第4話

「え、となにか…」


僕の左手は彼の右手を咄嗟に掴んだ。

スーパーの袋が揺れてがしゃがしゃと音を立てて、はじめ驚いた彼の表情が不審感を表すものに変わる。


「あ、チョコレート、がうちにあるんです」


「チョコレート? 」


不審感からあどけない不思議なものを見たような表情になる。

あれ、自分こんな話せない人間だったっけ、


「僕の家に、チョコレートが、君の…」

「あの、俺、チョコレートは好きだけど、誘拐するならもっとほかの選択肢が」


「ちがうよ?!」


「え?」


異世界の人の言葉かと思った。理解したら思わず大きい声を。

僕の様子にさらに首の傾きを深くすると 明らかな「この人はなんだ」と読み取れるような顔をする。


「君がこの前バスに忘れて、溶けちゃうから、」

「俺、先週チョコレートどこかに忘れちゃって、1週間分の全部パアになっちゃってすごい落ち込んだんですけど、それのことでしょうか」


僕の言葉足らずな文章を理解したのか僕と向き合って興奮気味に口を開いた。


「そう!それが言いたかった!」


「それが、お兄さんのお家にあるんですか?」


「そう!営業所行ったらファンキーになっちゃうと思って、ちゃんと冷やしてあるよ!」


癖なのかもしれない。ファンキーという言葉に首を傾けながらもさっきの不審感はどこへやら。バスの中で目が合ったときのような幼さを感じる笑みを浮かべている。

が、次の瞬間表情を曇らせた。


「あ…でも俺 これ買っちゃった…」


そう言ってまだ掴んだままだった右手を上げてスーパーの袋を示す。

何をそんなに悲しそうな顔をするのかわからない。

「それは来週のために取っておいたら?それにバスでの君の勢いだったらすぐ食べ終わっちゃいそうだけど。」


僕の言葉にそれじゃ駄目なんです。と首を横にふる。

「今日買ったのを来週に回したら、来週買ったものが再来週、再来週買ったものはその次の週…ってどんどん伸びちゃうじゃないですか。」


「それじゃ駄目なの?」

「もちろんです。新鮮なチョコレートが食べられなくなってしまうじゃないですか。」


それに…と彼は続けた。

「それに、チョコレート食べすぎて量決められちゃって、買っても食べられる数は決まってるんです。」


「…そうなんだ。」

なんかいろいろ気になるところがあるけど突っ込まない方がいいのだろう。

それはいいのだ、量が決まっていようが新鮮さが失われようがそれは彼の自由で…でも


「僕の家にあるのはどうする?」


「あ、そうですよね。ずっとお兄さんにお世話になってしまって、」


ありがとうございます、と深々とお辞儀をされる。

「いや、そんなことは全然。僕も勝手に持ってきちゃったし…ええと、いつ渡そうか。新鮮さは失われてるかもしれないけど、早いほうがいいのかな」




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緩く融ける 風上イヌ @kazacami

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