とあるロマンチスト
三ノ月
前編
曰く、彼は
恋愛に憧れる――思春期の男女ならば、不思議なことではない。だが彼は、憧れすぎた。それも、漫画のような、創作の中の恋愛にだ。
好きになる相手、仲良くなるまでの過程、告白するシチュエーション。どれも彼には譲れない信念があったという。
「――見つけた」
その青年が見つけた相手。名を
何度も何度も、何度も何度も。
「――はじめまして。俺、
何度も、何度も。
◆
「ねえ、メイさ、最近、佐田くんと仲良いよね」
教室の戸を開ける直前、中から無遠慮で大きな声が聞こえてきた。三秒ほど固まり、扉にかけていた手を下ろす。趣味が良いとは言えないが、好奇心に負けてしまった。
「え、えぇ……そんなことはないかと。ううん、仲が悪いってわけでもなく」
「ああ、ごめん。ちょっと直球過ぎた。意地悪だったね」
きっと、メイは恥ずかしがり屋なのだ。それを知っているメイの友人は、すぐさまフォローを入れる。友人まで理想的な存在とは、ますます惚れこんでしまいそうだ。
「そうやって何もかもわかってますよって風吹かされると、妙にイラっとする」
メイの拗ねるような声が聞こえてくる。ああ、拗ねる声だろうと可愛さを損なわない辺り、完璧だ。彼女は理想のヒロインになれる。
「まあまあ許してって。アタシ、恋バナ大好きだから。……で、実際のところ、佐田くんはどうなの」
「どうっていうか……うん、まあ、悪くはない、よね。……ああ、今のすごく上からっぽい」
きっと今、メイは顔を赤くして俯いていることだろう。そのような情景が、容易に目に浮かぶ。
さて、そろそろ頃合だろうか。扉に手をかけ、中へ入ろうとする。
「――でも、佐田くんはやめておいた方がいい」
ぴたり。またしても、戸に手をかけた状態で止まった。今のはメイの声ではない、また別の者の声だ。それも男。
「ちょっと、
「そんなわけないだろう。
「え、メイ、嫌だった!?」
「う、ううん? でも、ちょっと、教室でそういう話をするのはやめてほしいかな……」
教室の中には、この三人だけでなく他にも生徒がいるはずだ。そこで加藤のように大きな声で恋バナを始める。なるほど、される方はたまったものではない。
「っていうか、佐田はやめておいた方がいいってどういうこと? 顔悪くないし、性格もそう。欠点がないわけではないけど、完璧超人なんていないし……なにか気になることでも?」
「それはオレからは言えないけど――あ、」
「あ、」
がらがらという音とともに開かれた扉の奥から姿を現した、佐田ユウスケ。今しがた話題に上がったばかりの生徒である。
「おはよう、佐宮さん、加藤さん、三浦くん」
佐田が挨拶すると、メイと加藤は固まるが、三浦は気さくに挨拶を返した。
「やあ、おはよう佐田くん。今日は前からなんだ、めずらしいな」
その目は鋭く光っている。問うている。
聞いていたのか、と。
「ああ、少し職員室に用があって。ほら、職員室から戻るなら、こっちの方が近いでしょう?」
「――――。……うん、それもそうだ。さて、そろそろHRも始まるだろうし、席に着こうか」
そう言って、三浦は自分の席へと戻って行く。そんな彼に聞こえるかどうかもわからないくらいに小さく、佐田はため息をついた。
「ふぅ……彼はやけに俺を目の敵にしてきますね。なにかしたかな」
「単純に男の僻みじゃないの。気にすることねーっすよ佐田くん。さ、アタシらも席に着きましょ」
「……佐宮さんはどう思いますか?」
「えっ? えぁ、あー、うん。……男の友情が、芽生え始めてる?」
「何言ってんのこの子」
――ユウスケの周囲は、基本的にこの三人で構成されている。男女各二人ずつの四人、それが〝いつものメンバー〟だ。バランスも取れていて、何より王道的なラブコメでもよく使われている男女の比率、人数。ユウスケが憧れた恋愛に、最も適している。
「ああ、そうだ。佐宮さん、今度の木曜日の夜は暇でしょうか」
「……ん、んん? えと、それはデー……ではなく?」
「見せたいものがあるんです」
ここ最近ずっと準備をしてきた。それが今度の木曜日、ようやくお披露目叶うのだ。
――タイミングは、ここしかない。
「一緒に、星を見に行きましょう」
◆
デート。言葉尻を濁したが、これは紛れもなくデートである。
「ああ、ああああどうしよう。どうしようどうしよう」
メイは一人、トイレの個室にこもり頭を抱えていた。
(危ない、声に出てた。でも仕方ないじゃない、仕方ないでしょ)
逸る気持ちを抑えきれない。だって、あの佐田ユウスケとデートなのだ。
(詳細は聞かされていない、何をするのかも聞いていない。え、っていうか夜? 何しに行くの? どこに行くの? ナニするの?)
