中編
佐田くんは、ロマンチストだそうです。
佐田くんは、ロマンチックな恋に憧れているそうです。
佐田くんは、ロマンチックな告白をしたいそうです。
佐田くんは、佐田くんは、佐田くんは、
佐田くんは、納得の行く恋を、したいそうです。
◆
ぐるり、ゆゆゆぇえららるれにゅあぎゃああらえれあヴぉなぢじゅぶなおぼじぇづふンぼふぁなおんぶあえなんばふぁげぼえうのあぼぼじゃえれんばうじぇたんなえんば――
まるで大海原を――荒れる大海を、一隻のボートで渡っているかのような感覚。揺れ、呑まれ、沈み、潰れ、壊れ、浮き、そして。
お腹が痛い。手足が痛い。頭が痛い。全身が痛い。
早く覚めろ。悪い夢だ。覚めろ、覚めろ、覚めろ。
覚めた。
「――――ッ!!」
目を極限まで見開き、己がどこにいるのかを確認するのは一人の少女だ。黒目をキョロキョロとさせ、周囲にあの男がいないことを確認する。それを確認したら、今度は息苦しくなってきた。
酸素、酸素はどこにある。ここは宇宙か? 呼吸が、ままならない。
「か、カハッ」
目も閉じることができず、段々と乾いて行く。視界がぼやけ、そこが勝手知ったる我が家の、自分の部屋であることすらも忘れて――あ。
(ここ、アタシの部屋だ)
それをようやく、はっきりと、寝覚めの頭で理解する。何も怯える必要はない、身構える必要もない、全身の緊張を解け。……呼吸を、しろ。
体は自由に動く、瞼も下ろせる。だが乾きすぎたようで、ゆっくり下ろさなければひりひりとして痛い。
……
「ぇ、ごぼ、ぉおおおおおお!」
飛び行く意識の中で、なぜか鮮明に思い出されるその時の記憶。そのあまりの惨さに、己が死んでゆく様に、胃液が逆流してしまう。上体を起こし、どうにか気管に詰まるのを阻止したが、布団は吐瀉物で汚れてしまった。
(なんで、なんなのこの……景色、光景)
夢なのだろうか。それにしては鮮明で、痛みも感じた……ような、記憶もある。だが現実にあんなことが起こったわけがない。なぜならば、加藤は今、生きているのだから。
――まるで、俯瞰しているかのようだった。自らが死んで行く様を、他人事のように見せられているような夢。
しかも、加藤を殺していたのがユウスケだと言うのだから酷い。彼がそんなことをするわけがないと首を振る。その際、口元から溢れた涎がぴゅっと飛んだ。
「あだじだけじゃ……」
喉にまだ胃液が絡んでいるのだろうか。上手く声が出ない。喉も痛い。声に出すのは諦め、考えることに集中する。
(佐田くんに蹴られてたのはアタシだけじゃない。三浦と、メイ。あの二人も、目の前で蹴られて、吹っ飛んだんだ)
確か、ユウスケは「人の恋路を邪魔すると馬に蹴られる」などと言っていた。つまり、三浦と加藤が蹴られたのは、彼の恋路の邪魔をしたから。……そこまでは納得したとしよう。
だが、佐宮メイは?
