最終話【席順】
渡橋ヤスミ「新しい学校に入ったら、きっと面白い部のひとつはあって、あたかも吸い寄せられるような偶然的事件があって、行きがかり的にそこに入部してしまうっ、なあんてことを夢見てたんです。黙っていても向こうからやって来るもんだって。そうじゃないですか? 面白い物語の語り手って、みんなそんな感じな気がするんです。そこには面白い先輩がいっぱいいて、その中のひとりと仲良くなったりして、あたしはそういう主人公になりたかった……」
あのαルートの住人渡橋ヤスミ。古泉によればハルヒが生み出したもう一人の自分。その見立てが当たっていたのかどうか、ハルヒは同じ意味のことを俺に喋った。
ここは校舎の屋上とか文芸部室などではなく、まあそのなんだ。俺とハルヒが唇を重ねてしまったあの場所、北高グランド、二百メートルトラックの真ん中だ。テスト週間の放課後、今は運動部連中の姿もここには無い。何を思ったかハルヒがすたすたとここを目指すように歩いていき、俺が追って行った結果俺たちは今ここに立っている。
「どう? ここなら誰もいないでしょ?」ここに来るなりハルヒが口にしたことばはこうだった。
俺はなぜハルヒにこんな場所に連れて来られているのか、なんの話をするつもりなのかまったく心当たりがない。渡橋ヤスミが言ったのと同じような事を改めて言ってみるのが目的だとも思えない。
「その、なんだ……なにか、あったのか?」
「キョン……その、あんた誰かに超能力について突っ込まれたことはない?」ハルヒがわざわざ小声で訊いてきた。ここには誰もいないが。
「ああ谷口に言われてしまったな」
「そうじゃないっ。あの九人の中の誰かよ」
あっ、と思った。
「いや……別に大丈夫じゃねえか……」
「そう……良かった。あたしなんか口を滑らせたような気がしてたのよ」
うん、確かに滑らせていた。古泉に指摘されるまで気づかんかったが。まったくハルヒらしくないことを言うものだ。
「それからさ——」
それから?
「感謝してるから」
は?
「あの時、九曜ってコの成功するかどうか解らないプログラム? あれを『実行しろ』って未来透視で見通して決めてくれた事よ」
「……」
「未来人の超能力者がSOS団にいたからあたしは今ここにこうして、いる——」
あれは……押すか押さないかの二択で、正答率五十パーセントだったのだが……
「ちょっと、なんとか言いなさいよ。人が感謝をしてるのよ」
「あっ、いやどうもありがとう。しか——」
「それでね、もう一つあるんだけど——」
言い損ねた。古泉には『この能力は力が弱まっていくのかもしない』と示唆するようアドバイスを受けたというのに。
「——あたしはSOS団を続ける」
「〝続ける〟って、言いたいことはそれなのか?」
佐々木と同じようなことを言う。そう思った。
「そうよ。偽物まで公然と活動を始めているのに本家が止めるなんてあり得ないわ」
「いや、別に俺も止めるとは思っていなかったが——」
それを聞いたハルヒはニカッと笑い。
「そうよね。止められるわけない。ようやく、ようやく始まってくれたんだから。始まったばかりで止められるわけないものね」
「始まったばかり?」
二年目だろ? そう率直に思ったその直後、ハルヒは言ったのだった。
「当たり前でしょ。今までのSOS団はまあサークル活動ね」
サークル活動——バットで頭を殴られたような気がした。そうなのだ。SOS団はサークル活動。ハルヒ目線ではそうなのだ。ハルヒからSOS団を見たら当然そうなるんだ。何も不思議なあれやこれやを自覚していないのだから。それは大学なんかでは割とよくあるよく聞く当たり前な活動でそれを一足早く高校時代にやってしまおうという意味でSOS団はハルヒ的に面白く、新しかったのだ。
「——今までのSOS団はそれなりに楽しかった。その都度グループ分けをしての不思議探しで街を歩いたり。あれって分けることで全員でいるときに見えなかったその人の人となりとか見えるのよ。みんなで七夕をお祝いしたり文化祭も満喫したわ。体育祭も。もちろん体育会系もね、野球大会やったり。クリパもやったし大晦日も楽しかった。節分もバレンタインデーもね。もちろん遊んでばかりじゃなくてみんなで夏休みの宿題を最終日ギリギリに片付けたり、そうそう、古泉くんのツテでお金持ち気分も味わったし、ほらああいうのってアニメとかでよくあるでしょ? メンバーの中にすっごいお金持ちのコがいて夏休みとか冬休みにそのコの別邸に押しかけてお泊まり会するってやつ。もちろん古泉くんが用意してくれた余興も楽しかった。どれもこれも全部楽しかった——」