もしかしたらメイは騙されているのではないだろうか。そんな不安もあれど、やはり何より喜ばしい。
(落ち着いて、私。落ち着いたら、そう。この個室を出るの。出て、教室に戻って、『一緒に帰ろう?』って言うの。それで、木曜日の詳細を聞いて……うん、うん)
トイレで深呼吸をするというのもなかなかではあるが、そんな状況のおかげである程度の理性を取り戻せた。これなら動揺も悟られまい。扉を開け、個室から出る。
落ち着けばやはり、気持ちも跳ねるというものだ。軽くスキップをしながら教室へと戻り、そこにユウスケの姿があることを確認する。
「あ、あの、佐田さん! ……くん。一緒に、帰りませんか!」
チラ、と。加藤の方を見れば、ニヤニヤと笑っていた。やはり全て――メイの気持ちは全て、悟られているのだろう。
メイは、ユウスケのことが好きだ。
「――――。はい、一緒に帰りましょうか」
そして、おそらくではあるが――乙女の希望的観測でなければ、ユウスケもまた、メイに恋している。
だから、そうだ。決めた。もう、迷わない。
告白しよう。
そして、恋人として、木曜日のデートに臨むのだ。だからそのための布石として、
「寄り道したいところがあるんだけど、いい?」
「ええ、もちろん。俺は構いません」
そうして二人は教室を出て行く。もう秋も深く、授業が終わって少ししか経っていないと言うのに、夕日は沈みかけていた――。
――メイとユウスケ、二人が出て行った教室にて、そんな夕日を眺めていた三浦が加藤に問うた。
「なあ、聞いてもいいか、加藤。今度の木曜日、めぼしいイベントとか……あったりするか?」
「は? なに? 覗きでもする気? そんな無粋な奴だっけアンタ」
「いいから」
(……まさかマジで覗くわけじゃないよね)
疑いつつも、加藤はケータイを取り出し検索し始める。この付近で、木曜日の夜にあるイベント――。
「うーん、なんも見つからん」
「……そう、か。ならいい。手間取らせて悪かった」
「へいへーい。……んぉ? あ、ごめんあった。この付近っていうか、結構広い範囲で」
画面に映る文字。ああ、なるほど。だから夜に。調べてみれば、天気も良好、見る分には何も問題はないはずだ。
「佐田くんも結構ロマンチストだねえ。ほれ」
「何の話だ……――流星、群!?」
突然大声を出され、加藤は身を跳ねらせる。そんな加藤からケータイを奪い取り、画面を凝視する三浦。加藤にはそれが、何かに取り憑かれているように見えた。
「ちょ、どうしたの急に」
「ああ、そういうことか。くそッ、最高のシチュエーションじゃないか……」
加藤のケータイを握り締め、歯が砕けるほどに歯軋りをする。
(まだだ、まだ時間はある。落ち着け……別に今日何かしようってわけじゃないんだ。……でももし、また
ああ、そうだ。
今、佐宮メイは、佐田ユウスケと 一緒 に下 校し て ?
◆
隣を佐宮メイが歩いている。ユウスケが一目で惚れた相手で、交通事故で死に掛けていたところを助けた相手でもある。
初の対面はその交通事故だ。それ以前から一方的に知ってはいたものの、その時初めて、ユウスケはメイに存在を認識された。
出会いは衝撃的で、運命的で、
それからは努力の積み重ねだ。近づきすぎず、離れすぎず。一センチ一センチ、静かに歩み寄った。
そして、今回のように大掛かりな準備までして――。
「なんだか、こうして歩いてると思い出しちゃうね」
「何を、でしょうか」
「事故で助けてもらって、掠り傷だって言うのに、心配した両親が私のことを休ませて、ようやく学校に復帰した日。佐田くん、最初距離取ってたでしょ。でも私が無理言って、こうして一緒に帰って……」
「ああ、そうでした。あの時はすみません、他人との距離の取り方、というものが少し、わからなくて」
「気にしてません! だって今は、ほら、〝助けた人〟と〝助けられた人〟じゃなくて、〝友達同士〟として、一緒に歩いてくれてる。……って何言ってんだろ私何言ってんだろ私」
メイは途端に顔を赤くし、自らの発言を振り返って手をわちゃわちゃと動かしている。そんな仕草もまた、メイであればこそ、可愛らしく思える。
そんなメイだからこそ、ユウスケもここまで入れ込めるのだ。
「〝友達同士〟……うん、俺と友達になってくれて、ありがとうございます」
「……あはは、恥ずかしいねこれ、なんだろ、あはは」
引きつった笑みをこぼすとともに、メイは立ち止まった。
夕日も半分以上が沈み、空は赤く、そして影は長い。
「……どうしました?」
「……木曜日のデー……ト、も、私たちは、〝友達同士〟で歩くのかな」
「――――。ええ、もちろん。俺たちが、友達でなくなるなんてことは、ありえな――」
「嫌だ」
ふと、メイの手が震えているのが見えた。恐がっている? それとも泣いている? 否、どちらでもない。これは、緊張から来る震えだ。
メイは今、何かを言おうとしている。
「私は、〝友達同士〟としてじゃなくて、〝恋人同士〟として、デートに行きたい」
「どういう意味で――」
「ねえ、佐田くん。――好きです、私と付き合っ
てぇ
ごぁ
あひぇ?
あ、
おきゅ」
飛んで行く。メイの体が、コンクリートの上を跳ねるように飛んで行く。
その際にチラと見えたのだが、前歯がほとんど折れていたように見えた。
そして、ユウスケの右手には血がついている。
「あぁ~~~~~~~~……おいおいマジかよ、はぁ~」
「あぐぇ……ひだ、ひだひだひあぁあああひひっひあえあああえあ」
ダメージは前歯だけに留まらない。
ユウスケが惚れたはずの顔も、無残なものだ。
「せっかく準備したってのにさぁ、今回は上手く行ったと思ったのにさぁ。ああいやでもでも、一緒に帰ろうって言って来た時はもしかしたらって思ったけどさぁぁぁぁ~~~~~~~~??」
飛んで行ったメイに近づきながら、ユウスケはぶつぶつと何事かを呟いている。
「ふ
ざッ
けん
な」
どぷん。倒れ付したメイの体に蹴りを入れると、そんな音がした。そして再度吹っ飛ぶメイ。
赤い空が、段々と黒く染まって行く。
「あいおなおいえじゃりゅえばなぶっぢぼろなえぇええええ」
「やり直してもまたキミに出会ったんだ。せっかく交通事故を演出したんだ。ようやく流れ星の日が来たんだ。全部全部、
吹っ飛んだ先で、メイは嘔吐していた。腹の中にあったものを全て、それこそ臓器ごと吐き出しそうな勢いだ。ユウスケが近づくと、その吐瀉物が靴にかかる。
「ああ、ロマンチックの欠片もねえよ」
振り上げた足を、振り下ろし、
「あ、」
その瞬間、間に邪魔が入るのが、ユウスケには見えた。
ぐちゅり。今度はそんな音が聞こえた。
「がッああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
どさりと、船の上に上げられた魚のように地面に落ちたのは一人の青年である。
なんともヒロイックな登場で、なんとも無様な結末である。
「邪魔してんじゃねぇええええよ三浦ァぁああ」
「がふっ、ごあ、っは」
「あはは、なあ、ねえ三浦くん。もしかしてさ、つけてきたの? 俺らを邪魔しに? 俺らの仲を引き裂きに? なんて悪趣味! 下劣、非道! マジストーカーキメェ」
ユウスケはメイから離れ、やはり吹っ飛んだ三浦へと近づいて行く。その視線が、少々、上に、向い、て、
「――――。なんだ、いたの、加藤さん」
「……なんだ、これ。おい、佐田くん?」
「やっ……逃、」
「みんなして無粋だねぇ~~~人の恋路をさ、邪魔する奴ってェ、馬に蹴られるんだってよぉ? 知ってた? あひ、あひひひ」
べきょり。もはや記すこともなし。
◆
「ああ、うん、つまんね、ツマンネつまんね。やめ、この世界おしまいさよならサンハーイ」
「――ああ、次こそは、」
「ロマンチックな恋を」
「ロマンチックな告白を」
「ひひ、ふぃひはは」
◆
「はヽ
じヽ
めヽ
まヽ
しヽ
てヽ
佐
宮
さ
ん」
続く.
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