第9話綾への気持ち

綾がどこにいるかも分かららないけど、探そうと思って走り出そうとした所を美咲さんに服の袖を掴まれて僕は無様にもこけてしまった。

美咲さんが僕の体の上に重なる。妙に軽いのが気になった。そんな事を考えている場合じゃないけど!

「ごめんなさい。ごめんなさい。でも急にいなくならないで、寂しいです」

美咲さんは混乱したかのように僕の上で謝り続ける。

急にいなくなるのは誰だって嫌だ。そんな当たり前の事を忘れていた。

僕も感じた事だ。自分優先で人の気持ちを考えない自分が嫌になる。

でも・・・それでも僕は綾には会いたい。

「美咲さん立ってくれないかな?僕は綾を探さないといけない」

「ごめんなさい」

美咲さんはゆっくりと立ち上がる。それを確認してから僕も立ち上がった。

「美咲さん。俺は綾を探さないと行けない。また明日会おう」

美咲さんはまた僕の服の袖をつかんだ。

「会えるのは今日までです。そう言うきまりですから」

「ごめんな。でも」

「私も連れて行ってください。お願いです」

「でも僕は早く綾を探さないと行けないし、綾と話したい」

都合の良い話だと思う。綾に振られてから美咲さんに直ぐ割れていたのに、会えなくなる理由も聞かずに、綾を探そうとしている自分がだ。

いろいろ助けてくれた美咲さんを拒絶し、拒絶された綾に会いたいと思っている。

それでも綾に会いたい。

「美咲さんごめんね。急ぐから」

「待ってください。今日は二次選考を兼ねた公開オーデションです。昨日綾さんが置いて行ったチケットです。一枚で二人まで入れるみたいですから私も連れて行ってください」

僕の目指していた二次選考は今日だったんだ。

一時の面接を乗り越えて、二次選考で勝者をスカウトするのがこのオーデションの目的だった。合格者達が目指す本当のオーデション。

なおさら綾に会いに行かないといけない。

綾は僕のギター無しでは歌えないはずだから。場所はこの位置からも見れる多目的ホールだった。美咲さんからチケットを受け取り、時間を見てみる。

オーディションも終わりの時間に近づいている。綾は終わっているかもしれない。だけど行って気持ちを伝えたい。

「洋平君だけ言ってもダメです。歌えないよ」

僕と同じ気持ちなら綾は歌えない。誰の為に歌うのか分からないから。

気持ちの無い歌を歌うのは幸せじゃないから」

美咲さんは桜の後ろ側に行き、何かを取り出そうとしている。

「急いでいるんだ。待てないよ」

そんな焦った言葉を吐き出したのに、美咲さんは嫌な顔をせず、桜の後ろ側に置かれていたギターを取り出して僕に手渡してくれた。

「このギターで洋平君が音を奏でないと綾さんは歌えないよ」

僕と綾の思い出のギター。捨てたはずなのに。

「これは捨てたはずなのに」

「この場所もそうですけど、ギターも洋平君だけのものじゃりません。洋平君と綾さんの場所でもあるんです。だからもう勝手に捨てたらだめですよ」

そうだ。僕が音楽を奏で綾が歌う。僕達にとって当たり前の事だった。

「美咲さん、走れる?」

「もちろん。最後までお付き合いしますよ」

綾の順番まで間に合わないかもしれない。

でももう迷わなかった。

僕は走り出したのだった。

                              続く

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