09.影踏み

「遅刻するー。わー」

「ああ、もう、ほらパン」

「ありがとー。ひっへひはーふ」

 六月下旬になり、梅雨入りした。

 連日の雨と幽子さん不在の日常が当たり前となった。

 だが諦めない。きっと蘇る方法はあるはずだ。

 ……。

「おはよう、錠前」

「おはよう、時計」

「来月には期末考査だね」

「そうだったな。そんなものもあったな」

「何よ。まさか約束を忘れたんじゃないでしょうね」

「約束? 何かしたっけ」

「目標達成出来なかった方は、何でも言うことを一つ聞く」

「……あったな」

 正直自信ない。

 勉強する気なんて湧かない。

「腑抜けてるわね。私が知ってる錠前はそんなだらしくないわよ」

「時計が知っている俺ってどんな風に映ってた?」

「そうね。前向きで自信たっぷりで、自分を見失うことがない」

「……恥ずかしいな」

「あ、ナルシストも追加で」

「台無しだな!」

「あはは、そうよ。そんな感じ」

「どんな感じ?」

「だから、そんな感じよ」

「うーん、イマイチ判らない」

「自分のことって、客観的に見えないじゃない。そんなもんよ」

「そうか……そうかもな。ありがとう時計。ちょっと元気出た」

「そう。なら、良かったわ」

 明後日の方向を見て誤魔化す時計。

 慣れないながらも励ましてくれるのが時計だ。

 本院に直接言わないけど、毎日相手してくれてありがとな。

 ……。

 今日の放課後は理科準備室には向かわず、街に出た。

 ケータイを買った電化製品店だ。

「すみません」

 店内を見まわっていた中年の男性に声を掛ける。

「いらっしゃいませ。いかがなさいましたか」

「先日、こちらでケータイを購入させて頂いた者で」

「それはありがとうございます。何か不具合でもありましたか?」

「実は、ケータイを水没させてしまいまして。ショップの方には修理不能と言われました」

「それはご不幸でしたね」

「僕の落ち度なのでしょうがないです。これ、なんとか復旧させる方法をご存じないですか?」

「そうですね……。この機種でございましたら、やはり修理は難しいと思われます」

「そうですか」

 希望が一つ消えた。

「しかし、データの復旧なら可能かもしれません。良ければ診断させて頂きますが」

「本当ですか!? しかし……いや、出来るなら診て頂けますか」

「かしこまりました。こちらへどうぞ」

 通されたところはサービスカウンター。

「アドレス帳や個人データは他の端末に移せそうですね」

「本当ですか!?」

「ええ」

 しかし、本当に良いのだろうか。

 もしこのケータイ自体に幽子の全てが詰まっているなら、それは一部を撤去することになるのではないだろうか。

「……お願いします。このスマホにデータ移動可能でしょうか」

「かしこまりました。十五分程で完了しますので、暫くお待ち下さい」

 待ち時間に店内を見渡す。

「ここで初めてスライド式ケータイを見つけたんだよな……」

 今はもうスマホばかりで、ガラケーは陳列していない。

 そうだよな。二ヶ月前だってガラケーは数えるほどしか置いてなかったんだから。

 ここに売却してくれた人に感謝だ。

 誰か知らないが、大事に使ってくれてありがとう。

 幽子さんに出会わせてくれてありがとう。

「お待ちのお客様、作業完了いたしました」

「ありがとうございます」

 スマホを受け取る。

 辺りに異変はない。

「やっぱり、無駄だったか」

「こちらのケータイ、いかがなさいますか?」

「持ち帰り出来ますか?」

「判りました。では、お返しします。ご利用ありがとうございました」

 辺りを見回すが、幽子はいない。

 やはりケータイに宿った九十九神なら、本体が壊れると本人も消えるのだろうか。 

 いや、まだ決まった訳じゃない。何が何でも、もう一度姿を現してもらうぞ、幽子。



「たっだいまー」

「お帰り。今日は豚バラの味噌炒めにしたよ」

「おー、美味しそう。頂くとしますか」

「こらこら、ここで脱がないの」

「いいじゃなーい。姉弟二人っきりなんだからー」

「良くないよ! だからブラコンなんて言われるんだよ!」

「ん? 言われたことあったっけー?」

「……いや、何でもない。着替えたらテーブル片付けといて」

「あいあい」

 姉ちゃんの態度は春に戻ったような気がする。

 だらしない、ぐーたら、甘えると三拍子そろった姉だ。

「いっただきまーす」

「はい、いただきます」

「新ちゃん聞いてよー。あの女、錠前さんは自立できてないですね、なんて言うのよー」

「いつもの上司さん? 的を得ているじゃないか」

「新ちゃんまでそんなこと言うー? これでも二人暮らしで立派に自立してるって言うのに」

 どこが自立してるって?

 朝は起きない、食事は用意しない、家事全般出来ないこの人が心配だ。

「今私の将来が心配って思ったー?」

「とんでもございません」

 たまに俺の考えていることを当てる姉ちゃんだ。

 ん? 考えていることを当てる?

「ご馳走様でした。美味しゅうございました」

「それはどうも」

「新ちゃん、将来私の料理人になりなよー」

「専属シェフですか。月給二十万?」

「給料は出ないよー」

「労働法違反じゃん!」

「世の中にはブラック企業の皆さんの頑張りで回っているんだよー」

 そんな世の中はごめんだ。

 俺が社長なら社員に出来る限り還元したい。

「でも美希ちゃんの会社はまともだよね。残業代も出るし、ボーナスだって四ヶ月分だろ?」

「そんなの当然よー。もっと上を目指せ若者よー」

 今の御時世、それだけでもありがたいもんだ。

「でも、もう高校二年なんだから進路は考えておきなさいねー」

「うん」

 まともなことも心配出来る立派な姉ちゃんだ。誰だ、だらしないなんて言ったのは。

 ……。

 夜も二十三時を過ぎ、自室で一休みする。

 スマホを操作する。本当にアドレス帳や写真が移動されている。

 あ、これは水族館に言った時の写真だ。

「……」

 そこには俺が一人だけ写っていた。

 そんなことってありかよ。

 どうせなら、俺の記憶からも消えてくれれば良かったのに。

 ヴーヴー。

 スマホがメールを着信する。

『こんばんは』

 差出人が文字化けしているが、本文は日本語だ。

 こ、これはもしかして?

『こんばんは。幽子さんか?』

『違う』

 期待が一瞬にして打ち砕かれた。

『あなたはどちら様ですか?』

『幽霊』

 このやり取りには心当たりがある。幽子の他にこんなパターンがあるはずがない。きっと幽子がからかっているんだ。

『姿を現すことが出来ますか?』

『いいよ』

 ボワっ!

「……幽子さん! 会いたかった!」

 紛れも無い、幽子だ。

 抱きつことしたが、空を切った。

「いきなり抱きつこうとするなんて、変態さんですか? それに驚かないんですか?」

 声は幽子そのものだが、トーンが低い。

「幽子さんじゃないの?」

「誰ですか? それは」

「俺の彼女」

「ぺっ」

 タン吐いたよこの幽霊。

「私は幽霊です。驚いてもらわないと、やりがいがありません」

「わー、びっくりした」

「棒読み過ぎて呆れますね」

「このメール、きみから?」

「そうです。何故かメールが通じました。姿も簡単に現すことが出来ました」

 きっと幽子の紛い物に違いない。

 やった、やったぞ!

「俺は錠前新司と言います。あなたの名前は?」

「名前なんてありません」

「仮に、名前をつけても良い?」

「それは必要なのですか?」

「うん。人間社会には名前が必要だ」

「そうですか。ご自由にどうぞ。私としては、こんな状況になるなんて思いもしませんでしたから、どうでもいいです」

「じゃあ、幽霊さん」

「そのまんまですね。せめて花子さん並のネームバリューが欲しいです」

 ああ、幽子に間違いない。

「じゃあ、幽子さん」

「古くさ。さっきも言ってましたが、何ですか、幽子って」

「え? お気に召さない?」

「せめて霊子さんでしょう。その方が可愛いです」

 終始テンションが低い幽子だ。いや、霊子だ。

「じゃあ、霊子さん」

「何ですか錠前さん」

 幽子の声で俺の名前を再び呼んでくれるとは、感極まる。

「よろしく」

「何がよろしくですか。判っているんですか? 私はあなたに取り憑いた幽霊ですよ?」

「具体的には何をするの?」

「そ、そりゃあ……不幸に陥れます」

「霊子さん、それは無理です」

「何故です?」

「この家には座敷わらしが住んでいる。俺は不幸にはならない」

「座敷わらし? さっき逝去しましたよ」

 な、何だと……?

「ふふふのふ、そんな恩恵に頼ってたんですね。あなたは運が悪い。これからとんでもない不幸が振りかかるでしょう」

 幽子の形をした霊子が、不気味に笑って呪いの言葉を吐いた。



「わー! 遅刻するー!」

「もう! 先週までの余裕はどうしたんだ! 今週ずっとギリギリじゃないか!」

「だってしょうがないんだもーん。何か気が乗らないっていうか、緊張が溶けたっていうかー」

「あ、ちなみにさ、これ、視える?」

「ん? カレンダー? 前にも言ってたような気がするけど、何かあるの?」

「……いや、いい。ごめん、邪魔したね」

「いいよー。じゃ、行ってきまーす」

「気をつけてね」

「仲が良い姉弟ですね」

 朝起きた時から霊子は居た。

 姉ちゃんには視えていないようだ。

「霊子さん」

「何ですか錠前さん」

「俺にしか視えてないの?」

「取り憑いたのはあなたですからね。他の人には視えないでしょう」

 幽子と違ってはっきり答える。

 どうやらバカじゃなさそうだ。

「はぁ……生殺しだ」

「ほう。生殺しとは良い表現ですね。錠前さんは死んだも同然です」

「……そういう意味で言ったんじゃないんだけどね」

「ではどういう意味ですか?」

「幽霊には判らない人間の機微ってもんだ」

「教えて下さい。何が不満なんですか?」

 幽子の姿をした幽霊に取り憑かれることが、だ。

 しかしこれはきっと幽子を取り戻すチャンスだ。

「早く答えて下さい。私は短気なんですから」

「……俺の心が読めたりしない?」

「そんなこと、神様でもない限り無理じゃないでしょうか」

「幽霊が神様を信じるんだ」

「私達の間ではどっちも似たようなものですからね。心が読めないから幽霊って分類なんです」

 この子は賢い。

 どこぞのバカ神と違って身分を弁えていて、話が通じる。

「ははは」

「何が可笑しいのですか、錠前さん」

「いや、やっぱり幽子さんだなーって」

「その名前で呼ぶの止めてくれませんか? 無性に腹が立ちます」

「幽霊でも怒るの?」

「幽霊は怨念の塊ですからね。恨みは専売特許です」

「……ごめん」

「判れば良いんです」

 判ればいいのか。なんて都合の良い幽霊だ。

「ちなみに霊子さんは悪霊の類?」

「いいえ。私はただの浮遊霊です。力はありません」

「じゃあ、俺を呪うことも出来ないんじゃないの?」

「そうですね。その時になってみないと判りません」

 なんじゃそりゃ。そんなのアリ?

「って、俺も遅刻する!」

 こんな話に付き合っていることが不幸の始まりなんてないよな?