ハルヒは一旦言葉を句切った。
「——けどね、そういうのってただのリア充じゃない? 楽しいんだけどその時だけ。一通り経験すればいいかなって感じなのよ。ただのリア充に興味はありません、ってね」
意外なことにその台詞を言ったハルヒは少し微笑んでさえいた。
「——一年目のSOS団はサークル活動しかしてこなかったけど、あたしには解っていた。そのうち必ず何かが始まるって。SOS団が存在さえしていれば必ず」
「なんで始まるなんて言い切れるんだ?」
「SOS団を造るべきってあんたが言ったからよ」
「俺?」
「そう、あたしが面白そうな部活が無いって言ったら、あんたは言った。『ないものはしょうがない』って。けど『空を飛びたいって思ったから飛行機ができた』とも言った。無いから諦めてしまうか、無いなら造ってしまおうか、道はふたつあるってね。言われた瞬間にピンと来たわ。『無いなら造れ』って言われたんだって」
そんなご大層なことを言ったろうか? 多少記憶を装飾して補正しているんじゃないか。
「確かに近いことを言ったような記憶はある。だけど俺に言われたからSOS団を造りましたって、おかしいじゃないか」
「おかしい?」
ハルヒは怒ったような笑ったような顔をしながら、
「キョン、いい加減にしなさいよ。もう全て最初からばれているんだから正直になった方が身のためよ」
〝全て最初からばれている〟。ハルヒは確かにそう言った。バカな。なにか俺の行動と言動に決定的な矛盾があったか? なにかヘマをしてたってのか?
ハルヒは目を閉じすうっと息を吸い込んだ。
「——いつまでくどくどやってても仕方ない。決心したんだから——」
なにを?
ハルヒは目を開ける。
「今日あたしがあんたをここに呼んだのには理由がある」
「なんだ?」
まさか〝告白〟? と一瞬でも思った俺は、男子高校生としては普通だと思う。それにここはグランドの真ん中だ。ファーストキス(?)の場所なんだ。
「いろいろあったし、そろそろ言ってもいいんじゃないかって、思ったのよ」
俺は無言でハルヒの顔を見つめている。
「質問、あたしがSOS団を造ろうって行動を開始した日はいつだったでしょう?」
?
「あ、いや、もちろん覚えてるさ、だからSOS団結成記念日に雨樋をつたって窓からサプライズイベントしたもんさ。いやまあ俺が代表にされちまったけどな」
「なぜ一年前のその日に行動を始めたか解る?」
そんなの解るわけがない。たまたまその日に思いついたんだろ、としか——
「あんたが前の席にいたからよ」
は?
「それはどういう……」
「キョン、あんた席替えしてもあたしの前にいたでしょ?」
「そりゃいたさ」
「どういう確率なのよ? 紙片のクジの結果よ。あんたハトサブレの缶を忘れてやしないでしょうね」
‼
「あたしさ、小学校から今の今まで何度も何度も席替えってのを経験してきたけど、席替えした後も同じ人間が同じポジションに座ってるなんてことは無かった。前にあたしの右隣にいた人間が席替えした後もあたしの右隣にいたとかさ。もちろん左も後ろも前の席もね。ところがあんたは席替えした後もあたしの前にいるじゃない。あり得ない。でも現実に起こっているんだって、そう思った。そんなあんたが『無ければ造っちゃえばいい』って言ったのよ。これはきっと天啓なんだ。ようやくあたしにも何かが始まったんだって思った。当然あんたみたいな不思議な人間を巻き込まないなんて道はなかった」
ハルヒは一気に喋ると微笑んだ。
「あたしの勘は当たったわ。さらに事態はあり得ない確率で進行し、ただ今現在も二年になってもあんたはあたしの前の席に座ってる。北高入学以来あたしの前の席にあんた以外の人間が座ったことはない。キョン、あたしがあんたになにかあるって思っても当然だと思わない?」
そうか。そういうことか。考えてみりゃそうだよな。そうじゃないか。俺は担任の岡部に『どうしてもハルヒの前の席にしてください』なんて頼んじゃいない。にもかかわらず後ろはいつもハルヒだ。
「あぁ、なんというか言いにくかったというか……」
なんで俺が言い訳をしているのか解らないが言い訳をしてしまっていた。
「いいのよ、別に」
いや、良くはなさそうだ。
「いいんだけど、なんでこんなことしてるのか? 理由を説明しなさい」
ほぅら、来た。
「実はこれにはその……訳があって、ハルヒ、え〜とお前をだなひょっとして怒るかもしれないが」
もはやなんにも考えないで喋ってる。どういうオチでまとめればいいんだよ。
「そこまで聞けばだいたい解るから」
いったい、どう解ったっていう?
