10.幽霊育成シミュレーション

 やあ。俺の名前は錠前新司。

 どこにでもいる普通の高校生だ。

 そうだな、俺が他の人と違うことと言えば……。

「ちょっと、錠前くん。うるさいわ」

 黒い髪がなびくこの綺麗な人は天地真央先輩。

「ごめんなさい……だって、今日ですよね?」

「そうね。もうじきやって来る時間ね」

「はぁ……やっとこの日が来ましたか。やれやれです」

「霊子さん、あなたもうるさいわ。静かにできないの?」

「すみません……」

 霊子さんと呼ばれたのは霊前霊子。ただの幽霊だ。

「ごめんさーい。遅れました」

「時計さん、お疲れ様」

 時計と呼ばれたのは俺の同級生、時計春奈だ。

「まさか水没から元の状態に戻るとは思いませんでした」

「昔のケータイは無駄に頑丈ね」

「早く、早く! 電源を入れてくれ!」

「そうですよ。私は早く成仏したいんですから」

「錠前くん、霊子さん、黙りなさい」

「「はい……」」

「錠前も霊子さんもそこに居るのね? じゃあ天地さん、お願いします」

「確かに受け取ったわ。電源入れるわよ」

 ポチッ。

「起動した!」

 時計が目を輝かせる。

「やっとこの日が来たわね」

 心なしか、先輩が安堵の表情を浮かべる。

「早く! 早く!」

 早く会いたい。

「あーあ、起動しちゃいましたね」

 これでおさらばだ、霊子。

「……こんにちは」

「どうですか、天地さん。視えますか?」

「ええ。二人はどうかしら?」

「幽子さん……幽子さんだ!」

「けっ。会いたくなかったけど久しぶり、幽子ちゃん」

 神様の幽子が実体化する。成功だ。

「……ほよ? 霊子ちゃん? 久しぶりですね。それと、錠前さん……?」

「ああ、俺だ。やっと会えたな!」

「霊子ちゃんはまだ幽霊やってたんですね。しかし錠前さん、どうしたんですか? その姿は」

「霊子さんに呪いをかけられてな……このザマだ」

「本当、長かったわ。錠前は私と天地さんに感謝しないさいよね」

「そうね。これで貸しは百八かしら」

「それは煩悩の数だ! そのネタはもうやったよ!」

「もう、本当に錠前さんは元気ですね。従姉妹ちゃんに会えたからって」

「だって! 俺達愛し合ってるんだもん! 霊子さんにこの気持ちは判らないさ」

「あのー。何で皆さん、そんなに普通に接してるんですか?」

「だって、ねぇ?」

「そうね」

「長かったですよ」

「ケータイの修理に一週間って早い方だと思うよ!?」

「だから、あの、何で錠前さん幽霊になってるんですか?」

 そう。

 俺は普通の高校生。

 人と違うことと言えば……俺は幽霊だ。



 幽子と出掛けた日、俺は誤ってケータイを水没させてしまった。

 それが原因でケータイに宿った九十九神の幽子は、姿を消してしまった。

 俺はなんとかケータイを治そうとしたが、古い部品だからとショップは修理を受け付けてくれなかった。

 やむなくケータイのデータだけを別のスマホに移動させた時、幽子より格は低いが実力は上の霊子が宿った。

 そんな霊子に呪いをかけられ、俺は霊子に身体を奪われる……はずだった。

 しかし先輩の機転のお陰で、俺と霊子は霊感の強い先輩に取り憑くことになった。

 幸い電源を入れていなかったケータイは、なんとか部品をかき集め、無事復旧した。

 そこまでは良いんだが……。

「霊子ちゃん! 何で錠前さんにき、き、キスをしたんですか!?」

「あーはいはい。ごめんなさい」

「ごめんで済むなら警察はいらないですよ!」

「そうは言ってもね、幽子ちゃん。私だって初めてだったんだから、おあいこでしょ?」

「むきー! それじゃ錠前さんのファーストき、き、キッスは霊子ちゃんになっただけで、錠前さんが得しただけじゃないですか!」

「はいはいごめんなさいって。じゃ、呪いを解除されますか。錠前さん、んー」

 俺に口唇を向ける霊子。共同生活が一週間も続けば、多少なりとも打ち解ける。

「むきー! 錠前さんいけません! 霊子ちゃんとセカンドき、き、キッスなんて! 私とは一度もしてないのに!」

「幽子さん、恥ずかしいから言わないでくれ……」

「だったら、私達はずっとこの束縛女に取り憑いたままよ? それでもいいの?」

「ぐぬぬ……」

 言いくるめられようとする幽子。ここは弁解、もとい幽子の力にならなくてはいけない。

「おいおい、いい加減に喧嘩は止めてくれよ」

「錠前さんは私の彼氏でしょ!? 何で味方してくれないんですか!?」

「あら。彼氏だって綺麗なお姉さんの方が好きですもんね」

「いや、俺は幽子さん一筋だ」

「錠前さん……」

 目を輝かせる幽子。離れ離れになっても、俺は幽子に夢中だ。

「はぁー……。幽子ちゃん聞いた? この男、あんた意外興味ないみたいよ。私も自信なくすわ」

「そ、それは嬉しいです」

「当たり前さ。幽子さんは俺の理想が形になったような人だからな」

 美形を愛する俺は、幽子さんこそまさに正義。

「幽霊ごときが神様に惚れるんじゃないですよ」

「蹴りを入れるな。幽霊ごときに説教されたくないよ」

「幽霊同士だからって、仲良くしないで下さい! 錠前さん、そんな女とは早く別れて下さい!」

「別れたいのは山々なんだが……」

「いいの? 呪いを解除する方法は、錠前さんから私にチューをしてもらうことなんだけど」

「う……さ、三年目の浮気くらい、多めに見ます……」

「浮気してないから! 既成事実だから!」

「あら、事実と認めるんですね」

「うがー! 霊子ちゃんがこんな性悪だとは思いませんでしたー! 嫌いになりそうです!」

「私も幽子ちゃんが嫌いよ。だからこの方法で呪いをかけたんじゃない」

「がーん……仲の良い従姉妹だと思っていたのに……」

「あはは。でも、身体を乗っ取る気はまだ残ってるからね。またいずれ会おう。そういうことで、錠前さん。んー」

「くっ……」

 口唇を噛みしめる幽子。俺だってあの柔らかそうな口唇にチューしてみたい。

「お、落ち着いて幽子さん。俺は幽子さん一筋だから! 信じてくれるか?」

「むむっ……それは、はい」

「じゃあ、今くらい大目に見てくれ! ごめん! 幽子さん、霊子さん」

 決してヤケになった訳じゃない。この状況を打破するために必要な行為なんだ。

 ……ちゅっ。

「おー、本当に呪いが解けた。じゃあ皆さん、さようなら」

 霊子さんが消えていく。

 終わってみればあっけなかったな。さようなら、霊子さん。

 出来れば二度と会いたくない。

「……終わったの?」

「ええ。まったく煩かったわ」

 時計と先輩がげんなりした顔をしている。俺より疲れている様子だ。

「うわーん。錠前さーん!」

「幽子さん!」

 がしっと抱き合おうとする。

 が。

「……何で幽霊のまま何ですか?」

「……あれ?」

「ああ、ごめんなさい。錠前くんの呪いは解けたけど、まだ私に取り憑いたままだから」

 先輩がしれっと重要なことを言った。

「ええ!? じゃあ俺はどうなるの!?」

「さぁ? どうしたら良いのかしら、幽子さん」

「……判りません」

「え? まさか詰んだ?」

 このまま先輩に取り憑いたままなのか?

 それはそれで悪い気もしないでもない。

 いや、それはマズいな。人間に戻りたい。

「ちょっと待って下さい。気になることが一つあります」

「何かしら、幽子さん」

「取り憑いている時、四六時中ずっと相手を見るしか能がないんですが、まさか、錠前さん……」

「し、知らない! 先輩が巨乳だってことは知らなかったんだ!」

「この浮気者〜!」

 ポカポカと俺を叩こうとする幽子だが、今の俺は無敵状態だ。

「私だけ錠前の声が聞こえないから、状況が良く判らないわ」

 一人だけポツンと見守る時計。

 時計は最後までずっと安全地帯に居た。

 憑依されやすいことを除いて。

「そうだ! 幽子さんも俺に呪いをかければいいんだ!」

 そうすれば人間に戻れるかもしれない。

「ほえ? 私は霊子ちゃんみたいに力がコントロール出来ませんよ」

「でも、座敷の爺さんへ可視化は出来たじゃないか!」

「ああ! あれですね!」

「そうだ! 俺も可視化、あわよくば元の人間に戻してくれ!」

「でもそうすると、今度は幽子さんが視えなくなるんじゃないかしら」

「げっ……忘れてた」

 そうだった。幽子の呪いは差し引きゼロの等価交換だ。

 上手くいく保証はどこにもない。

「ねえ、良く判らないけど、幽霊として成長すれば成仏出来るんじゃなかった?」

 傍観している時計だからこそ出てくる意見だ。

「それだ!」

「どれです?」

 初めて出会った頃、幽霊として成長すれば成仏出来る可能性の話をしたじゃないか。

「その手があるわね……。でも、それじゃ成仏して、さよならじゃないかしら」

「あ、成仏って消えるってことだった……四面楚歌か」

「きっと何か手はあるはずです。こう、ジョーカー的な手札が!」

「そんなものがあればねぇ」

「ないものねだりね」

 諦めムードが漂う。

 何かないか。

「ほっほっほ。ワシの役目かの」

「その声は爺さん!」

「え? 何?」

「俺にしか聞こえないのか? 今、座敷のじいさんが俺に話しかけてきた」

「そうじゃ。お主にしか聞こえんわい。霊子め、ワシを封印するとは力をつけたものじゃのう」

 まさか顔見知りだったのか? 精霊、幽霊、神様の世界って、世間狭いな。

「ほっほっほ。では、ジョーカー的なワシが助けてやるとするかな」

「流石爺さん! 恩に着るよ!」

「ええんじゃ。本当はもう出てくるのはちと違反なんじゃがな。どれ、ちちんぷいぷいのぷい」

 ボワッ。

「錠前さん!」

「錠前くん!」

「錠前〜!」

 幽子と先輩を押しのけ、時計に抱きつかれる。

「良かった〜。私だけ姿も声も聞こえなかったんだよ〜! うわーん!」

「俺も会いたかったぞ、時計! いい匂いさせやがって、ぐすっ!」

「ほっほっほ。やはり幽子より娘さんの方が上手くいくじゃろうて」

「……錠前さん」

「……錠前くん」

 感動の再会は、台無しとなった。



 人間に戻ることが出来て七月中旬を迎えた。

 期末考査が終わった。

 そう、終わった。俺と時計の人生が。

「結局二人とも目標に届かなかったわね」

「ああ……」

 高め合うはずの二人は、あえなく撃沈してしまった。

「げ。先輩一位だ」

「本当、天地さん何者よ……」

「あら、ご機嫌如いかがかしら。時計さん、錠前くん」

「うわっ」

「天地さん、こんにちは……」

 出たな、妖怪女狐。

「ふふ、どうして怯えているの? 誰も獲って食べたりしなわよ」

 奴隷確定してしまった今、萎縮するのは仕方ないだろう。

「じゃあ約束ね。時計さんは私に毎日抱きつくこと」

「え? それだけですか?」

