第10話 梨本勝也

ゾンビが闊歩し、生きた人間は殆どいなくなってしまった東京の郊外に、血の付いた金属バットを持った1人の薄汚れた恰好の若い男が現れた。男は、交番の掲示板に貼られていた1枚の手配書を剥がして手に取った。


手配書には梨本勝也という名前と顔写真、そして罪状が書いてあった。男はその手配書を畳んでズボンのポケットに入れた。

「戻ってきた記念に貰ってやるとするか」


そう言ったこの男こそ、世間を騒がせた連続殺人犯の梨本勝也だった。5ヶ月ほど前に梨本はこの町で4件の殺人事件を起こし、指名手配されていた。彼は逃亡生活を続けていたが、この国の社会基盤が崩壊しつつあることを知って町に戻る決意をした。


この梨本という男は、ここに来るまでに金属バットや、ホームセンターから拝借した鉈で複数のゾンビを屠っていた。彼のような男にとって今は殺し放題の素晴らしい世界だった。


そんな男にも、死の運命は容赦なく襲い掛かった。梨本は、食料を略奪するために、既に荒れ果てた状態のスーパーマーケットに入った。とりあえず食えるものがあればいいと思っていた彼だが、しらみつぶしに探しても胃に入れられそうな物は殆ど残っていなかった。それどころか生前の生活習慣に従ったと思われる、かつては主婦だったのであろうゾンビが何人かいるだけであった。もちろん、梨本は全て殴り殺した。


拾えたのは奥に転がって誰にも取られなかったであろうひよこ豆の缶詰、踏まれたのか中身が半分近く飛び出したケチャップ、萎びた野菜くらいだった。

「これだけしかねえのかよ、クソッタレ。それでもスーパーかよ」


梨本は文句を垂れながらも缶詰を開けて、ひよこ豆を手で掬って食べ始めた。その時、奥の方で何かがぶつかるような物音がした。誰かがいるのかと訝しんで食べるのをやめた彼は床に置いていた金属バットを持って物音がした方へ向かった。


音のした方へ行くと、バックヤードに通じるスイングドアが微かに揺れていた。あの化物どもがいるのかと思った梨本は、金属バットを構えながらドアを蹴り開けた。


開いたドアの先の光景は梨本の想像以上の有様だった。元々はここの店員であったであろうゾンビが、とても1人では手に負えないくらい蠢いていた。しかも梨本がドアを蹴り開けた音に反応して、彼の方に歩みを進めようとしていた。


まずいと思って梨本は後ろに振り向いて、このスーパーマーケットから逃げようとした。彼は逃げられなかった。振り向いた梨本の目と鼻の先にゾンビがいたのだ。梨本は悔やんだ。先程のドアの揺れは、バックヤードからこちらにゾンビが入ってきたことだと気付かなかったことに。


梨本の腕が金属バットを振り上げようとする前に、ゾンビが彼の首の肉を噛み千切った。梨本は金属バットを床に落として、後ろによろめいた。彼の体はドアを押し開けながらバックヤードの方に倒れそうになった。既に扉の前にまで集まってきていたゾンビの集団が今にも倒れそうな梨本を飲み込んだ。


梨本は全身を食い散らかされ、ただ血肉を求めるだけの生ける屍ににすらなれなかった。これまでの彼の行為の報いだとしてもやりすぎに思えるほどに無残な状態の死体となってただそこに転がっている、それが凶悪な連続殺人犯の梨本勝也の末路だった。


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蠢く屍の中で 尾形ザッカロニ @shokatu_komei

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