エピローグ

Conclusion.

「だってあの子は、爆弾になんてなりたくなかったんだからさ」


 ミズルはそう言って、話を締めくくった。立ち寄ったカフェ、テーブルの差し向かいに座る男は、全てを聞き終えて呆然としていた。


――クラウディオ・グレイスの逮捕から、既に二週間が過ぎている。


 彼の逮捕はウェザーヘッド壊滅のニュースと併せて大々的に報じられ、サニーの死は、クラウドに殺害された異母弟として、どこも短く触れる程度に留めていた。名前すら伏されて。

 人間爆弾の個人情報は秘匿されるのが常だ。そうでなくては、おちおち墓に眠ることも出来ないかもしれないのだから。よって、キャスリーンの件も小さな扱いだ。


 ミズルは当然ながら、市警からの解体要請を無視した行動について咎められた。クラウド逮捕に貢献したとして黙認しようとする向きもなくはないが、人間爆弾解体処理資格の取り扱いについては、いまだ保留という状態だ。妥当な所で免停か。

 インヴァットの休暇は目の治療のために延期され、上司から機械化してはどうかと勧められて困っているらしい。思えば、今回の件で一番割りを喰ったのは彼だろう。

 治療、事情聴取、クラウドの裁判、煩雑な諸手続き――忙しさに流されて、どんどん時間ばかりが流れていく。

 それでも、ミズルはポップとフィーネの墓を一人で訪れることが出来た。インヴァットが退院したら、また一緒に行こうと彼女は思う。

 自分一人でサニーの墓前に立つのは、胸が痛くて出来なかった。仕事の合間に墓地へ行こうとして、結局今日もまた、途中で引き返してしまったのだ。


 そして墓参りに失敗した帰りに、彼女を捉まえたのがガエタノ・バッセルだった。

 クラウド逮捕のニュースを見てから、ガエタノはずっとミズルのことを探していたらしい。今日たまたま街で彼女を見つけて、彼が訊きたかったのは、ただ一点。


「なあ女医先生、あいつは本当に何かの病気だったのか? あいつに何が起こったのか、あんた知ってるなら教えてくれ!」


 請われるままに、ミズルは事の顛末を全て話し終えた。深々とうな垂れるガエタノの頬には、幾つもの濡れた筋が光っている。彼は声もなく泣いていた。

 その涙を見ながら、聴いてもらえて良かったと思う。

 サニーの優しさが、一途さが、愛おしさが、その思い出の全てがミズルの中で傷になっていた。ポップとフィーネを喪った、その焦げ痕の上に、今も赤々と血を流している。けれど。今は少しだけ、それが和らいでいた。


 ミズルはガエタノが落ち着くのを待って、場を辞した。

 バス停に向かい、自宅に最寄りの便を待つ。ちょうど、墓地と反対方向だ。そう長くかからずバスはやって来た。

 ミズルは乗り込もうとして、カフェの方を振り返った。ガエタノの灰色の髪がまだそこにあるのを見て、足が止まる。

 彼女は少し考えて、踵を返した。真っ直ぐカフェに戻る。


 自分は、あのボクサーのことをよく知らない。代わりにガエタノは、昔のサニーのことをよく知っていた。そしてミズルは最期の瞬間までのサニーをよく知っていた。

 つまり、サニーのことを話すには最良の聞き手だったのだ。それは距離感、親しみとよそよそしさのクッションで、ガーゼのように傷口を包んでくれる。

 だからこそ、ふいに。さらりと。こんな言葉を口に出すことも出来た。


「チャンプ、これからサニーくんのお墓参りに行くの。

 貴方も、よければ一緒に来ない?」 

                                                                                   fin.

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【完結】Dud's …and Departed. 雨藤フラシ @Ankhlore

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