かれる。痛覚系統が警告を発信。

 だが、それを無視して自らの腕を捻り、ジョシュアの手からナイフを奪う。

「チッ――」

 ジョシュアの重心が、初めて崩れた。

 その好機を、逃がす訳にはいかなかった。

 右の機械義手サイバネティクスで、ジョシュアの顔面を捉える。彼は咄嗟に、その手首を極めようとしてくるが。

 液体金属の発射には、コンマ二秒もかからない――

「あ、ヤバッ」



 それは、待ち望んでいた瞬間だった。

 唯一という訳ではない。あと二、三個は方法を考えていた。ただ、実現の可能性が一番高そうなのが、それだったというだけで。

「わ、や、あ――」

 大きめの瓦礫を踏んだバギーが、派手に跳ね上がった。

「ちょわあああああぁぁッ」

 その瞬間に。

 ジョシュアは機械義手サイバネティクスから、額を逃す――ほんの刹那、遅れて放たれた超高圧液体金属に、こめかみを抉られながら。

 全く同時に、掴んでいた機械義手サイバネティクス

 その時。

 顔面を死体どもに食い荒らされ、筋肉と頭骨の残骸を露出させた男の顔に、果たしてどんな表情が浮かんでいたのか。

 読み取れるはずもなく。

 ジョシュアは衝撃で宙に浮いた身体を、全力で背後へと投げ打った。

 そうしながら、右手の拳銃を構える――宙を舞う、液体金属リキッドメタルのカートリッジに向けて。

 瞼のない男――福丘喜代志の眼球は、鼻先に過ぎった金属筒を捉えていただろう。

 だが、自身の右腕にまで、視線が届いただろうか。

 いつの間にか安全装置セイフティがかけられていた、機械義手サイバネティクスに。

「悪いな、サムライ」

 ジョシュアが放った銃弾は、超高圧で液体金属リキッドメタルが封入されたカートリッジ――言わば極小の対人爆弾クレイモアを撃ち抜いた。

 破裂音は酷く地味だった。

 子供の頃に納屋で作った黒色火薬の方が、よっぽど耳に残っていたぐらいに。

 だが、その一瞬で、喜代志の肩から上は消し飛んでいた。

 そのことを確認した次の瞬間には、自分自身も吹き飛ぶのではないかと思った。

 着地の衝撃。

 上も下もない痛みの嵐と、鼻の奥から込み上げてくるきな臭い感触を、何とか堪えて。

 彼は、ようやく立ち上がった。二本の脚がかろうじて機能することに感謝する。疾走する車両から荒れ果てたアスファルトに飛び込んだのだ。機械化兵から奪ったアーマー類を着込んでいなければ、まず助からなかっただろう。

 派手なスキール音に振り向くと、街路の先でバギーがつんのめりながら停止したのが見える。

(停めるなっつったろ、馬鹿)

 とはいえ、ありがたいことには変わりなく。

 ジョシュアは悲鳴を上げる身体を引きずるようにして、車を目指そうとする――

「――見つけた」

 耳元に闇を浮かべるような、少女の声。

 彼と車の間に立つ人影。

 いつからそこにいたのか、彼には全く分からなかった。

 銀色の髪をした、アフリカ系の女だった。艶のない炭素繊維のボディスーツ。

 瞬きの間に突如現れた、としか思えない。恐らくは、正真正銘の瞬間移動能力者テレポーター――そうでないなら、脳の損傷が引き起こした幻覚か。

 どちらかと言えば前者であれと願いながら、ジョシュアは口を開く。

「あんたが、ドクター・エレノアのお友達か」

「これは警告。立ち去れ、早く。でないとオマエも殺すことになる」

 グローブに包まれた少女の手には、何の武器も握られていなかったが。

 本当に瞬間移動テレポートが使えるなら、素手のままでも相手を殺す手段は百を超えるだろう。

「あのお人好しを抱き込んだってことは、“蒼ざめた騎手ペイルライダー”だろ? 争いのない世界、あいつの好きそうなテーマだ」

「分かっているなら、早く。

 彼女がすっと手を差し出すと。

 全く不意に――本当に、何かの間違いではないかと思うほど唐突に、死体が現れた。大柄なラテン系の重装型サイボーグ。

 眩いほどの断面を見せる、六分割。どうやら先程のEMP電磁パルスで仕留められなかったのは、一人ではなかったらしい。

(……まったく、どうしてこう、次から次へと)