ユウスケは確か、メイに惚れていたはずだ。その恋路を邪魔したという加藤らが蹴られるのはわかる。だが、彼女まで蹴り飛ばしているのはおかしいではないか。
(って、なに夢を真面目に考察してんだアタシゃ。あーもう、この吐いたやつどうにかしなきゃ)
夢のことなど後でいい。妙に生生しい感覚はあれど、痛みも鮮明に思い出せど、加藤は死んでいない。
(そうだ、笑い話として三浦にでも話してやろう。メイと佐田くんは……気分悪くするかもだし、うん、やっぱり三浦だわ)
◆
「――全然、笑えないな」
三浦は登校一番、既に教室にいた加藤に声をかけると、突然妙な話を切り出された。加藤が見たという、夢の話だ。だいたいを聞いての一言が、今のものである。
「あー……やっぱり? 夢だとしても、ちょっと気分の良いものじゃないかなーとは思ったんだけどね?」
「オレが言っているのはそういう話じゃない。……佐田くんはまだ来ていないか。場所を移そう。少し話しておきたいことがある」
それはここでは駄目なのか、という視線を無視。その手を取り、教室を出た。やってきたのは物理実験室。ここならば人気もなく、内緒話を聞かれる心配もない。
「……で、何さ、話って」
「その夢、オレも今朝見た」
「は?」
加藤の目は、どういうことかを問うていた。しかし問いたいのはこちらの方だ。
(なぜ加藤にまで、
「同じ夢を見たってどういうこと? 似てたってこと? それとも運命感じちゃうって話? 悪いけど、アタシあんたのことはそこまでタイプじゃ――」
「うるせえよ傷付くぞ。……そうじゃない、そもそもが夢じゃないんだよ。夢だったらどれだけいいか……このままだと、また佐宮は死ぬ」
「――――」
これまで、五回ほど〝不思議な夢〟を見て得た結論。
最初はおかしいなって思っただけだ。今の加藤のように、妙にリアルな夢を見たと――目の前で佐宮が殺されて、それを見ていた三浦も殺される、そんな夢だと。
二回目。その夢を見た三日後のことだった。何か嫌な予感がして、二人きりになった佐田とメイと物陰から見ていた。良い雰囲気だったと思う。そして恐らく、佐田がメイに告白したのだ。そのタイミングで……メイのケータイが鳴った。
――台無しだぁボケが。
メイの右手ごとケータイを握り潰し、耳を千切り、舌を引っこ抜かれた。「これで電話なんてもん必要なくなったなぁあ?」とか言いながら、ユウスケは笑っていた。そしてふと、思い立ったかのように無表情になり、
――はいはい、さよーなら。
次もまた、夢を見た。夢だと思った。思いたかった。あんなのが現実であるなんて、そんなこと受け入れたくなかった。
生きているメイを見れば、その不安も解消される。事実、教室で彼女の姿を確認した時、死ぬほど安心した。
「死んだよ、今度はオレだ」
安心するままに、生きているという心地を味わいたいがために、三浦はメイに話しかけ続けた。そこにいるのだと実感するために、佐田がメイに話しかける隙もないままに。
「その時、奴は言った」
「……なんて?」
――テメェがフラグ上書きしちゃ意味ないでしょぉ~!
笑いながら胸を抉られた。「そんなに仲がいいなら、」メイの顔がその傷口に押し付けられ、ザラリとした感触が胸のうち――心臓に伝わった。「はいぶっちゅぅ」「んん、んんんんんんん!!」きっとメイは泣いていた。苦しかったはずだ。だが三浦はもっとだ。メイが呼吸しようと口や鼻を動かしたり、足掻く度に傷が広がって行く。どこでかは知らないが、いつの間にか意識は途絶えていた。
また夢だと――いいや、もう、夢だとは思えなかった。
メイの姿を確認し、されど脳裏に過ぎる痛みの記憶。笑うユウスケは薄気味悪く思え、三浦は彼らから距離を置いた。
それでも、やはり気になる。またも物陰からストーカー紛いの行為をしつつ、様子を覗っていると、今度はメイの方から告白した。
「佐宮は殺された」
――俺の、思い描いた、通りの、告白じゃなきゃ、展開じゃなきゃ、シチュエーションじゃなきゃ、なのに、なんで、わざわざ、その手順を、省くんだ、お前は、この、クソ女が、死ね、死ね死ね、死ね死ね死ね、死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね。
佐宮メイという少女は、散々踏み潰され、まるで挽き肉のようになって息絶えていた。その言動から、三浦はユウスケに対し一つの理解を得る。
(ああ、この男は――極度の
暗転、ここから先は、加藤も知る展開となる。
「……つまり、その。何度も繰り返してるってこと?」
「加藤にしては鋭いな。オレなんてそれに気付くまで三、四回かかったのに」
「アンタに話聞いたからでしょうが。……そのループを引き起こしてるのは誰? やっぱり佐田くんなの?」