 だって、楽しいんだから。

「げっ。傘に穴が開いてる」

 梅雨はもう少し続きそうで。傘は手放せいない日が続いている。

「ふふふのふ、不幸ですね」

「確かに不幸だが、規模が小さいな……」

 ……。

「おはよう、錠前」

「おはよう、時計。いつも気になってたんだが、いいか?」

「何?」

「本、何読んでいるの?」

「これよ」

 著者は知っている。日本でも大○宮と言われる大御所の一人だ。

「ふーん。趣味?」

「まぁね。最後の最後に伏線を回収する様が好きよ」

「今の、最後だけもう一度言って?」

「? 回収する様が好き」

「最後の一言だけ」

「何を言わせたいの?」

「いや、ごめん」

「錠前、なんだか感じ戻ったわね」

「そう?」

「うん、元気が戻った感じ。良いことでもあった?」

「まぁな。何とかなりそうだ」

「ちぇー。そのまま沈んでいてくれたら勝負は判らなかったのに」

「勝負? 期末考査か? ふふん、俺は負けないぞ」

「私だって負けないわよ」

「……ちなみに、両者とも勝った場合と負けた場合は」

「……天地さんの一人勝ちね。腑に落ちないけど」

「時計頼む! 負けてくれ!」

「嫌よ! 可能性は私の方が高いんだから、錠前が諦めなさい」

「俺は諦めない!」

「私だって!」

「……俺達、頑張っているよな」

「そうね。賞品横取りの可能性を考えなければね」

 二人して息をつく。

 でも、こうやって張り合う相手が居るのは良いことだ。

 自分を高めてくれる。

「何の勝負ですか?」

 霊子がしゃしゃり出る。

「……」

 学校では相手にしないことにした。

「う、無視する作戦ですか。地味にヘコむ攻撃です」

 幽霊は皆、寂しがり屋なのかもしれない。

 違う形で出会えたら友達になれたかもしれないのになぁ。

 ……。

 昼休みになり、いつもの教室や食堂と違い、人気のない体育館裏に来た。

 霊子さんに訊きたいことがたくさんある。

「霊子さん」

「何ですか錠前さん」

「俺と居て楽しい?」

「楽しい訳ないじゃないですか。誰が好き好んで幽霊やっていると思っているんですか」

「それだ。何で自分が幽霊だと思う?」

「こんなことが出来るからです」

 霊子が手を振る。

 その先の樹の枝の葉が揺れる。風が吹いたようだ。

「……それはポルターガイストってヤツか?」

「そうです。ただの偶然だと思いますか?」

 腕を前に突き出し拳を作る。

 目の前の石が粉々になった。

「信じました?」

「……半分くらいかな。手品の線もある」

「そうですか。では、これではどうです?」

 霊子が俺の肩に手を置く。

「!?」

 急に目眩がした。

 同時に、霊子が消えた。

「今、あなたに憑依しました。身動きできないでしょう?」

 どこからか声が聞こえる。

 意識が消えかける中、身体が動かない。声も出ないことを感じた。

 すうっと霊子が現れる。

「このまま乗り移って私が死のうとすると、あなた死んでしまいますよ」

 急に汗が噴き出る。恐ろしいことが起きている。

「……死のうとするとって、霊子さんはこれから死ねるの?」

「……死ねませんね」

「だよな、もう死んでいるもんな」

「そ、それはそれ。これはこれです」

 何か穴がありそうだな。

「何ですかその目は。気に入りませんね」

「何か攻略法はないかなと思ってね」

「まだ余裕があるようですね。では、これで本当にあなたは死にますよ。試してみます?」

「死にたくはない」

「そうでしょう」

「死なない程度に試してくれ」

「いや、死にますって。命は大事にしましょうよ」

「だから、加減してくれと頼んでいるんだ」

「最悪の呪いですよ。いいんですか?」

「死なないなら」

「……ほ、本当に良いんですか?」

「死なないよな?」

「……た、試してみましょうか」

 自信なさそうだ。きっと大丈夫だ。

「判った。やってくれ」

「……うぅ、本当の本当ですか?」

「そこまで出し惜しみされると気になるだろ? 腹は括ったよ」

「……嫌です」

「何で!? さっきまでの上から目線は何だったの!?」

「あーもう! 判りましたよ。死んでも知りませんからね!」

 霊子が俺に接吻をする。

「……」

「ど、どうですか」

