第8話悲しい理由と最初の気持ち

僕は気が付いたら美咲さんに、オーデションに落ちた事や、綾を支えようとして逆に情緒不安定にさせた事、綾に振られて連絡が取れない事を話していた。美咲さんは相槌などを入れる事無くただただ静かに聞いていてくれる。

感情的で一気にしゃべったから上手く説明できたかは分からない。

でも美咲さん真剣に聞いてくれたと思う。

「綾にも振られたし、もう音楽は止めようと思う。ギターも捨てたしね」

そこで美咲さんが初めて口を開いた。

「音楽止めちゃうんだ」

僕は自嘲するようにつぶやく。

「プロにはなれないから。僕みたいに才能が無い奴はダメなんだって」

「私は好きだけどな。綾さんと洋平君の二人の歌」

「ギターも捨てたし、それに綾に振られたから」

俺は悲しみに押しつぶされそうになりながら絞り出す様につぶやいた。

「もう、ダメだよ。プロになれないから」

才能を否定された事と綾に振られた事がどうしようもなく悲しかった。

「洋平君は音楽を続けたいのかな?それともプロになりたいのかな?。どっちかな?」

「それは」

俺は口ごもった。自分でも考えてもみなかった事だ。プロにならずとも音楽は続けていける。当たり前の事じゃないか。

「難しく考えたらいけないと思う。確かに音楽を否定されたり、綾さんと喧嘩したりする事で心にはいくつもいろんな理由がくっついていると思うけど、それが全てじゃないと思うんです」

美咲さんはそう言ってほほ笑んだ。

「洋平君はプロになるために音楽を続けてきたのかな?」

僕は答える事ができない。

「音楽がもう嫌いなのかな?」

「嫌いな訳ない」

「じゃぁ。何で何の特にもならない音楽を続けてきたのかな?」

「それは音楽が好きだから」

「なんで好きになったのかな?」

僕はいつからギターを初めて音楽を作り始めたのだろう?

それは遠い記憶。

「洋平君。良く思い出してみて」

美咲さんの声が聞こえる。なぜか僕の悲しみを溶かしてくれるようだった。

それは綾とのこの場所の思い出。

俺はこの場所でギターの練習を始めた時の事。

それは綾がその時に流行していたバンドマンのギタリストが格好良いと言い出したからだ。子供心に嫉妬と対抗したかった。だから家にあったギターを持ち出し練習を始めたんだ。この場所で初めて綾にギターを利かせた時はさんざん下手とか言い出しながら嬉しそうにしていた事を思い出す。その時の笑顔は忘れられない。

そしで何回目かの練習で綾が俺のギターに合わせて歌ってくれた時はとてもうれしかった事を覚えている。

そうか俺は綾と歌いたかったんだ。

俺のギターに合わせて綾が歌を歌う。

それが楽しいんだ。音楽が好きだけど、プロにもなりたいけど本当はギターと歌で綾と一緒に過ごす時間が一番の幸せだったんだ。

俺と一緒に歌う時、綾はいつも嬉しそうにしていてくれた。

もし?

俺と同じ気持ちで歌っていたとしてくれていたら?

綾の幸せもそこにあったら?

僕は励ますと言う形で綾の気持ちを踏みにじっていたんだ。

支えると言って、綾の気持ちを完全に無視していた。

あの時、俺はひがんでいた。

自分の実力が無いって。

当たり前だ。綾の歌唱力に頼ってプロを目指そうとしたのだから。

その時、綾の才能をねたんでた。

自分の表現したいものが無くて、現実から逃げて歌手を目指している奴に、プロになれる訳が無い。

綾に会いたい。

あって謝りたい。

また綾と歌いたい。

綾に合わないと行けない。

俺と同じ気持ちだと、綾は一人だと歌えない。

だから綾に合わないといけない。

「美咲さん。ごめん。俺は綾の所にいくよ」

そうして踵を返し、走り出そうとした。

「待って」

服の裾を掴まれる。突然の事にバランスを僕は崩した。

びたん。

地面に無様に転がる僕だった。

                           続く

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