出たな!

𠮷田 樹

第1話「出たな! と言われるヒーロー」

「出たな! 無口ヒーロー」

「……」


 俺は無口ヒーロー。いま俺は、悪者と対峙している。


「わが野望を打ち砕こうとするのは、おまえかー!」

「……うん」


 場所はスーパーマーケット。の、入り口。


「悪のマジシャンにたてつこうとはいい度胸だ! だが、われはマジシャン! われの悪行を見破れたものなどいないのだよ!」


 マジシャンと言うだけあって、シルクハットに燕尾服。だが、顔には目だし帽をかぶっている。私は悪い人です、と、言わんばかりだ。怪しさしかない。


「無口ヒーローよ。怖くて何も言えなくなったか!」

「いや、違うけど」


 ちなみに俺は上下ジャージ。ヒーローであるとなぜわかったのか聞きたいものだ。


「では、ヒーローよ! われをどう倒す?」

「うん。まあ……」


 俺はポケットからスマホを取り出し、ダイヤルを回す。110、と。


「あ、もしもし警察ですか?」

「おい! おかしいだろお前! ヒーローが警察を頼るなんて聞いたことがない!」

「あ、はい。万引き犯です」

「おい! おまえ! 誰が万引き犯だ! われは悪のマジシャン。マジッ君であるぞ!」


 その名前初耳なんだけど。


「あ、場所ですか? えーと、Mの78丁目です。はい、よろしくお願いします」

「ふっふふ……ふははははははははっ!」


 なんだこいつ。急に笑い出した。気色悪い。


「ヒーローよ! いくら警察に通報しようとも、わが悪行を見破れなければ意味がない!」

「……そうか」


 スマホのメモ機能を起動し、メモを見せる。


「ほれ」

「ん? なんだこれは……なにぃ⁉」


 メモにはこんなことが書いてある。盗品リスト。ジャガイモ、ニンジン、玉ねぎ、鶏肉、おうちバーニングカレー。

 おそらく今日の晩飯はカレーの予定だったんだろう。


「そんな……バカな……ヒーロー! 貴様っ!」

「カートを押していた手はダミーだ。懐に隠していた本当の手でカメラに映らないよう万引きを働いた。そうだろう?」

「われの崇高なるマジックが見破られていたとはっ!」


 そんなことを言いだしたかと思うと悪者は苦しそうに首を抑え始める。

 ……なんか、自分で首絞めているように見えるけど……気のせいだろう。


「覚えていろよ、無口ヒーロー! 四天王の一角であるわれが倒れようとも、秘密結社悪の万引きマジシャン団には、まだ、大首領様の手によって改造手術を施された多くのマジシャンが在籍しているのだ!」


 嘘だろ。お前、改造手術なんてされてたのかよ。


「無口ヒーローよ! 我々、悪の万引きマジシャン団に牙をむいたことをその命を失ってから後悔することだろう!」


 いや、死んだら後悔できないから。


「ふはははははっ! 悪の万引きマジシャン団に栄光あれー!」

「うぇっ……ちょっ⁉」


 爆散した。店先で、爆散しやがった。


「おいおい。近所迷惑だろ」


 まったく。警察来たら、どう説明しようもんかねぇ……。


「まあ、いいや。帰るか」


 あ、それと。

 悪の万引きマジシャン団って間抜けなネーミング。もっと他になかったんだろうか。

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出たな! 𠮷田 樹 @fateibuki

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