「おい、時計の感覚は麻痺してるぞ」

「それくらい別にいいわよ。あー良かった。無理難題を押し付けられたらどうしようかと思った」

「そんな鬼畜なことを強要すると思っていたの、時計さん。少しショックだわ」

「いやー、ははは。錠前にはどうするんですか?」

「錠前くんは、私に毎日ハグすること」

「え? 良いんですか?」

 やったぜ。

「ちょっと、それって錠前にとってご褒美じゃないの……」

「その通りです時計ちゃん。何を企んでるんですかこの根暗女ー!」

「うお、幽子さん!」

「出たわね神様」

「もー、突然現れるとびっくりするじゃない」

 もう慣れたけどな。突然現れるクラス不明の美少女と噂になっている。

「錠前さんは鼻の下を伸ばさないで下さい!」

「最悪」

「幽子さんも時計も厳しいな……」

「いいのよ錠前くん。あなたの理解者は私だけで良い。そうよね」

「は、はい」

「はいじゃありません!」

「本当、最悪……」

 二人とも俺に対して当たりがキツイなぁ。

「私という彼女がいながら時計ちゃんに色目を使うわ根暗女をイヤらしい目で見るわ、自覚してないんですか!?」

「嘘!? そんなことないよ!?」

「……ま、まぁ、一理あるかも」

「私なんて毎日視姦されていたんだもの。でもしょうがないの。男の子として当然よね」

「むきー! まったく誰のせいでこんなことになったと思っているんですかー!」

「幽子さんの従姉妹だろ。先輩と時計は俺達を助けてくれたんだぞ」

「うっ……時計ちゃん、ありがとうございます」

「い、いいのよ。私は大したこと出来なかったし」

「あら、私にも礼くらいあってもいいんじゃないかしら」

「うっ……どうもです」

「ふふ……。素直じゃない子って可愛がりたくなるわ」

 先輩のドSセンサーが反応してる。

「終わり良ければ全て良し。これにて一件落着だ」

「錠前さんは一人で勝手にシメないで下さい!」

 ……。

「たっだいまー」

「お帰り、美希ちゃん」

「本当に居るー! もう、心配したんだよー」

 よよよと泣き崩れる姉ちゃんには心配をかけた。

 俺が幽霊となっていた一週間は、先輩の家で期末考査に向けて勉強会として泊まり込みをしていたと、予防線を張ってもらった。

「ほらほら、ごめんね。でも、先輩は期末考査学年一位だったんだよ! 流石先輩だよ」

「一位!? そんな数字って本当に取る人いるのね……」

 姉ちゃんは成績は下の下だ。学年一位なんて雲の上の存在だろう。

 俺にとっても、誇らしい先輩だ。

「あの子は? 時計ちゃん」

「時計は百一位だった」

「すごーい! もうちょっとで二桁じゃん!」

 そう、実に惜しかった。もうちょっとで時計の言いなりになるところだった。

 でも結局は外道に走らない、真っ直ぐで憧れる同級生だ。

「で? 新ちゃんは何位だったの?」

「……五十位」

「前回より落としてるじゃない! どうして!?」

「まぁ、予想が外れたと言いますか……」

 試験前一週間も授業に出られなかったんだ。

 授業中に覚える派としては頑張った方なんだけどな。

「それでも立派は立派よー。ほらほら、久しぶりなんだから今日はお寿司を取ろー!」

「いいの?」

「いいのいいのー。もしもーし」

 最初から最後まで俺に甘い、自慢の姉ちゃんだ。

「ふふ、久し振りだねー。ああ、新ちゃん新ちゃんー」

「こら、抱きつくな 後で怒られる!」

「……誰に?」

「……世間?」

「そんなものは敵ではないのだよ新ちゃん。私たちは一生離れられない運命にあるのだー」

 仲が良いって素晴らしいよな?

