第2話

朝。


女は日の昇るより前に起き、嘘のように冷静な頭で、部屋の掃除を始めた。


床や壁に飛び散った飛沫、窓枠についた自分の手形、

木製テーブルに大きく広がった染み。


それらをなんとか手早く綺麗にしてしまうと、

冷たくなった産科医の身体を運び出すために、準備をした。


不幸に見舞われた主人をこれ以上落胆させたくはないし、

悪魔絡みの事件など、他所に知れれば家名に傷がつく。


産科医は朝になると同時に出て行ったと言おう。

そこまで考えてから、女の思考は大きな問題に行き当たる。


昨日のアレはどうなったろうか。


地面に落ちて、それから?


女は、ソレについて考えるのを意図的に避けてきた。

窓枠を拭く時も、下は見ないようにしていた。

しかし、そのままにしておく訳にはいかない。


男の身体を、運びやすいように纏めると、女は恐る恐る勝手口から外へ出る。

外。 薄明の空は木々の枝を透かし、空気は清々しく澄み切って昨晩の凶事がまるで無かったことのように思えた。


推し車に男を乗せて、昨日の窓の下へ行くと其処に赤子の姿は無く、

只、地面に残る黒い染みだけが、記憶は確かだと告げていた。


呆然と佇む女の耳に、微かに、呻くような声が届いた。


脹脛に刺すような痛みを感じて、


女は、下を見た。


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黒い森の奥で君と @mitihisa

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