第10話 歌の桜の舞う舞台

俺達は会場にたどり着いた。美咲さんは息を切らせず、僕の全力疾走に着いて来てくれた。僕は足が速くないけど、美咲さんは息も切らしていない。僕は叩きつける様にチケットをオーデションのスタッフに渡した。開園時間もとうに過ぎて終わりに近づいているのに、何をしに来たんだと言う怪訝そうな顔は無視して会場に入る。そこには防音も兼ねて分厚い扉あり、静かに開けるなど気遣いなどせず、僕は扉を開いた。僕は間に合ってくれと言う強い気持ちだけで行動をしている。たとえ間に合ったとしても何ができるとは思って無かった。あの時、嫉妬とショックで言えなかった言葉を言いたい。本当の気持ちだ。

気持ちは言葉にしなければ伝わらない。

ドアを開けた事に、ステージといきなりドアが開いた事により、振り返る何人かの人が見える。誕生に上がっているのは綾だった。司会者の行う質問にたどたどしく答えて行く。綾を見れた事にテンションは上がる。高いテンションのまま舞台に向かって通路を歩いて行った。美咲さんは着いて来てくれる。

曲名は分からないけど、音楽が流れだした。知っている曲だと思う。

だけど綾は歌いださない。いいや、きっと歌いだせないんだ。

綾のやりたい音楽じゃないから。綾がいつまでたっても歌いださないから会場がざわめき始める。

司会者も以上に気づいたようだった。

司会者は綾の側に行くと話し始めた。

「どうも綾さんは緊張されている様ですね。もう一度最初から歌いなおしましょう。公開オーデションではよくある事です。音楽を止めて」

だけど綾は歌えないじゃない。

歌いたくないんだ。

僕は気づいていたら叫んでいた。

「あやー!」

その声に気づいた数人のスタッフが僕の方に向かって来る。

「洋平君」

小さな声だけど確かにマイクを伝わって、僕の名前が伝わってくる。

美咲さんに服の袖を引かれる。

「洋平君はどうしたいのかな?」

「綾を支えたい。いや綾の側に行きたい。話がしたい」

想いは言葉にしないと伝わらないから。僕は綾に伝えたい事がたくさんあったから。

「洋平君。行くしかないね。きっと綾さんに言葉は通じて、洋平君の気持ちが伝わるはずですから。何があってもびっくりしたり悲しまないでね。走って。またね」

そう美咲さんが言うと僕は美咲さんに背中を押されて走り出していた。

それと同時に会場の照明が消えた。

僕を取り押さえようとしていた係員たちは照明を消えた事を注意するための対応を取るべきか悩んでいるようだった。

その隙を着いて僕は舞台まで駆けよった。。

それでもステージで進行を進めようとする司会者。

「お疲れ様でした。次のオーデションを期待していますね」

綾はすぐそばにいる。ギターを舞台に上げ、僕はステージをよじ登る。

照明が悪い中、逃げる様に帰ろうとする綾の手を掴み声をかけた。

心よ、届と。

そう願いを込めて。

「綾。話があるんだ」

時間が止まる。

その中を桜の花びらが舞っていた。

綾は困惑とも驚きとも取れる表情を浮かべていた。

「うそ。洋平君。どうしてここに」

「僕は綾に謝りに来たんだ。それと綾に僕の本当の言葉を伝えたい。その為にここに来たんだ。僕の本当の気持ちも伝えたい」

突然、照明が消えた事と桜の花びらが舞っている事に対して、会場からアナウンスが入る。

「直ぐに復旧いたします。席を立たずにお待ちください」

「洋平君、離さない」

ここで綾の手を離せば、僕は二度と綾に会えない気がしたから。

僕は綾への思いを伝えに来た。

だからもう迷わない。

僕は綾が話を聞いてくれるか確認せずに話し出した。

「綾。綾の本当の気持ちを感じられなくてごめんね。で僕はわがままだから僕の気持ちを伝えるよ。僕は綾と一緒に音楽をしていたいんだ。綾が好きだから。綾との音楽が僕の幸せだから。綾がいなくて音楽を続けていても楽しくないから。僕は本当は音楽が好きじゃなかったんだ。綾と一緒に音楽を続ける事が幸せだと気付いたんだ。もし、綾が同じ気持ちなら、僕と一緒に音楽を続けて欲しいんだ。お願いだ。綾」

暗い照明でも分かる。綾の瞳から涙がこぼれる。

涙を流しながら返事を聞かせてくれた。

「私。分かっていた。洋平君が一緒にいるから歌えるんだって。洋平君と一緒に歌い続ける日常、それが幸せだって。でも洋平君が励ましてくれたからオーデションを受けてみようと思った。でもやっぱり歌えなかった。私ひとりじゃ歌えないの。私一人で歌っても楽しく無かったの」

僕は綾を抱きしめた。僕と同じ気持ちでいてくれた事が嬉しかったから。

抱きしめながら、つぶやいた

「綾、好きだよ」

「私もだよ」

照明が戻り始めていた。

そろそろ逃げた方が良いかもしれない。

「綾、行こう」

「うん」

照明がついて僕達を無視し続けていた司会者が僕達をにらんでいる事に気づいた。

「お前ら歌えよ」

司会者の言葉と迫力に僕達は固まった。

司会者は続けて話すのだった。

「ここまでめちゃくちゃにしてくれたんだ。それにこの舞台は本当のプロになりたくて、審査を勝ち抜いて歌う事ができる憧れの舞台であり神聖な舞台なんだ。その舞台で私彼氏と一緒じゃなきゃ歌えませんとか、プロには興味ありませんとかわがままが許されるステージでも無いんだよ。だから歌えよ」

「洋平君」

綾の問いかけに僕は静かにうなずいた。ギターを持ち直す。

マイク、音響OKです。と言うカンペが出る。

綾はマイクを持ち直し電源を入れた。

「最後の挑戦者は大胆な演出だ。照明を落とし、桜の花びらを会場で舞い降りさせた。どんな歌か聞かせてくれるか楽しみです。さぁ歌ってもらいましょう」

びっくりしたけど覚悟を決める。

僕はギターの演奏を始める。

綾は力強くマイクを握りしめ話してくれた。

桜の木のしたで何度も何度も作り直した俺と綾の大切な曲だった。

ギターの音色が綾にも伝わる。

「綾&洋平で桜の詩聞いてください」

綾は静かに歌いだした。

桜の花びらに包まれながら歌う。

照明の光を受けて、ひらり、ひらりと待っている。

まるで美咲さんみたいだと思う。

きっと僕達の為に力を貸してくれたんだと思う。

桜が舞う会場の中、アコースティックギターと綾の歌声が静かに流れるのだった。

                        桜の詩 完

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桜の詩 @tomato19775

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