隣り逢わせ

午後野 有明

隣り逢わせ

私は営業マンだ。

毎日毎日胡散臭い中年達に頭を下げて回るのが私の仕事である。

そんな私にもささやかな「楽しみ」がある。それは仕事の合間をぬって、一人ここの喫茶店でくつろぐことだ。


今日も私はいつもの様に、カウンターの左から二番目の席に座る。

しかし、その日の「楽しみ」はいつもと少し違った。まだ何を頼むか考えている最中の私の右隣りに、一人の女性が座ったのだ。


私はまず思った。

なんて可愛い女性なのだろう、と。

少し化粧は派手だが、その素材の良さは十二分にわかった。

そこで私はいいことを思い付いた。


『今から彼女の恋人になろう』


決してナンパなどをするつもりはないし、できるはずもない。

ただ妄想でそういうことにしてみたら面白そうだと考えたのだ。


右隣りの彼女が店員を呼んだ。


「すみません、アメリカンコーヒーを一つください」


まず私は思った。

アメリカンコーヒーなんてまずい物を頼む奴があるか!と。

しかし今私は、彼女の恋人なのである。

愛する人が好きな物なら私も愛してみせようじゃないか。


「すいません、私もアメリカンコーヒーを一つ」


あわよくばこの意図的不自然な注文をきっかけに彼女の気を引けたらなどと思ったが、そんな都合のいいことは起きなかった。


私は妄想を再開する。

まず二人で仲良くコーヒーを飲みながら今日はどこへ行こうかと話し合う。

映画館へ行こうか。美術館に行こうか。それとも彼女は買い物とかの方が喜ぶだろうか。いや、それより……


「ごめん、待った?」


見知らぬ男の声によって、私の妄想は遮られた。


「うぅん、全然。それじゃ席移ろっか」


私の彼女はその男にそう答えたかと思うと、二人仲良く奥の席へと消えて行ってしまった。


私は激怒した。それはもうどこかの主人公のように。

なんだなんだなんなんだ。彼女はこれから私とアメリカンコーヒーをたしなむのではなかったのか。


「すいません、やっぱりアイスミルクティーでお願いします」


興が冷めてしまった私は、店員にそう注文し直した。

やれやれ、まさかいつもの楽しみでこんな目に会うとは。本当に私はついてないな……。




ため息をつきながら俯く私は、結局それに気付くことは無かった。

左隣りの女性が意図的不自然に、アイスミルクティーを注文していたことなど。

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隣り逢わせ 午後野 有明 @xxxsgm

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