第38話【宝物】

 いつも近くにいる人間でも完全に解っているとは言えないものだ。俺の後ろにいるハルヒは休み時間毎に常に俺の背中を突かないわけで、ふいっとどこかに消えたりもする。どこでなにをしているのやら。

 梅雨の後半は空梅雨になってしまったらしく俺は頭の後ろで両手を組み夏空を見上げている。俺ももう高二だしな、たまには物憂げな男子高校生をやってみるのも悪くない。付け加えると今週は期末テストを間際に控えた七月の一週目で、俺の中の愉快な気分はブラジルあたりを彷徨って当分戻ってきそうにない。


 夏空を見上げながら俺がいま考えていたこと。


 SOS団的基礎情報(ただしハルヒは知らない)

その1『昨年十二月、積もり積もったバグが原因で長門はエラーを引き起こし涼宮ハルヒの能力を盗み出し世界を改変してしまった』

その2『涼宮ハルヒの持つ能力は佐々木に移すことができる』


 さて、俺はこれを真相だと信じていたのだが、真っ向から異議を唱えられた。


 長門がやった世界改変は改変上書き技術の実証実験だったと言うし、涼宮ハルヒの能力を他の人間へ移すなど元々が不可能であり、故に佐々木はなんの能力も受け取れないと言う。

 言われて俺は揺らいでる。さて、そうなると俺はなんで信じていたのだろうな? なにが真実かというよりも、『なんで信じているのか?』っていう問題さ。

 もちろん信用できる者から聞いたというのもあるが、こと『その2』については自己嫌悪にもなる。得体の知れない三人組から聞いた話を信用してしまったのだから。


 となると、こうも言えるんだろうな。人間は一番最初に聞いた情報を信用してしまうってことだ。或る連中が間違った情報を初期段階で広範囲に流布させれば、その或る連中はかなり有利な立ち位置を得ることができる。

 ハルヒの周囲に集まってくる連中が損か得かの利害関係で集まってくる連中ばかりなら俺はよほど気をつけねばならん。俺がハルヒになんらかの影響力を及ぼせるのなら、俺を騙してしまえば効果的に目的を達成できるという理屈になる。


 とは言え真相は実はそのままだってことも考えられるんだ。あくまで地球人的合理性で考えた場合の異議申し立てだからな。宇宙とか世界はナンセンスなくらい不合理かもしれないし。

 長門が今もここで普通に暮らしているのは情報統合思念体という連中が実はもの凄く優しい連中で、長門の一度の失敗くらい大目に見て、成長させてあげようとしたからかもしれない。

 そして相変わらずハルヒが能力を持ったままなのは佐々木が能力を持つよりもハルヒに持たせておいた方が退屈しそうもないし面白そうだから、いつでもハルヒの能力は奪えるがそのままハルヒのところに置いておこうと、諸勢力が合意した可能性だってあるんだ。

 なら一番最初に聞いた『真相』こそ真相だったってこともある。だがな、なぜかあんまり他人に言う気が起こらないんだ。



 『キョン、物事には別の見え方もあるんだよ』

 むろん俺の幻聴だが佐々木にそんなことを言われたような気がした。


 佐々木『僕たち人間には想像力が与えられている。これこそ、人間が自然界に誇る最大の武器だよ。神のような存在に対抗できる、たった一つの小さな矢のごときね』


 偽SOS団か……やってくれる————





「ちょいっと、キョンくんはいるかいっ?」

 これにて俺の物憂げな男子高校生モードは終わる。

 二年五組の教室にやって来たひとりの女子生徒。それは鶴屋さん。慌てて席を立つ。

「なんすか、先輩」

「まずは廊下の方、いいかなぁ?」

 サーと血が引いていくような感覚。俺は言われるままに廊下に出て、さっそく歩き出していたこの上級生の後を追う。歩きながらの会話が始まる。

「うちのみくるの進路がそんなに気になるかい?」

「あっ、いやあ、まぁ」

「どこへ行っても追いかけたいのは解るけどっ、あんまし先走りはよくないなあっ」

「いや、俺は別に」

「ハルにゃんから聞いたのさ」

 え?

 鶴屋さんは突然立ち止まり百八十度くるっとターン。

「というのは冗談っさ。みくるの進路を知りたがっていたのはハルにゃんもキョンくんも同じだろうってねっ。なんだかどうしてもみくるの進路を知らなきゃならない事情があるんだよねっ」

「ええ、まあ」

 相変わらず妙に勘がいい。

「あたしも最初は三年だから訊かずともそのうち解るなんて思ったけどそれは違ってたさ。みくるが突然『いなくなる』なんて話をし始めたとき、『ああ、だからか』、って思ったさっ。みくるはいつかはいなくなる。それはいつにょろよってことだよね?」

 俺は無言で肯いていた。

「ところで、話は変わるけどさっ。キョンくんっ覚えてるっ? あたしのご先祖様、鶴屋房右衛門が山に埋めた謎の物体さっ。チタニウムとセシウムの合金でできたやつ」

 あぁ。

 それは鶴屋山に埋められていて鶴屋印の壺から出てきた謎のオーパーツ。

 鶴屋家が厳重に保管してくれることになったあの物体。

 鶴屋さんが確約してくれたのだから安心だ。間違いなくそうしてくれるだろう。と、安心しきってしまったせいかすっかりその存在自体を忘れていた。

 ともかく発見当時はハルヒの目に届かないようにするのが先決だとしか考えず、実はある予感に苛まれてもいた。そんなことにはなって欲しくないと考えているし、正直考えたくもなかったのだが……。その部品がいつか必要になる時が来るような気がしてならなかった。ひょっとしたら鶴屋さんに宝の在処を教えてしまったのは早計だったかな、と思った。誰にも教えず、俺が掘り返すこともなく、胸にしまって放っておくという手もあったかもしれん、とも思った。

 しかしさ、できるか? そこに何かがありそうだと悟って、割合たいそうなモノが埋まっているらしいと気づいて、そのまま何もしないでいるようなことがさ。

 それに、なんかの拍子にハルヒが掘り返す可能性を残すより、鶴屋さんの所有物となったほうが謎パーツにとっても幸せだろう。ある日突然、超古代人か未来人か宇宙人が現れて、それを返せと言ったとしてもハルヒなら絶対うんと言ったりしない。そう思って鶴屋さんに全部任せて丸投げにしてしまった。


「実はさ……」鶴屋さんは声を潜める。

 この時既に俺の頭の中ではビビッと回路が接続されていた。

「あの物体さ、厳重に管理してたんだけど動かされた形跡があるっさ。誰かが持ち出してわざわざ元の場所に戻していたにょろよ。キョンくんっ、これどう思う? 盗んだ物をわざわざ返す泥棒がいると思うかいっ?」

 警戒厳重な鶴屋家から持ち出された? そんなことができるとすれば——

「いや、謎ですね」

 などと俺の口が自動的に喋り出していたがもはや俺の中では謎でもなんでもない。

 九曜が魔法少女のように掲げていたあの時のあの棒。白色光を発していたし至近距離では見なかったから表面に基盤のような線が蜘蛛の巣のように描かれていたのかどうかは解らない。だがその長さは十センチほど。遠目からはシャープペンシル。ピタリ符合。

 これか。

 既に必要になってたんだ。あのオーパーツが。

「ご先祖様同様、妙な胸騒ぎがするっさ。見つけたのキョンくんだし一応知らせておこうと思ってさ」

 たぶん……としか言えないがあのオーパーツ、どう使うのかようやく解った。時間的前後関係の無い異空間異世界間を行き来するための装置だったんだ。その事を九曜は知っていた。元々誰の持ち物かは解らないが。

 だが、そのおかげであの十二月に長門が造り出した世界とまた繋がることができた。光陽園のハルヒや繋がってからまだひと言の会話もしていないがあの眼鏡の長門のいる世界と。なぜか上書きされることもなく永遠の断線状態をもって消えたことにしたあの世界。


 だが繋がってしまった。

 

 あの世界はなんなんだろう。

 俺は長門が故意にあの世界を残したような気がして仕方ないんだ。情報統合思念体という長門の親玉にとっては自分たちがいない世界を創られてしまったというのは看過できないことだろう。ここは上書きで消してしまおうと考えたくなるんじゃないか。

 だがあの世界は残っていた。

 そしてあの異世界があったからこそ衣の下から鎧を見せた未来人達の行動を事前に抑止することができたし、どこまでも広がっていた閉鎖空間とその中の『神人』の脅威、上書きの危機という窮地からも逃れることができたんだ。

 むろん想像に過ぎないさ。そうあって欲しいと思ってるだけのな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る