ベッドの上の孤独

罰点荒巛

Chapter1



ぼくは歩いた。真っ直ぐ。真っ直ぐ。

野を越え、谷越え、山越え、海越え、海岸沿いの親戚のおばあちゃんの家を越えて、越えて、越えて行った。

誰も知らない外側の外側まで。ぼくはぐっすりと眠れる家を探していた。


ぼくは不眠症だった。

わけのわからない言葉の気どった音楽を聴きながら、ロゴもマークもついていないシンプルなのに矢鱈とハイプライスな家具に囲まれながら、土の一切ついていないオーガニック野菜を頬張る毎日に、飽きていた。

ライフスタイル雑誌が理想とするような健康生活を送ってきたお陰で、何の病気にもかかっていない。

CTスキャンで体を数字に置き換えられたことも、ガンマ線ナイフで四肢を切除されたこともない。いやらしいほどに無傷な軀だ。

しかしながら、ぼくはそれでも参っていた。この家のベッドじゃ眠れなかった。困ったな、フローリングでも。


仕事場をそんなに離れて大丈夫かって。ご心配なく、ぼくには代理サロゲートがいる。

ぼくの代わりに暮らしてくれる奴がいる。さらさらとしたヒーリングミュージックと洗練された家具と家電の中でオーガニック野菜を食べる理想的な都市生活をエミュレートしてくれる。失踪届けを提出されることはない。


ぼくはとりあえず郊外住宅地まで走ってみた。

同じような建設業者が建てた、同じような屋根と同じような窓と同じような玄関でできた一般住宅。

日本製のぴかぴかの自家用車が車庫に止まっている。多分、車内の芳香剤はラベンダーのかおりだろうな。

その車庫の隣を通り過ぎ、玄関の前で気をつけをした。壁に張り付いているボタンを押しても、返事はない。ごんごんと、ノックしても無反応。このブラックボックスの中には一体何が入っているんだろうと思いながら、足を踏み入れた。

ぼくは他人の家を見るのが大好きだ。


玄関前に整列しているのはコンバース。どれもぼくが持っているやつだ。傘立てには何も入っていない。

側面の鏡にぼくの全身見取り図が載っている。コンバースとスラックスはいた二脚の足に、ブランド物のフランネルシャツの上にジャケットを羽織った胴体がくっ付いて、整髪剤で逆立った頭が載っている。いいなりだ。

キッチン・ダイニングに続いている廊下すら、ぼくの姿を跳ね返している。


ぼくはディストピアからディストピアへ移り住むヤドカリです。









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ベッドの上の孤独 罰点荒巛 @Sakikake7171

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