「あたしが最初言ったでしょ。『この中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、あたしのところに来なさい』って言ったから来たんでしょ? きっとあんたが持ってるような能力は人を幸福にしないのよ。だから理解者が、頼れるような人が欲しかった」
そういう解釈で来たか‼
「どう?」
自信満々の顔で振られてる。
「……その通りだ」
そう言ってしまった。
「別にあたしは利用されたなんて思ってない。何しろ『来なさい』って言ったのはあたしなんだから。きっと有希やみくるちゃんや古泉くんも理解してくれるはずよ。何しろあたしが選んだSOS団員なんだから」
いや、それ逆で、〝理解しているのが俺〟、なんだが。
「だけどねキョン。一番頼りになるのはあたしだから、そこを忘れないようにね」
「ああ、頼もしいな……」
それを聞いたハルヒは雲一つ無い晴天の笑みを浮かべている。
「それに宇宙人的能力の九曜さんだっけ。そんなのが出現したと思ったら異世界からやって来たもう一人のあたしに出会ってしまったり、もう一人の有希もいたり。古泉くんが赤く光って空中に飛び出したり、そんな事が始まってる。もう一人のあたしが何だかとんでもない力を持ってる特別な存在だってのは気に食わないけどね。なんか全然役に立ちそうにないけど。あっ、そうそう、夢の中で見た光の巨人に現実に遭遇してしまったり——あれ? あれは本当に夢だったのかな……」
「ハルヒ?」
「ううん、なんでもない。つまり何だか解らないことがいよいよ起こり始めている。これからの一年はこれまでの一年じゃない。もっと何かが、信じられないなにかが起こる一年になるわ」
「そんな妙な事件に巻き込まれる未来で怖くはないのか?」
藤原のあの脚がその結果なんだ。だがハルヒは委細構わずだった。
「ぜんっぜん。あんたがこれまで背負ってきたことを考えたら大したことじゃないわ。半分あたしが背負ってあげるから安心しなさい」
もはや俺は何を言えばいいのか解らない。
「——むしろ感謝しているほどだから。あたしはただの人間だけどただの人間じゃない者があたしのところに集まり始めている。それもこれもキョン、あんたがあたしを選んでくれたからよ」
俺は無意識に肯いていた。いったいどっちがどっちを選んだのかさっぱり解らなくなってきた。
続いてハルヒも肯いた。
「だけどね。一つだけ課題があるのよね」
「どんなだ?」
「あんたはあたしの助けが必要なのよね?」
またも肯いてしまった。ハルヒはさらに続きを口にする。
「あんたがあたしの前の席に座り続けるには大学も同じところに行ってもらわないと不可能よね。でないと庇護もできないし」
え?
「キョン、いい? あんたはあたしが進路と定めたところに着いてくること! 絶対だからね!」
どうやらそういうことになってしまったらしい。
さて、今回の期末はかなり試験勉強がおざなりになってしまったが結果がどうなることやら。
——ちょっとした後日談、いや、後時間談がある。その日の夕方、家に帰ると中学の卒アルが納戸の本棚の定位置にあった。代わりにそこにあったはずの中学時代のテストの束がどこかに消えていた。
中学の卒アルにはもちろん佐々木が写っていたしフルネームも明記されていた。
(了)
涼宮ハルヒの憂鬱シリーズ第12巻(むろん二次) 涼宮ハルヒの恋心(れんしん) 齋藤 龍彦 @TTT-SSS
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます