決闘
神殿での出来事の後、リアを連れて一度城に戻った俺達は、さきほどエリスさんと戦った城の庭に戻っていた。
そしてなぜか、俺が魔法を使ってみるはずだったのに、エルとリアが魔法で決闘をすることになっていた。
「エル、なんで決闘なんてしなくちゃいけないの?」
「ユーリがその子と浮気したからでしょ!」
エルが、眠たそうな表情で俺に抱き突いているリアを指差しながら、眉を吊り上げて言う。
浮気って言われても、俺も突然の事だったからなにがなんだかわからなかったんだけど。
「あれは、契約に必要な事だったみたいだし、俺も突然の事でどうしようもなかったんだよ。今からでも決闘なんてやめようよ」
「この決闘は女としてやらなければならないことなのよ! ていうか、あんたもいい加減ユーリに抱き付くのをやめなさいよ!」
エルが憤慨しながらそう言うと、リアが俺から離れてエルと向かい合う。
「おまえはすこしうるさい・・・・・・です」
「なんですって! あんたが急に出てきて、私のユーリに勝手にキスをしたんでしょ!!」
リアの言葉に明らかに怒りを増したエルが、今にもリアに飛びかからんとしていた。
これ以上話していると大変なことになりそうだったので、お互い怪我はさせないことを約束させて二人から離れてエリスさんの隣に立つ。
エリスさんは「面白いことになったわね」と笑っていた。
俺はというと、二人が怪我をしないか心配で仕方なかったが、止めても止まらなさそうだったので黙って様子を見ることにした。
俺とエリスさんが二人の姿を見据えていると、庭の中央に立つ二人が少し距離を取った。
「ユーリにちょっかいをかけたこと、後悔させてあげるわ」
「ユーリはわたしのやどぬしさま・・・・・・です。おまえになにかいわれるすじあいはない・・・・・・です」
「そろそろ始めるわよ、決闘開始!」
二人がなにかを言い合った後、エリスさんの掛け声で決闘が始まった。
まず先に動いたのはエルだ。
手を前にかざし、エリスさんの炎の塊を消した時と同じような水の塊を複数作り出し、リアに向けてそれを飛ばした。
物凄い早さでリアに向って飛んでいく水の塊が、リアに当たる一メートルほど手前でなにかに阻まれたように動きを止めはじけて消える。
「エリスさん、今なにが起きたかわかりました?」
「もちろんよ、やっぱり大精霊はすごいわね」
なにが起きたかわからない俺とは違い、エリスさんにはなにが起きたかわかっているようだ。
それにしてもエルは怪我をさせないって約束覚えているのだろうか・・・・・・さっきのはあきらかに当たってたら怪我をするんじゃないだろうか。
そんなことを考えていると、今度はリアが魔法を使う。
リアの綺麗な緑色の髪が、少しだけフワっと持ち上がった後、エルの足元に突然小さな竜巻のようなものが生まれ、エルの体が浮き上がる。
足場を失い空中でもがくエルが、突然なにかにぶつかられたように後ろにはじけ飛んだ。
地面にぶつかる直前なんとか体勢を立て直し着地したエルが、お腹を押さえてしゃがみこんでいた。
俺は動けないエルを見て、慌てて勝負を中断させようとしたが、エリスさんに止められてしまった。
「なんで止めるんですか!? エルが怪我をしたかもしれないのに」
「あの子は私の娘よ? そんなにやわじゃないわ。それに、今止めたらエルに怒られちゃうわよ?」
楽しそうに二人を見ているエリスさんを見て、心配しながらも、俺も二人を黙って見ていることにした。
お腹を押さえてしゃがみ込んでいたエルが立ち上がる。
立ち上がったエルは、嬉しそうに笑っていた。
「さすがに、大精霊ってだけはあるわね」
エルが笑顔を浮かべながら両手を前に突き出す。
「次の魔法が効かなかったら、今の私じゃあんたに勝てない。素直に負けを認めるわ」
そう言いながらリアを見つめていたエルの目の前に、体が炎でできたばかでかい火の鳥が現れる。
その火の鳥を見て、今まで表情を変えることもなかったリアが、目を見開きあきらかに警戒した表情になる。
そして、エルが一度目を閉じなにかを呟くと、火の鳥が一声あげてリアに向って飛んでいく。
火の鳥はさきほどの水の塊と同様に、リアに当たる一メートルほど手前でなにかに阻まれて動きを止めたのだが、先ほどの水の塊とは違い消えることなく見えないなにかとせめぎ合うようにして羽ばたいていた。
完全に防がれているように見えた火の鳥だったが、リアの表情が険しくなるにつれ、少しずつ前に進んでいく。
このままいけばリアに攻撃が届くと思われたが、意外にもあっさりと決着がついた。
少しずつだが前に進んでくる火の鳥に対して、リアが片手を前に突き出すと火の鳥の動きが完全に止まってしまう。
そして、リアが目を瞑ると同時に、火の鳥はゆっくりとその姿を消してしまったのだ。
決闘が終わると、エルはその場に座り込み、リアはドヤ顔で佇んでいた。
「エル! リア! 怪我はない?」
俺がそう尋ねると、エルはゆっくりと手を上げてリアはドヤ顔のままこちらに歩いて来た。
とりあえずお互いに怪我はなかったようなので、安堵しながら俺もその場に座り込む。
「さすがに、あのばかでかい火の鳥が出てきた時はどうなるかとひやひやしましたよ」
「私の娘だもの、あれくらい出来て当然よ」
緊張から解放されて疲れた表情の俺とは違い、エリスさんは嬉そうにエルを見ていた。
魔法が好きなのもあるだろうけど、やっぱりこの人は娘の事も大好きなんだろうな。
エルを見つめるエリスさんの嬉しそうな表情を見て、少し羨ましいと思ってしまう。
そんなことを思いながらも座り込んでいるエルが心配なので、深呼吸をしてから立ち上がりエルの元へと向った。
「エル、大丈夫?」
「大丈夫よ、少し疲れただけだから。それにしてもやっぱり大精霊はすごいのね」
俺がエルの顔を覗き込みながら尋ねると、エルが力なく笑いながらそう言った。
そして次の瞬間エルはその場で、糸の切れた人形のようにパタリと倒れてしまった。
「エル! エル! しっかりして」
やっぱりどこか怪我を? 早く病院に連れて行かないと。
でも、この世界に病院なんてあるのか? 医者か? 医者ぐらいいるよな。
突然のことで俺が慌てていると、エリスさんがゆっくりと傍に来てエルの頬を撫でながら顔を見て優しくく微笑んでいた。
「エリスさん! エルが! 病院に連れて行かないと!」
「大丈夫よ、ただの魔力の使いすぎ。それにしても、気絶するまで魔力を使うなんて、よっぽどユーリとリアちゃんの契約に腹が立ったのね」
くすくすと笑うエリスさんだったが、俺はなんだか恥ずかしくなってしまう。
エルについては、エリスさんがゆっくり休ませれば大丈夫と言うので、エルを抱き上げ休める部屋まで連れて行く事にした。
エリスさんは、あとの事はまかせたわよと言って庭を出て行く。
その姿を見て、こういう所は適当だなぁと思いながら、エルを抱きかかえリアと一緒に庭を出ていつもの部屋へと向うのだった。
勇者の息子が異世界に転移したそうです 黒麦 @kuromugi-kuro
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