1-11 男子寮で彼女と……?
西城さんに傷を癒してもらった後、学生寮に案内された。町で借りていた安いアパートと違い、とてもきれいで中もそれなりに広かった。4、5人くらいなら団欒できそうである。
「ごめんね~。ここは男子寮だから、あたしたち、ホントは来ちゃダメなんだ! ツトムが送り届けるはずだったのに帰っちゃったからね! あはは!」
「そうですよね。わざわざありがとうございます」
「あ~そうそう。最後に学園長から伝言ね! 『今後の生活に必要なものは部屋に届いているはずだから、自由に使ってくれ。それから、守護霊を実体化させる君の力は霊能力ではなく体質だ。我々の専門外だから有益な指導はできそうにない。自身で力の制御に励んでくれたまえ』だって~!」
「はあ、どうも……」
声真似をしたつもりだったのだろう、西城さんは大げさすぎる低音ボイスで説明してくれた。
「もう、似てないですよリリカさん。ケイト君、明日は朝8時に学園校舎の正面玄関に来てね。霊治隊のみんなに紹介してあげるからお楽しみに。じゃあ、私たちはこれで」
「バイバイケイタ~! また来るね~!」
「ケイトですー!!」
西城さんは足取り軽やかに部屋をあとにした。また来るって、来てはいけないのではなかったのか。俺の名前は仕方ないにしても、十文字さんの名前も間違えていたし、西城さんの今後が心配になってしまう。イェルは俺に笑顔で手を振ると、西城さんの後を追っていった。
西城さんはとにかく明るくて、小さな太陽のような人だった。おしとやかなイメージのナイチンゲールはちょっと合わない気がするけれど、負傷者の傷はもちろん、その明るさで人の心まで癒しているような、そんな人だった。
イェルはよく笑う少女であったが、なんだか違和感があった。こんなことを考えるのは失礼だし、俺の勝手な思い込みかもしれないが、彼女の笑顔は作り物であるような気がした。心の底から笑っているように見えなかった。あれほど気さくに接してくれた彼女も、やはり初対面の男相手でいささか緊張していたのだろうか。
十文字さんは……。とにかく怖い人だった。拳を交えたとはいえ、まだまだ会話が少なすぎる。彼のことを知るにはもう少し時間が必要だ。
ようやく訪れた静かなひと時。学園長からの伝言通り、箪笥や冷蔵庫、テレビなどの家具はだいたい揃っていて、部屋の真ん中に置かれていた段ボール箱の中には最低限の食器類と通帳が入っていた。霊治隊での働きに見合った報酬はここに入るというわけだ。まあ、特別待遇で入学する俺たちは家賃も授業料も払う必要がないのだが。
とりあえず明日からのことについてアテナと話しておくことにしよう。守護霊実体化の力も彼女がいなくては鍛錬にならないことだし、ちゃんと計画を立てておきたい。
「なあ、俺の力のことなんだが……。何してんだ?」
「えっ! いやあ、だって……」
アテナが頬を赤らめて部屋の隅でもぞもぞしている。何かあったのだろうか。
「なんだ? 言ってみろよ」
「わ、わわ私だって女なのだぞ! 男子寮なんかにいたら…… こ、子どもができてしまうかもしれんではないか!」
「はあ? できるわけないだろ。前もそんなこと言ってたな」
「し、しかし、私は、この体を
「だから大丈夫だって。普通の人にはお前は視えないし、俺だって、襲われることはあっても襲ったりしないから心配するな。また女神様モードになってんぞ」
「なッ!? ……う、うん。そうだね。いけないいけない」
「いや、そうだねって……。襲わないでくれよ?」
「ふふっ、わかってるよ。もう大丈夫」
会った次の日に殺されかけたのも今ではいい笑い話である。しかし、さすがはギリシャ神話三大処女神の一人といったところか。この手の話には敏感過ぎるほどに敏感である。
「それで、俺の守護霊実体化の力のことなんだけどさ。あの神父……、学園長は確かに、俺の力は霊能力ではなく体質だって言ってた。その辺はどうなんだ?」
「そうね、あなたにそんな力を与えた覚えはないし、私とは無関係かもね」
「じゃあ、この力は叩き上げで使いこなせるようになるしかないってことか。先が思いやられる」
「ちゃんと使えるようになってよ? じゃなきゃ私も安心できない」
「ん? なんでだよ?」
「いざってときにあなたを守るのが私の役目でしょ。実体化できれば、あなたは戦う必要なんてないし、それに……。もうあの時みたいなことにはならないから」
「……そっか」
2か月前の話になるとアテナはいつも悲しげな顔をする。そんな彼女を見ていると胸が痛い。彼女に守ってもらうためではなく、彼女に負担をかけないために、一刻も早くこの力を使いこなせるようにならねばならない。
鍛錬は早速その日の夜から始めた。俺がアテナの体に触れて実体化させ、アテナには何かしら物を持ってもらう。実体化が解ければアテナの持っていたものが落ちるため、それまでの時間を伸ばしていくという方法だ。物はとりあえず段ボール箱に入っていたスプーンを使った。基本的には向かい合って座るだけの退屈なものだが、互いに真剣そのものだった。おかげでどれほどの時間が過ぎたのか、よく覚えていないが、外はすでに真っ暗になっていた。
「……ねえ、そろそろ終わりにしない? もう遅いし、明日も朝から出るなら、早めに休んだ方がいいわ」
「んんー、成果が出るまでは続けたいんだけどな」
「体を壊しちゃ本末転倒よ。初日からうまくいくとは限らないでしょ。毎日少しずつ。ね?」
「……わかった」
今日の鍛錬でわかったことは2つ。1つは、数秒で消えたり長く続いたりとばらつきはあるが、現段階でアテナを実体化させていられるのは長くて1分少々だということ。2つ目は、実体化している時間は触れている時間に比例しないということだ。一瞬しか触れていなくても長時間維持できることもあれば、しばらく触れていてもすぐに消えることもあった。ただ、触れている間は実体が消えることはないようだ。これがわかっただけでも上出来か。アテナの言うとおり、今日はもう眠ることにしよう。
明日は霊治隊の人たちと顔合わせか。どんな人がいるのか、楽しみなような恐ろしいような――
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