 ジョシュアは思わず天を仰ぎそうになった。

 いよいよ年貢の納め時という奴だろうか。思えば三十年、ろくでもないことばかりだった。生き抜くつもりでなければ、いつでも死にかねない日々。

 だが、中でもこれは格別の危険だった。指先一つで戦闘サイボーグを解体する怪物。

 それでも何とか気を取り直して、弾丸を全てを抜いてから拳銃を放り捨てる。

「あー、待てって。俺だって死にたくない。でもこれは、一応仕事でね。あのガキをある所まで届けなきゃならない」

 少女の細い眉が、一度ほど傾ぐ。

(あれが五度傾いたら、ゲームオーバーだな)

 出来るだけ平静を装って、彼は続けた。

「いいか、お嬢さん。あんたも仕事だ、それは知ってる。あのガキを“裏切者ザ・ベトレイヤー”がご所望なんだろ? 上官の命令は絶対だからな、俺も軍隊ではそう教わった。それが退屈になって辞めたんだが」

 音も無く。

 捨てた拳銃が、周囲のアスファルトごと消滅した。ぽっかりと空いた真球形の空間。

「早くして」

「落ち着けって。多分あんたはガキを連れ戻ったら、質問されるんだ。『そのお喋りな髭面男は、誰から“女王クイーン”のネタを聞いたんだ?』ってな」

 少女の頬が、僅かに動く。

(あれが三センチ持ち上がったら、ゲームクリアか)

 ジョシュアは頬を伝う汗を無視して。

「あんたの力があれば、いつだってガキは取り戻せる。でも、異種知性体研究所エウレカの他に、を欲しがっている誰かがいるなら――“蒼ざめた騎手ペイルライダー”はそれを知りたいんじゃないのか?」

 言った。

 果たしてどこまで通じるかは、分からなかったけれど。

 少女の瞳は黒く深い。縁取る睫毛まで白銀なのだから、それが地毛なのだろう。

 まるで周囲を移さない眼差しが、俄に細められる。

「依頼人を売るつもり?」

「よしてくれ、人聞きの悪い。誰かが後をつけてきたとしても、俺は気付かないかもしれない、って話だよ」

 その様を、ジョシュアは黙って見届けた。それ以外に出来ることは無かった。

「……名前は?」

「ジョシュア・ヤワタリ。イーストサイドで“運び屋クーリエ”の看板を出してる」

 少女が腰のマガジンポーチから携帯端末を取り出す。鎖だの髑髏だの、妙にごてごてとした装飾がされていた。

 電子的なシャッター音。

「オマエの行動は我々が監視している。その意味を理解しろ」

 静かに言い捨てると、その姿が消えた。死体や拳銃と同じく。

 彼女の影があった辺りを、しばらく眺めて――ジョシュアは深く溜め息を吐いた。

運び屋クーリエは廃業だな)

 元より、大して愛着があったわけでもないが。いざその時になると、妙な感慨が湧くのは何故だろう。始めるには理由が無くとも、辞めるには理由が必要になる――そう言って引き際を見失ったアレックス・キリシマ中尉は、あっけなく死んでしまった。