 ピンポーン。

「あ、お寿司来たー! はやーい!」

「うわ、美味しそう」

「今日は宴だー。飲め食え新ちゃんー!」

「いただきます」

 久しぶりに食う飯は本当に美味かった。

 ……。

「ほら新ちゃん、今日は片付けないんだから一緒にテレビを見るべし」

「はいはい。美希ちゃん、狭いって」

「いいじゃなーい。ギュウギュウの方がなんかいい感じー」

「それも、そうかもな」

 もう姉ちゃんとは喧嘩なんてしないだろうなと、そんな予感がした夜だった。



「ほら、幽子さん。ちっぽけなものだろう?」

「おー、居ますね。ガラの悪いテキ屋に、ぼったくりのくじ引きが」

 俺と幽子さんはいつぞやの公民館に来た。

 今日はお祭りだ。

 いつもは閑散としているこの広場も、近所の子供が集まり賑わいを見せる。

「いいなー。綿飴。焼きそば。かき氷。私も食べて一緒に楽しむことが出来たら良いのに」

「この雰囲気だけでも十分だよ。子供が笑顔で、つられて大人も楽しんでいるじゃないか」

「兄ちゃん姉ちゃん、どうだいヨーヨー釣り」 

「金魚すくいもあるよ。記念にやっていかないか?」

 子供と大人しかいないお祭りなので、俺達は目立っていた。

「金魚……」

「う、その節はごめんなさい」

 水族館に行ってケータイを水没させてから、魚類は苦手のようだ。

「それですよ錠前さん」

「どれですか幽子さん」

「私はケータイに宿った九十九神です。ケータイが壊れると、私は存在出来ません」

「そうみたいだね」

「いずれ、そのケータイも壊れるでしょう。でも、大事にして下さいね」

「そんな、今すぐ別れるようなこと言わないでくれよ」

「私、嬉しかったんです」

 幽子が一歩、俺の前を歩き出す。

「大量消費の世界で、錠前さんはそのケータイを大事にしてくれました。私はそれを嬉しいと感じたんです」

 歩調はゆっくりだ。

「だから、私はあなたに出会うことが出来ました」

 辺りの子供につられて笑顔を見せる。

「そして、幸運にも私たちは結ばれた。これは、奇跡だと思います」

 手を振る子供に応える。

「だから、怖いんです」

 歩みが止まる。

「いつか、また別れる日が必ずやって来ます。私は、それがたまらなく怖いです」

 星のない空を見上げる。

「どうしましょう?」

 もう自然な笑顔じゃない。

「俺には何も出来ない」

「そうですよね。人間と神は、結ばれてはいけないんですかね」

「だから、幽子さんに頑張ってもらうしかない」

「私ですか? 何をです?」

 ずっと考えていた案を提案する。

「俺に呪いをかけてくれ」

「どんな呪いですか?」

「俺を、神にしてくれ」

「……はい?」

 すっとぼけたことを言っているのは自覚している。

「幽子さんの呪いは差し引きゼロだ。俺を神にすると、幽子さんは人間になる」

「それは……そうなりますかね?」

「理論的にはそうなる。神と人間という立場を等価交換するんだ」

 神である幽子が俺を神に仕立てあげると、神だった幽子は人間に堕ちる。

「そうだとしたら、逆の立場になるだけです。今度は錠前さんが苦しむことになります」

「そうはならないさ」

「どうしてそう言えるのですか?」

「その時は、俺が幽子さんに呪いをかける」

「……あ」

「判ってくれたか? 永遠に、立場を交換し続けるんだ。そうすれば、お互いの苦しみは五分。差し引きゼロだろう?」

 何もかも二人で分け合う。俺達だからこそ出来る芸当だ。

「なるほど。頭良いですね」

「だろう?」

「でも……それは出来ません」

 即答で却下されるとは思わなかった。

「何故?」

「理由は二つあります」

「教えてくれるかな」

「さっきも言いましたが、私はケータイに宿った神です。いずれ壊れます。その時、私は存在しません」

「やっぱり、そうなるのか」

 座敷の爺さんの言葉を借りれば、形あるものは土に還るということだ。

「そうです。だから、永遠は存在しません」

 確かに幽子の言う通りだ。俺達は有限の存在。人間も、神である幽子でさえもだ。

「もう一つの理由は?」

「私は、錠前さんに呪いをかけることが出来ません」

「どうして?」

「今まで、憑依しようとしました。でも、出来ませんでした。ポルターガイストで浮かそうとしました。でも、出来ませんでした」

「そうだったね」

「それは、錠前さんを傷つける恐れが大きいからです」

「俺を傷つける?」

「はい。こうやって触ることは出来ます。それは、二つに比べて危険度が小さいからです」

 幽子が俺の胸に手を当てる。

「憑依やポルターガイストは危険です。最悪、命を奪いかねません。あはは、時計ちゃんには悪いことをしました」

「危険なことは検証しただろう? それに、害を加えることはしないって約束したじゃないか」

「はい。私は、その時から、あなたのことが好きだったのです」

「……」

 幽子から見たら間抜けな顔をしていたのだろう。幽子はふふっ、と、はにかむ。

「あなたのことが大好きだったから、危害を加えるようなことは何一つ出来なかったんです。今、やっと判りました」

「幽子さん……」

「えへへ、恥ずかしいですね。私からの告白、どうですか?」

「あの時は、そんなことは考えていなかった」

「ですよね」

 えへへと照れ隠しをする。幽子に困り顔は似合わない。

「でも、惹かれていたことは事実だ。きっと、今の関係があるのは、あの時から決まっていたんだ」

「そうだと、嬉しいです」

「ああ。幽子さん。改めて言う。愛してるよ」

「私も、錠前さんを愛しています」

 俺達は、世界で一番幸せなキスを交わした。

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幽霊育成シミュレーション シキナ @syunkasyuto

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