「……」

「ほら、死にましたね」

「お、お、俺の初チューがあああああ!」

「え、え? 初めてだったんですか? それは悪いことを……って、おあいこです」

「幽子さんともまだだったんだぞ! どうしてくれる!」

「だから死ぬって言ったじゃないですか」

「そういう意味かよ!」

 殺される。幽子に。

「私も初めてだったんですからね。ありがたく思って下さい」

「それはありがとう」

「ど、どうも」

 二人して顔を赤くしてソッポを向く。

「……で?」

「で、とは?」

「終わり?」

「まさか、続きを要求されるとは思っていませんでした……」

「違うわい! 幽霊って確信できることは、以上からか?」

「はい。今、ちゅ、ちゅう……と共に、呪いをかけました。それが実ったら証明終了です」

「の、呪い? どんな?」

「私は神様じゃないので即効性はありませんが……あなたの身体を私がもらいます」

「……俺の身体が欲しいのか?」

「出来れば可愛い女性が良いですね」

「そうだな。賛成だ」

「錠前さん、状況が飲み込めてないようですね。私に身体を奪われると言っているんですよ」

「それなら、さっきも試したじゃないか。霊子さんが出て行ってくれれば身体の自由は戻る」

「それが、呪いは別です。もう私の力ではキャンセル出来ません」

「私の力では? 呪いを返す方法はあるんだな?」

「あるにはあります。けど、錠前さんは確実に死にます」

「どっちにしろ俺は終わりなのか……せめて、期日と呪いを返す方法を教えてくれ」

「……私と同じ方法をとれば、呪いは返せます。期間は数日でしょう」

 私と同じ方法? それって……。

 ……。

「こんにちは」

「どうも」

「いらっしゃい。時計さん、錠前くん」

「勉強の邪魔してすみませんね」

「いいのよ。二人と話すとストレス解消になるわ」

「いつの間にか私まで加えられてる……」

「はい、時計さん」

「ありがとうございます」

 いつものように紅茶で持てなしてくれる。

「はい、錠前くん……?」

「ありがとうございます……どうかしましたか?」

「……先日よりはっきり視えるわ。ぼーっとした無表情の幽霊が」

「ひっ……」

「時計、大丈夫だ。暗幕戻すから」

 やはり先輩には視えるようだ。

「この既視感何かしら。以前からずっとこれを見ていた気がするわ」

「この人、私に挨拶してくれた人ですね。こんにちは」

 何? 挨拶なんてしたか?

「錠前くん。あなた、取り憑かれているの?」

「やっぱり先輩だ! 俺、あなたが居てくれて本当に良かった!」

「ど、どうしたの? 時計さんの前で告白は、少し照れるわね」

「や、やっぱり錠前と天地さんって……」

 今まで何度も間違いだらけの関係を指摘されたが、事実無根だ。

「ごめんなさい錠前くん。私、時計さんを悲しませることは出来ないわ」

「判ってますって」

 だってデジャヴだもん。

「随分仲がよろしいようですね。私も加わりたいです」

 霊子が思いもよらないことを口走る。

「先輩。ちなみに、俺はコイツの声も聞こえます」

「何ですって? 声が聞こえる?」

「はい。先輩にはボヤッと突っ立った幽霊がぼんやりと視えるだけでしょう?」

「ええ、その通りよ。よく判るわね」

 まさか、幽子が実体化する前に先輩が視ていたのは、幽子じゃなくて霊子だったのか……?

 じゃあ、幽子と霊子の関係って何だ?

 その関係性を紐解けば謎が解明しそうだ。

「この幽霊、霊子さんって呼んでるんですけど、仲間に加わりたいそうです」

「ちょっと錠前さん、そんなカミングアウト伝えなくていいです」

「私達の仲間、と言ってもねぇ……錠前も冗談が上手くなったものね」

「待って、時計さん。錠前くんの言っていることは本当かもしれない……」

「真面目に対応しなくていいですよ」

「そういう訳にもいかないわ。私、霊感が強いのよ。そこに、何か居るもの」

「ひっ……」

「時計、大丈夫だ。何も力がない、ただの幽霊だ。怖くもなんともない」

「幽霊って時点で怖いでしょ!」

「あの暗い女はともかく、この時計ちゃんは可愛いですね。是非仲良くなりたいです」

 幽子と似たようなことを言ってる。

 やはり似た者同士……同一人物? 二重人格なのか?