 それでも、無いよりはましなのだ。

 命も、仕事も。

 だから彼は生き延びてきた。不死身だなんだと、誰もが囃し立てるけれど。

 不意に、かつての部下達の顔を思い出して、彼は一人で笑った。



「はい、三、二、一、ドン。フルハウス」

「え、嘘ですよね? マジですか社長。あり得ないですよそれ、うそ、嘘でしょお!?」

 真田明日羽はにっこり笑ってカードを捨てると、ダッシュボードにプールしてあった賭け金を掴んだ。

「いやー、悪いねえユキちゃん。これで今回の特別手当は没収でーす」

 それを恨めしそうに見つめているのは、運転席で震える青年――浅野幸人。黒縁の装着型スクリーンデバイスの向こうで、眼に涙を溜めながら。

「いやホントマジ勘弁して下さいよ、この案件の為に単位二つ落としたんですよ? シャレにならないですって、ホントに」

「まあまあ、よく言うだろ? 『求めるならばまず与えよ』。これからもバイトに励んでくれれば、社長、お給料弾んじゃうかもしれないよ?」

「今まさにギャラ下げられてるんですけど……」

 明日羽はドアポケットのケースからロリポップを一本引き抜いた。

 カルボナーラ味――当たり。包み紙を捨てて、咥える。

「ふむ。そろそろ時間かな?」

「時間? 何のです?」

「あのな。君はここに何しに来たんだよ。カーセックス? それとも観光? あ、もしかして廃墟マニアの方?」

 舌の上で飴を転がしながら、バックミラーに映る景色を確認する。

 かつてハイウェイだった場所。一面にひびが走り、崩れ落ちた路面からは鉄芯が覗く。それさえも錆びて腐りかけたそこは、ドライブどころか散歩にも向かない廃墟そのものだった。

 遠く見えるのは永遠の曇天、そして無数の鋼板が形作る地獄の淵だけ。

 不意に。高架道路の残骸と鉄壁が丁度交わる所に、小さな光が走った。

「ほら来た。ユキちゃん、ボサッとしない! 準備準備」

 明日羽は幸人の肩を突くと、伸びっぱなしの黒髪を項で括った。ついでにバックミラーで前髪を整える。

 それから、彼女はおもむろに、ロリポップの隣に差し込んでおいた対戦車ロケット弾を掴んだ。後部座席から砲身を取り出しつつ、ルーフドアを開く。

 屋根に這い出して大砲を構える頃には、も大分近づきつつあった。

「うわ。ちょっとちょっと、何やってんの少佐」

 スコープ越しに見えるのは、ジョシュア・ヤワタリ元少佐と、輸送対象らしき少女が乗る軍用軽車両。そしてその後ろに群がる、同型車両とサイボーグ達。

「え、何ですかあれ社長――鉄砲、てかサイボーグ? 軍隊? 軍隊ですよね!? ちょ、ヤバいじゃないすか!! てか話違わないですか? 今度こそ危険とか全然無い仕事だって、ドライバーやるだけのボロい仕事だって!!」

「いやあ、私もそう聞いてたんだけどね。ま、この業界じゃよくあることさ。社会勉強ってことで、一つ飲み込んでくれよ、学生スチューデント君」

 ジョシュアの車両に最も近い一台――車載の大型機関銃の暖気を終えた所だ――に狙いを定めて、銃爪を絞る。

「――サギだ――まされた――ッ!」

 幸人の叫び声を、ロケットの噴射音がかき消した。

 安定翼を開きながら推進する対戦車弾は、狙い通りエンジンルームを貫いた。

 火炎、そして爆音。

 後続車両の何台かが、巻き込まれまいとハンドルを切る。更に後続が追突を避けようとスピンを始めた。

 充分な成果。

「おーい、少佐ーッ! こっちですよー!!」

 大きく手を振ってアピール――機関銃の何挺かがこちらを向いたのに気付いて、素早く車内に引っ込む。

「帰ります、僕帰りますからね! そんで辞める! 今度こそ、絶対辞める!」

 車両後部の咒式強化装甲に叩き付けられる、銃弾の嵐にも負けない悲鳴。青年は半狂乱でエンジンを始動させ、ギアを入れようとする。

「まあ待てまあ待て、話し合おう。イズミが使った歯ブラシでどうだ」

 言いながら、彼女は後部座席の∨七○軽機関銃ヴィーヴル――その他の武装と同じく、統合軍払い下げの品――を引っ張りだした。弾帯をねじ込みながら、銃身をルーフから押し出す。

「もう持ってます!!」

 力いっぱい叫びながら、青年はアクセルを踏み込んだ。

 オフロード防弾仕様タイヤが、獣のような唸りをあげる。

「マジか。んじゃ靴下でどうよ。この前の遠征で三日ぐらい履いてたヤツ」

 銃身に内蔵されたカメラの映像を手元のモニターで確認しながら、銃弾をばら撒く。

「えっ――いや! いやいや!! そんなんじゃ僕の決意は! 覆りませんよ!」

「今回は結構硬いね。どうするかなー」

 火線の隙間を縫うように蛇行するジョシュア少佐のバギー。フロントガラスが半分無くなっている上、どうやら銃弾を浴びたらしくそこかしこに穴が空いている。最早、自走しているのが奇跡に近い。

 彼我の距離がモニターの隅に表示された。こちらが加速するにつれて、どんどん距離は広がっていく。廃車寸前のバギーでは、払い下げとは言え重装甲六輪車こちらには追いつけないか。

