銀之助恋愛抒情詩集

津軽銀之助

ポラロイドに映る貴女に寄せる

 長い間、放っておいた自室の本棚には、白い埃が薄く膜を張っていた。私は、そこから本を一冊一冊引き抜いては、乾拭き用の布で丁寧に埃を拭っていた。掃除を進めるうちに、部屋の空気は埃で煙たくなり、本棚近くのスタンドライトの灯りが、傍をちらちらと漂う埃を輝かせていた。

 幾分掃除が済んだ頃、本棚の奥に、並んだ本に隠されていた一つの封筒を見つけた。見覚えのあるような、ないような。奇妙に思いながら、私はその封筒を開けて中を見てみた。中には、二枚のポラロイドの写真と、それに添えられた一枚の手紙があった。

 それまで予期していたものが、見事当たってしまったことに、私はすっかり狼狽してしまった。封筒に入れられていた二つの写真には、それぞれ同じ一人の女性が映っていた。

 一枚目の写真では、彼女がとある神社の拝殿の前で、こちらを向いて笑っている。彼女の髪は焦げ茶色で、肩まで降りると、そこで少し持ち上がって、空へ向かってふわりと曲がっている。

 もう一枚の写真では、横顔をこちらに向けて、彼女は細長く折り畳んだおみくじを両手で持っている。どうやらおみくじを結んでいるようである。この写真も、彼女は笑っている。

 この二枚の写真を眺めていたら、私は目頭の辺りが痒くなるのを感じた。手紙は、その時の自分の心情を赤裸々に書き綴っていた。私は何時になったら、彼女にこの封筒を届けられるのだろうか。何故、この手紙を書こうと思い立ったのだろうか。

そうだ、思い出した。私は彼女に感謝していたのだ。私に素晴らしい恋愛を与えてくれた彼女に。大切にしていたこの気持ちは、いつの間にか、昼も夜も、本の背表紙のさらに裏、本棚の奥深くに、社会から忘れ去られたように、閉じ込めたままにしていたのである。

気が付くと、私は乾拭き用の布で、顎まで伝った水を拭っていた。長い時間、忘れていた彼女の声が、写真から聞こえてくるようだ。

「ねえ、おみくじ引こうよ。」確か、彼女はこのようなことを言った筈だ。

 

手元にあるポラロイド写真がゆっくりと活動を始める。拝殿の前に立っていた彼女は、隣の社務所へと私を誘う。私はポラロイドを片手に持って、黙って彼女の後ろをついて行く。おみくじを引く前の、得も言われぬ緊張感なるものが、彼女の華奢な背中から見て取れた。そして、おみくじの筒を目の前にして、二人は横に並ぶ。

「中吉だった。そっちは?」

 私も中吉であった。私も中吉だということを伝えると、彼女は微笑んだ。私のおみくじを隣から覗き込む彼女の髪が、私の右頬を優しく撫でた。立春の冷えた風に靡いたその髪は、すっかり春の香りであった。

「ほかの運勢も一緒だね。仕事運も、学業も、恋愛運も。」

 そうだな、と私は答えた。私は隣でおみくじを読んでいる彼女の顔を伺う。前髪の分かれたところから、何かを言いたそうな、難しい表情をちらと覗かせたが、彼女は再び、あの柔らかな微笑みを見せた。

「私達も、一緒だといいね。」

 そうだな、と私は答えた。私は他に返す言葉を探していた。すると、彼女は私の手からおみくじを抜き取り、それを彼女のおみくじと重ね合わせると、細長く折り畳み、それを近くの結び処に結び付け始めた。私は無心でポラロイドを構える。パシャリ。

「これで私たちの縁も結ばれるよね。」

 私は無言で頷いた。

 

私の手中には、ポラロイドの写真が二枚。一枚はこちらを向いて、おみくじを引きたがっている。もう一枚は、もう一枚は、私の恋したあの女性。

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