第10話 エピローグ

湘南は目が眩むほどに眩しい陽射しで満ちていた。まるで夏が最後の力を絞り切る様に、そして最後の夏を思い残すことなく楽しもうとする人々達で溢れていた。

 海の家に設けられたステージで、里咲とユズはこれから演奏を控えている。海の家のテラスに皆は集まり、里咲のライブが始まるまでの時間を想い想いに過ごしている。

 村田と幸四郎はいつもより派手なシャツを着て、いつもより少しだけ開放的に酒を酌み交わしている。「CHERSEA」の店長は愛する妻と娘の為にせっせと食べ物やら飲み物を運び、その様は「CHERSEA」にいる時よりもよっぽど働き者で、動きだけ見ると、まるで別人だ。ユズはライブの関係者たちと楽しそうに音楽の話で盛り上がっている。

 里咲とモモとリンダは白くて丸いプラスチックのテーブルを囲んで、乾杯をする。テーブルの中央に差された青いパラソルが三人の顔に青い影を落とした。

「なんか、皆、覇気の無い顔してるね」

 モモが苦笑しながら、里咲とリンダの顔を交互に見比べる。

「そう言うモモも」

 リンダが茹だる様な暑さを心底憎んでいる様な面持ちで答える。

「今、恋していないからね」

 モモがしれっと言って、里咲とリンダは顔を見合わせた。

「ねえ、恋の最中にいる時は死ぬほど辛くて逃げ出したくなる時だってあるっていうのに、どうして恋をしていないと覇気が無くなるの、私達」

 里咲が真剣に言う。今度はモモとリンダが顔を見合わせて笑った。

「どうしようもないねえ、私達」

 モモがくすくす笑う。波の音が穏やかに三人の耳元に押し寄せる。

「あれからどうなった?」

 里咲が心配そうにリンダに訊ね、リンダは、大丈夫よ、と答えた。

 ユズの言う通りだった。ハマーは自分の許を去ったと思われるリンダを全く追って来ない。あれから、ハマーがキャバクラに訪れる事も無い。ハマーはこのようにして自分の許を去る女に慣れているのかもしれない。時々ハマーを想い、リンダの胸は締め付けられるように苦しくなるが、それでも追って来ないハマーに対して、ほっとしている自分もいるのだった。

「いつか、全部笑い話になる日が来るかな」

 リンダが店長達家族をぼんやりと眺めながら言う。里咲もモモも振り返ってその光景を見詰めた。幼い子供をあやしながら、妻の話に心底耳を傾け、せっせと動いている店長は、今の里咲達からは遙か遠い存在に感じられてしまう。

「里咲、そろそろ」

 ユズが里咲を呼びに来て、里咲は背筋を伸ばして席を立つ。

「頑張って」

 うん、と里咲は笑顔で頷いてステージの方向へ向かった。それに気付いて、皆も席を立ち、ステージに向かう。店長が子供を肩車して立ち上がったその時、あろう事か子供が店長の頭から帽子を剥ぎ取り、自分の頭に被せてにんまりと笑った。モモとリンダは驚いて顔を見合わせる。

「見たね」

 店長が振り返って、モモ達に訊ねるが、モモもリンダも視線を逸らした。

「いえ、何も」

 ユズの美しい楽曲が、備え付けられた大きなスピーカーから流れ出し、里咲がステージの中央に華やかに踊り出した。仲間達だけではなく、たくさんの人間が期待を帯びた熱い眼差しで里咲たちを見詰めている。

「眩しいね」

 思わずリンダが溢す。

「店長の頭が?」

 モモが答える。


 里咲が詩を描いた「夏の終わりの恋の歌」は、思いの外、今の三人にぴったりの楽曲だった。清涼感があるのに、どこかやり切れない程切ない。そして、清々しい程に痛々しい。ありふれた歌詞だが、今の三人の胸には強く迫るものがあった。里咲は目を閉じて歌い上げた。潮風が頬をなぞる。終わりの様で、終わりじゃない。そんな予感めいた想いを歌声に乗せる事ができたら、と願う。

里咲の力強くも柔らかな歌声がどこまでもどこまでも青い空高く駆け上ってゆく。モモとリンダはまるでその声を追いかける様に、いつまでも空を見上げた。


              完

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Love Holic ! 冴枝 夏樹 @NatsukiSaeeda

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