エピローグ いつか魔法がとけるまで

 すっかり夜になっていた。

 女の子の一人歩きはよろしくないってことで、俺はユイさんの、朽木は中ノ島の家まで、一緒に付き添って帰るという話になった。

 中ノ島なんてむしろ朽木の危機を救いそうな姿に見えないこともないが、まぁそれでも、女の子は女の子ということだ。というか、割と積極的に、朽木と中ノ島が「一緒に帰ろう」という流れになってたようにも見えた。

 ……あいつら、もしかしていい雰囲気なんだろうか?

 それとも、俺とユイさんをふたりっきりにしてやろうぜ作戦か何かか?

 どちらもなのかも知れない。

 まぁ……どちらでもいいけど。


    ☆


 街灯が地面を青白く照らしている。

 風が、心地よい。

 俺とユイさんは、わざとゆっくり、帰り道を歩いてた。

 家に辿り着くのが勿体ないような気分になっていたんだと思う。

 ユイさんは、俺の服の裾を、ずっと強く握っていた。

「レイジくん」

 小さな声で、ユイさんが話しかけてくる。

「何?」

「あの時。協会のひとに、色々訊いたよね」

「ああ……うん」

「私がいつか魔法を使えなくなること。そしたらこの街から引っ越さなきゃいけないってことも」

「……ああ」

「今日は、レイジくんのお陰で、魔法の力を取り戻す事ができたけど。でも、これって永遠に続くもんじゃないでしょ。いつまた私が不安定になるかわからないし、どうしてもいつか大人になっちゃう。そうなったら、私――」

「電話番号」

 俺は言った。

「え? 電話?」

「ああ。俺のケータイの番号を覚えておいて。決して忘れないように」

 照れくさいので、目はあわせないままで。

「そしたらさ。いつかもし、ユイさんが魔法使えなくなるような時が来てしまって、引越しさせられて、離れ離れにさせられたとしても。その番号に電話くれさえすれば、俺、必ずユイさんのところに駆けつけるから。ユイさんを見つけるからさ。約束するよ」

「レイジくん……」

「俺、ユイさんのことが大好きだから。魔法とか関係なく、必ず行く。見つける」

「……」

「あ、でも。ユイさんが魔法使いであるうちに、調べられることは色々あると思う。魔法が使えなくならないようにはどうすればいいか、魔力を失ったら引っ越さなきゃいけない制度を変えることが出来ないか……。そもそも魔法って何なのか。魔法特区って何なのか。そうだ、朽木にも相談してみるといいかも知れない、あいつは情報通だから」

「……うん」

 それに、ユイさんの本来持っている、強大な潜在能力って奴が目覚めた時、何が起こるのかもわからない。……そうも思ったけれど、今は口には出さなかった。

 それを気にするのは、俺たちにはまだ早いような気がして。

「まぁ、とりあえずまだしばらく、ユイさんは魔法使いでいられるんだからさ。俺と仕事したり、遊んだり、色々と楽しい思い出作ろうよ。そうやって、いろんな思い出があればあるほど、きっと――」

 ユイさんとのプリクラが入った、胸のポケットに手をやる。

「魔法の力は、俺たちの味方してくれるんじゃないかなって、思うよ」

 俺がそう言うと、ユイさんは少しはにかんだ顔でうつむいて、

「私もだよ」

 と、言った。

「ああ。魔法なんて、きっと――」

「魔法のこともそうだけど。そうじゃなくて」

 くるっと身を翻して、俺の正面に向かい合わせに立つ。

「私も大好きだよ、レイジくんのこと」

「え? 私『も』?」

「うん。いま、言ってくれたじゃない。私のこと、大好きだって」

「えっ」

 そうだっけ?

「本当に?」

「本当に」

 うわぁ……。

 自分がものすごく赤面してるのがわかる。

 告白していることを自分で意識してなかったとか、あまりにも馬鹿すぎる……。

「ごめん……なんかすごいナチュラルに言っちゃってたみたいで……」

「ううん、ありがとう」

 ユイさんは、にっこり笑った。

「そんな風にナチュラルに好意持ってもらえるのも、なんだか嬉しい」

 そう言って、俺に右手を差し出す。

「これからもよろしくね」

「あ、うん。こちらこそ」

 俺も右手を差し出そうとして――少し考えて。

 左手を出した。

「あれ、レイジくんって左利きだっけ?」

「いや、そうじゃないけどさ」

 左手で、ユイさんの右手を掴んで、そのまま彼女の横に並ぶ。

「これだと、握手したまま歩ける」

「……こーいうの、握手じゃなくて『手をつなぐ』って言うんじゃない?」

「そうとも言うかな、じゃ、それで」

「レイジくん、照れてるの?」

「そういうユイさんも、ほっぺた赤い」

「だって寒いじゃない」

「寒くないよ、手つないでるから」

「……うん、そうだね」

 息は白いけれど、てのひらが暖かい。


 空には星が瞬いていて、俺たちふたりを静かに照らしている。

 いつまでこんな日々が続くのかはわからない。

 いつか離れ離れになっちゃったりするのかもしれない。俺たちが直面している『魔法』ってものが、どの程度強大な障害なのかは、まだ正直実感がない。

 でも。

 せいぜい本気で足掻いてやるさ。多分、勝率がゼロってわけじゃない。

 そして、それでも。

 どうしても、俺たち子供が、世間の仕組みって奴に太刀打ちできなかったとしたところで……ユイさんとつないだこの手のぬくもりや、今まで一緒に居た記憶、そんな何もかもを失うわけじゃないのだから。

 きっと大丈夫だ。

 ふたりが出会ったこと自体が、すでに魔法だったんだ。

 だから――。


 俺はユイさんと一緒に、手をつないで歩く。

 いつか魔法がとけるまで。


(おしまい)

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魔法の上手な信じかた くまみ(冬眠中) @kumami

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