「じゃあ、お近づきの印に、握手でも」

「天地さん……止めておいた方が良いですよ」

「大丈夫、大丈夫。怖くないわよ」

 手を差し出す先輩。

「けっ」

 それを払いのける霊子。コイツ、意地が悪いな。

「やっぱり、ただボーっと立っている姿しか視えないわね……」

 良かった、決裂するには早い。

 霊子だって、素直じゃないだけだ。

「そうだ、時計。試しに俺を写真に撮ってくれないか? 幽霊らしきものが写ったら面白いじゃないか」

「そ、そんなことあるわけないでしょ。……ま、信じてないからそれくらい良いけど」

 パシャ。

 時計のスマホが俺を切り取る。

「どう?」

「うーん、何も写ってないと思うけどなぁ。天地さんはどうです?」

「……何も写っていないわね。錠前くんも」

「え!? 見せて」

 時計が撮った写真は、確かに俺が一人座った姿が写っている。

「写ってますよ。天地さんまで冗談は止めて下さい」

「この根暗女、感度ビンビンですね。私の力が強まる予感がします」

 幽子と似たことを言う。

「……なぁ、俺のスマホでもう一回撮ってみてくれない?」

「はいはい。何度やっても同じと思うけどね」

 時計に俺のスマホを手渡す。

「……ふふふのふ」

「はっ!?」

「どうしたのかしら?」

「この身体は頂きました……。さようなら……」

 ダッシュで教室を出る時計、中身は霊子。

「おい、待てっ」

「あたっ」

 ドア下のレールで躓いた。

「こら、逃げるな」

「うう……。人間の体は重いです。この子体重ピーですかね」

 チョップ。

「いたっ」

「錠前くん、これは何の茶番かしら?」

「どうやら、時計に霊子さんが憑依したみたいです」

「憑依したみたいですって、あなた随分冷静なのね。私は呆気にとられたわ」

「以前に、似た光景を見たことがあるもので」

「似た光景……?」

 ……。

「あたた……なにも縛ることはないじゃないですか。この束縛女」

「あら。緊縛は女が身に付けるべきテクニックの一つよ」

「すげーマニアック……」

「錠前さんはヨダレ垂らしてないで、助けて下さい。この身体に傷がついてもいいのですか?」

「うっ……それはダメだ」

「だったら、早く解いて下さい」

「それもダメだ」

「はいっ!?」

「先輩、尋問をお願いします」

「ふふ……。幽霊さん、一度お話してみたかったわ……」

「錠前さん、この束縛女怖いです」

 幽霊が人間に怯えてるよ。

「ああ。俺も怖い」

「ちょっ、何ですかそれ! 助けて下さーい!」

「大声を上げても無駄よ。ここは部活棟とは反対側の四階。声は届かないから喘ぎ放題よ」

「喘ぐって何ですか!? マジやべー。この束縛女マジやべー」

 時計はそんなこと言わない。

 だが喘ぎ声は聞いてみたいもんだ。男として。先輩、お願いします!

「錠前くん、少し席を外してもらえるかしら?」

「はい!?」

「この子と二人で話をしたいの」

「待って下さい。俺にも話を聞く権利はあると思いますが」

「そうね。でも、これはお願いよ。ダメかしら」

「一つ、貸しです」

「ええ。判ったわ」

 お、得した。

「……では、二十分程で戻ってきます」

「いい見積時間ね」

 クスっと不敵な笑みを浮かべる。

 察しが良すぎだろう。この人は絶対敵に回さないでおこうと誓った。

 ……。

 ここからはグラウンドが見える。

 大会を控えた運動部は、一生懸命に練習をしている。

 俺が足を故障しなければ、勉強に打ち込まないであそこに居たのかなぁ。

 ボーっとグランドを眺めて時間になった。

 そろそろ良いだろう。

 コンコン。

 返事はない。

「失礼します」

 理科準備室に入ってまず目に入ったのは、時計が泣いていた。

「どうしたんだ? 時計か? 霊子さんか?」

「時計さんよ。一つ、結論が出たわ。でも、錠前くんに謝らなくてはならないの」

「何をです?」

「彼女の下着、何色だと思う?」

「は!?!?」

「ちなみに私は黄色よ。これで貸しはチャラね」

 さっそく貸しを返された。

「いや、はい。まずは、えっと、はい。……え?」

「だから、彼女の下着は水色だって言ってるのよ」

「先輩は何を確かめたんだ!」

「これで貸し一つね」

「いや、待って下さい」

「何かしら」

「二つ、確かめなければなりません」

「証拠なら、ほら」

 先輩は時計のスカートを捲くろうとする。

「うぅ……ぐすっ……」

「判りました。判りましたので、止めてやって下さい」

「そう? 折角なんだから確かめなくちゃ」

「泣いてるんですよ!? そんな鬼畜なこと出来ますか!」

「じゃあ、泣いていない私なら良いのね? ほら、確かめて良いわよ」

「と言われましても……」

「まったく、とんだチキンね。幽子さんはこんな男のどこがいいのかしら」

「チキンとは失礼……って、今幽子さんって言った!?」

「ええ。全て思い出したわ」

「それって……やった! でも、どうしてです?」

「それは……霊子さんは私に取り憑いてもらったからよ」

「何ですって?」

「それしか方法がなかったの。ごめんなさい」

「方法って……どうしてですか? 説明してくれないと判りませんよ」

「その必要はないわ」

「納得できません!」

「だって……こまままだとあなたは、幽子さんのことを忘れてしまうから」

 考えてもなかった結論を突き付けられた。

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