「分かった。私も女だ。ストッキング出すから、五秒だけブレーキ踏んでくれ」

「あー、もうっ! 三秒! だけですよっ!」

 凄まじい慣性を、青年は巧みにハンドルで捌いてみせた――朽ちたアスファルトに丸く焼きつけられる、黒いブレーキ痕。

 機関銃を停止させながら、明日羽は叫んだ。

「少佐ーッ! なんとか頑張ってー!!」

 果たして器用なのか不器用なのか、幸人は見事に車両を止めてみせた――押し寄せるサイボーグ部隊に横っ腹を見せる形で。

 彼女はすかさずダッシュボードに飛び付き、殴りつけるようにタッチパネルを操作した。気密が解除され、後部ハッチが開く――飛来した銃弾のいくつかが、サイドミラーを吹き飛ばし、助手席周りの防弾防咒ガラスを軒並み白くひび割れさせた。

 ヴィーヴルのカメラから、壊れかけのバギーがフレームアウトする。凄まじい斉射がもたらすマズルフラッシュが、液晶越しでも牙を剥く――

 後部座席の更に後ろ、貨物スペースから重い音。

 ウォーターバッグを投げ込んだような。

「出せ、ユキちゃん!」

「言われなくてもっ!」

 明日羽はハッチを閉ざす。

 幸人はアクセルを踏み込む。

 追跡者達は銃爪を弾く。

 三つのことが同時に行われた。ただ、敵の銃撃だけが一息遅れた。

「ああ、クソ、これ絶対折れてる、アバラ……ッ」

「こっちだって、肘が――もうオッサン、離せって、早くっ!」

 少女が喚き、鈍い音。くぐもった男の悲鳴。

 後部座席に詰め込んだ武器類を掻き分けて、明日羽は貨物スペースに首を突っ込んだ。

「相変わらずの“死に損ない《ダイ・ハード》”っぷりですね、少佐」

 鼻面を殴られたらしく、髭面を真っ赤にしながら、ジョシュアはもがいていた。

「……お前こそ、首がまだ繋がってるようで何よりだ、“首なし《デュラハン》”」

 懐かしい呼び方。彼女は思わず笑みを深めた。

「全然回らないんですけどね、借金だらけなもんで。さ、こちらへどうぞ、ゲスト様」

 ジョシュアの腕の中から這い出したアジア系の少女に、手を差し伸べる。

 ヘイゼルナッツ・アイズは、不思議そうにこちらを眺めていた。しばしの間を置いて、少女がきりっとした顔を作る。

「よいだろう。私の手を取る栄誉を許すぞ、女」

「お前、それまだやるのかよ」

 呆れ顔のジョシュアを、少女がもう一度肘で小突いた。

「はは――なるほど。お目にかかれて光栄です、陛下。狭苦しい車ですが、しばしの辛抱です。どうぞお寛ぎください」

 ひびの入った肋骨を打たれて悶える男を尻目に。

 明日羽は少女を後部座席まで引っ張り出した。

「社長社長、遊んでる場合じゃないですよ社長! マズいですって! 向こう本気ですよ! VTOL来てますから!」

「オーケー、ユキちゃん、ここからが君の仕事だ。。私は全力で連中の目を眩ます」

 モニターには、確かに漆黒の反重力式垂直離着陸機GCVTOLが映っていた。異種知性体の捕獲を主目的に換装された機体には、特殊ネット弾が搭載されている。本来の目的は“人喰いイーター”の生け捕りだが、概ね死骸の保護や回収にしか使われていない。

 明日羽は助手席に座り直すと、目を閉じた。いつも通り、膝の上で手を組み合わせながら、貨物スペースのジョシュアに声をかける。

「少佐、安心してください。この子はまだまだヒヨッコニュービーですけど、やる時はやりますから」

「だろうな、アスハ。お前のチームはいつもクソしぶとかった。手はず通り、チバ・シティまで頼む。まずは除染・・だ」

 耳に馴染んだ声。共に地獄を生き延びた男。

 この世の終わりをも切り抜ける、伝説の生還者サバイバー

了解コピー上官殿サー

 彼女はそう答えて、“力”を編み上げるための深層集中コンセントレーションに入った。

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灰燼都市のストラグル 最上へきさ @straysheep7

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