「それはどうだろう。わからない。けど、可能性は高いだろうなぁ……」
どんな経緯かは知らないが、ユウスケはメイに恋をした。恐らく彼好みのロマンチックな出会い……一目惚れだろうか。それから距離を詰め、己が納得するシチュエーション、憧れた告白をしようと画策するのだ。そして、それが上手く行かないと、
「癇癪起こして、コンティニュー」
にわかには信じ難い話だが、そう考えるしかない。佐田ユウスケはもはや、一般人とは見なせない。
「……どうする? 加藤まで前回の記憶を引き継いだって言うなら、佐田くんの本性に気がついている人間が二人になったってことになる。一人じゃできなかったことも、二人なら可能性がグッと上がるんだが」
「何をするつもり?」
不安そうに問うてくる加藤に、三浦は少しだけ意地の悪そうな顔をして、
「――殺すんだよ。漫画みたいでおもしれえだろ?」
◆
「ねえ、本当に準備はこれだけで良いの!?」
「大丈夫だ、たぶん!」
用意したのはありったけの鉄パイプ。学校敷地内、鉄くず廃棄場にあるのを、三浦は三度ほど前の世界で確認していた。
「工業系の学校だぞ、人殺すには十分なくらい、いろんなものが揃っているんだ」
「って言ってもさあ……佐田くんって、そもそも
「……わかってる」
大丈夫だ、十分だ、などと言ったが、三浦だってこれで殺せるなど、信じきるのも無理がある。おそらく、十中八九失敗するだろう。
けれど、
「ただの学生だぞ。できることも考えられることも限られてる」
――ならば、見過ごせばいいのではないか。
わざわざ危険なユウスケに関わることはない。彼とメイからは距離を置き、我関せずを貫けばいい。これまで三浦が殺されてきたのは、たまたまその場にいたからではないのか。
ならば、ならば、ならば。
「……冷静に考えれば、そうだよな。そもそも鉄パイプ集めて何するって言うんだよ。どこか高いところから落とすのか? ヤンキーみたく振り回すのか? ただあったからって持ってきて、これでどうやってアイツを殺せる?」
「……三浦」
どうやら、三浦は酔っていたらしい。この状況に、展開に。これまで見てきた世界で、三浦は何度か死んだはずだ。なのに体がある。
(たぶん、オレが死んだとしても。……佐田くんが納得するまで世界は繰り返すから、オレは生き返る。どういうわけか、記憶を引き継いだまま。だから多少無茶したって大丈夫だって、考えているのか)
右手を握り、開く。
鉄パイプを運んだ際にこびり付いた鉄の臭いが、記憶にある己の血を連想させる。死ぬという事は、またあの痛みを経験するということ。
「そもそもだ、オレが死んでも、佐田くんが納得する恋を経験してしまったら、オレは死んだまま、この世界が続いて行くだけだ」
「……じゃあやめる?」
「うん、やめ――」
ぴたり、と止まり。
(オレが彼らに関わらず、それでも佐田くんが、納得しない展開が続いたらどうなる? 前回、前々回はそうだった。オレはほとんど何もしていなかったじゃないか。佐宮から告白して、そして佐田くんがキレて、)
三浦たちは、記憶を引き継いだまま、延々と世界を繰り返す。
(繰り返すって何度だ? 何回だ?)
こういったループもののお約束だ。ループしすぎて、段々とすれて、人間性が消えて行く。そんな未来が――怖くはないか?
それを回避するために、ユウスケを殺すなんていう、非現実的方法を取らずに済む最適解。それは、
「あ、そうか」
不意に加藤が、考え込んでいた三浦の思考を遮った。
名案が浮かんだとでも言わんばかりに、随分と明るい顔で、
「手伝っちゃえばいいんじゃないの、佐田くんの恋。ちょっとおっかないけど、要は思い通りの恋がしたいってだけなんでしょ? どうせあの二人に関わらないなんて難しいんだし、その方がさ」
現実的じゃん?
「――――」
ああ、きっと、それが最適解。
佐田くんが望むシチュエーションに至れるように、三浦と加藤でサポートする。そうすれば誰も不幸にならず、誰も傷付かず、ハッピーエンドだ。
「――ああ、そうだな」
でも、
「――オレは、」
鉄パイプを一本、手にとって、
「アイツの恋を、
◆
三浦くんは、逃げるのが得意だそうです。
三浦くんは、現実からも目を背けます。
三浦くんは、いろんな理由をでっちあげ、
三浦くんは、結局のところ、
三浦くんは、ただ彼を、殺したいだけなのです。
とあるロマンチスト 三ノ月 @Romanc_e_ier
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。とあるロマンチストの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます