1-12 霊治隊

朝7時50分。俺はアテナとともに霊能学園正面玄関に来たのだが、すでに昨日の三人が待機していたため、俺は駆け足で彼らに合流した。


「遅いぞ。何分待ったと思っている」

「す、すみません、十文字さん。少し早めに来たつもりだったんですけど……」

「いやいや~、あたしたちも今来たところで、実際に待ってたの、1分ないくらいだよ~! ツトム、昨日のこと根に持ってるみた~い!」

「おい! でたらめ言うな西城! ちょっとこっちに来い!」

「わー、怒った! あはは~!」


辺りを飛び回り跳ね回る西城さんを十文字さんが追いかける。俺のことは完全に忘れているようだ。


「仲いいでしょ? あの二人、同期なのよ。本当は十文字さん一人で迎えに来るはずだったんだけど、リリカさんがどうしても行くっていうから、心配で私もついて来ちゃった」

「イェルは二人の後輩なんだよな? 後輩に心配される先輩ってどうなんだ?」

「ふふっ、そうね。でも、いざってときにはすごく頼りになるのよ」

「へぇ……」


あの二人に比べてイェルは物分かりがよく、話がしやすい。それは間違いないのだが、どうにも違和感が拭えない。こんなに気さくに話してくれているのに、距離を置かれている気がする。こんなに笑顔を見せてくれているのに、それは本性ではない気がする。イェルのこの雰囲気は何だ。それともやはり気のせいだろうか。


話しているうちにあちらのじゃれあいも済んだようだ。


「おら、遊んでないでさっさと行くぞ。みんな待ってる」

「は、はい!」


遊んでいたのは俺ではなく十文字さんの方だったはずだが、これを言うと次は俺と遊ぶことになりそうなのでやめておいた。


霊能都市治安維持部隊の本部は霊能学園本館の3階にある。エレベーターで上がったあと廊下を少し歩き、その部屋の前にたどり着いた。緊張で心臓が高鳴る。十文字さんが一歩前に出た瞬間、霊治隊のロゴマークが描かれた自動ドアが左右に開いた。


「よしお前ら! 全員、会議室に集合だ!」


十文字さんの掛け声とともに、中にいた人たちは移動を始めた。部屋の入口から入ってすぐの空間は応接室のようになっていて、彼の言う会議室というのは、その応接室と仕切り一枚を挟んだ隣の空間のことのようだ。十文字さんに続いて会議室に入ると、すでに全員が着席していた。実は十文字さんの統率力はかなり強いのかもしれない。


「よし、揃ったな。朝から出てきてくれたことに感謝する。今日集まってもらったわけは、もう予想がついている者もいるだろうが、夏目の入隊以来約1年ぶりに、我ら霊治隊に新しい仲間が加わることになった。今日はここで顔合わせをしてもらう。おら、新入り」

「えっ! は、はい!」


言われるがまま俺は皆の前に立たされ、自己紹介を促された。向かい合い2列に並んで座った霊治隊の人々の視線が俺に集まる。何事もはじめが肝心だ。俺は大きく深呼吸をした。


「初めまして。神河ケイトといいます。2か月遅れではありますが、この霊能学園に入学し、霊治隊にも入隊することになりました。隣の彼女は――ああ、そうか」


一瞬不思議そうな表情を向けられて気がついた。彼らにはアテナが視えていないのだ。今こそ俺の力の見せ所だと思い、俺はアテナの肩にそっと手を置いた。


「で、彼女は俺の守護霊のアテナです。よろしくお願いします」


予想通り、霊治隊の人々は驚いていた。なかなかインパクトのある自己紹介になったことだろう。俺はアテナにも一言挨拶をと思い彼女を見やったが、なぜか彼女も驚いた表情でこちらを見ている。


「……なんでお前までそんな顔してんだよ。ほら、挨拶」

「えっ! ああ、そうね。アテナよ」

「……。おい、それだけか?」

「他に何言えばいいのよ」

「それは、まあ、例えば――」

「ほう、これが学園長の言っていた守護霊実体化か」


十文字さんにとってもかなり衝撃的だったらしく、しばらく言葉を失っていたが、それ以上の自己紹介は求めず、改めて会議の進行を始めた。


「では、俺たちのことも簡単に紹介しよう。まずは知ってる奴から。左手前のチビは西城莉々香さいじょう りりか

「もう! チビって言わないの! 西城莉々香、霊能学園4年生で~す! 守護霊はご存知ナイチンゲール! よろしく、ケイタ!」

「……ケイです。よろしくお願いします。」

「その奥が2年の夏目なつめイェル。その奥のデカいのが丈宰二じょう さいじ。向かいの縮こまったメガネが王牙治子おうが はるこ。その手前のチャラいのが照葉健一てるは けんいち。3人とも3年だ。」


着席している隊員たちを、俺から見て時計回りに紹介してもらい、最後にこの人の番が回ってきた。


「そして俺が、霊能都市治安維持部隊副隊長の十文字努じゅうもんじ つとめだ。ツトではない、ツトだ。分かったな西城」

「え~! なんで私なの~!」

「いつまでも間違えるからだ。いい加減覚えろ。何年の付き合いだと思ってる」

「ていうか! なんでみんな守護霊言わないの~! 私だけ仲間はずれじゃん!」

「もう、リリカさんったら。昨日自分で彼に言ったじゃないですか。だから改めて言ったんでしょ?」


まったくもってそのとおりである。イェルは西城さんのボケに笑顔でツッコミを入れるポジションのようだが、俺はその場で苦笑いしかできなかった。


あとで聞いた話では、自分の守護霊を隠したいと思う人も少なくないため、無理に聞き出そうとするのは失礼なのだそうだ。先輩方の守護霊を是非とも聞きたかったが、一度にまとめて紹介してもしかたがない、共に仕事をする過程で少しずつ教えていくと言われたので我慢することにした。


ひとまず会議は終了し、全員解散した。俺は気になっていたことを尋ねてみた。


「十文字さん、副隊長なんですね。驚きです」

「なんだ? 似合わんとでも言いたいのか?」

「いえいえ! そういう意味じゃなくて……。それなら、隊長は誰なのかなと思いまして。この中にはいなかったようですが……」

「そうだな、名前くらいは紹介しておいたほうがいいだろう。霊治隊隊長は天坂あまさかシュタインハート。霊能学園の4年生で、俺の同期だ。今は重要な任務に出ている」

「重要な任務に一人でですか!?」

「人数が多ければ良いという話ではない。少数でこなす必要のある任務もあるということだ。あいつの実力は本物だから、一人でも何も心配いらない」

「すごい人なんですね……」

「まあ、あいつは科学系霊能者サイエンサランク1位だからな」

「さいえん……? って何ですか?」

「ああ!? ここに入学して最初に教えられたはず……いや、お前は知らんで当然か」

「……?」

「ええい、面倒だな! 夏目! これから館内を案内するだろ。その間に説明してやってくれ」

「了解です」


十文字さんから指示を受け、イェルが笑顔で近寄ってきた。


「それじゃあ、霊能学園内を簡単に案内するから、ついてきて」

「ああ、よろしく」


あれだけ人がいたわけだが、二人きりになる相手がイェルで正直ホッとしている。独特な雰囲気の少女だが、話は一番通じるし、一緒にいて一番落ち着く。


そして俺は、館内の案内をしてもらうため、イェルとともに霊治隊本部をあとにした。

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霊能都市の戦女神 石川鞣 @ishikawanameshi

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