第3話


彼のチョコレートを保護してから1週間。ひと段落ついた新人研修の親睦会。やらかした新人のフォロー。その他雑用。残業する必要ねえだろってものも明日の朝までにとかなんとか言われるとやらなくてはいけない。まあつまり高校生が帰宅するような時間に帰ることができなかったのだ。この前くらいに帰られる方が珍しい。


朝からそわそわしている僕を見かねたのか先輩は泣きの演技のつもりだろうか。自分の目頭を抑えながら話しかけてきた。



「南沢ついに恋人ができたのか。デートか?いつもよりキメてるな」


俺は嬉しいよ。 と。

普段と変わらぬスーツ姿の何がキメていると思ったのかわからない。あと僕、南条 なんだけどなあ、と首にかかった名札に目をやる。

けど事情を話せば長くなるので 南条ですよ、とだけ言って他は曖昧に濁してありがたく上がらせてもらった。


あの日は早く帰れることが嬉しくてスーパーでつまみを買ったのだ。いつも買うものは決まっているから時間としたら15分もかかっていないだろう。


たしか彼の制服の高校は南口側。そして使用しているバス停は3番。バスロータリーにきたらわかるように柱にもたれる。

僕より後に並んでいたからそろそろいるはずなんだよな…

腕に嵌めた時計を見て、3と大きく書かれた柱の後ろに並んだ客をみる。





時間が来たのか目の前のバスは並んでいた客を乗せて扉を閉め、そのまま発車した。







はぁ…


無意識に口からため息がもれる。

いや、まあ必ずいるとは思っていなかったし、居たら居たで、どうしてた?

1週間前に置き去りにしたチョコレートを返されても困るだろうし、待ち伏せまでされていたら気味悪いだろう。それに今日この時間にいる保証などなかったのだ。

何故自分がこんなに執着していたのか不思議で仕方が無い。



家にあるチョコレートは処分しよう。

早く上がらせてもらったから先輩に差し入れでも買って帰ろう。




駅構内のスーパーに向かおうと振り返ると後ろから来たものとぶつかり目をつぶる。目を開けると一番に目に入った学生服。

バチッと目が合う。あ、あ、


目にかからない程度で切りそろえられた黒髪、暑い中手首で留められたボタン、しっかり締められたネクタイ。そしてその手には膨らんだスーパーの袋。



自分の顔を見て口をぱくぱくさせる男に出会ったらどう思うだろう。僕なら気持ち悪くてさっさと逃げる。

彼は僕の様子に少し首を傾けながらも口を開いた。


「すみません、大丈夫でしたか?」


自分でも不思議なくらい驚いてこくこくと頷いた。なんか、感動。

何故か僕は感動していた。

僕が謎の感動に包まれている中 軽く頭を下げて

すり抜けていく。


あ、だめだ

振り返ればまだ手の届くところに彼がいた。

「え、」




振り返った彼の顔には微かな驚きが表れていた。

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