08.さよならは突然に

「よし、総合二十八位だ!」

「すご。本当に名前載ってる」

 六月中旬になり、昼休み。

 中央掲示板に中間考査の結果が発表された。

 上位三十位以内の成績は掲示板に発表される。

 とうとう三十位を突破できた。俺ってやれば出来るじゃん。

「私は総合百番台だったわ……」

「それでも学年四百人くらいなんだ。平均よりずっと上じゃないか」

「錠前や天地さんが近くにいるとね、もっと頑張らなくちゃって思うのよ」

 貶してるのか、褒めてるのか判らない。

 ん? 先輩?

「先輩って頭いいのか? 志望校E判定って言ってたぞ」

「何言ってるのよ。三年の順位見てみなさいよ」

「三年……」

 ケツから名前を追うが、見当たらない。

「ないじゃないか」

「もっと上よ」

「んー?」

 更に名前を追う。やっぱり見当たらない。

「げっ」

 総合三位に天地真央の名がある。

「三位!? 嘘だっ!」

「本当よ。私が知る限り、天地さんは上位五位から落ちたことないわ」

 まじで? そんなに頭良いなら何でE判定なんだあの人。

 謎だ。

「よし、私も期末は百位を切ろう。目標にする」

「目標を高く持つことは重要だな。俺も十位に切り込もう」

「お、言うわね。なら、勝負よ」

「いいだろう。って、俺の方がハードル高くない?」

 三桁と二桁の壁はまったく違うじゃないか。

「私にとっては同じことよ。そう、土俵は同じなんだから」

「なんだかなぁ。よし、じゃあ賭けようじゃないか」

「ふふん、望むところよ。私が百位を切ったら、錠前は私の言うことを何でも一つ聞きなさい」

「じゃあ、俺が十位に入ったら時計も俺の言うことを聞くのか?」

「い……いいわよ」

「言ったな? 絶対だぞ?」

「判ったわよ。その勝負乗ってあげるわ。どうせ十位なんて無理なんだから」

「よーし、やる気出てきた〜。何してもらおうかなぁ」

「ちょっと、まだ決まった訳じゃないじゃない。それに出来る範囲でよ」

「大丈夫、人間何でも出来る。楽しみだなぁ」

「何でもって何でもじゃないわよ。空は飛べないわよ」

「時計が飛んだら面白いけど、それだけじゃん。やっぱり、俺の得になることがいいな」

「うっ……えっちなことはダメよ」

「はぁ!? お、俺がそんなことを要求すると!?」

「あり得なくはないじゃない」

「そ、そうだな」

「ちょっと、否定しなさいよ〜!」

 ポカっと頭を叩かれる。

 ふっふっふ、絶対十位に入ってやる。楽しみだ。

 一日中匂いを嗅がせろ、なんていいかもしれない。

「あなた達、それはお互いとも勝つことと負けることを想定してないようね」

「うわ、先輩!」

「わ、天地さん!」

「勝負がつかなかった場合は、二人とも私の奴隷になってもらおうかしら」

 自身は勝負せず美味しいところを拾おうだなんて、さすが女狐。

 そもそも奴隷って……。

「皆さん、私が居ないからってイチャつかないで下さい」

「うわ、幽子さん」

「ひっ」

「……こんにちは」

「どうもどうも。ささ、二人は錠前さんから離れて下さいね」

 時計と先輩を俺から引き離す幽霊改め神様の幽子。

「まだ慣れないわ。本当に幽霊なの?」

「ノンノン。時計ちゃん、私は神ですよ。ゴッドです」

「こんないい加減な神様ってどうなのかしら……」

 先輩の言う通りだ。神出鬼没で無益な神様って何様?

「幽子さん、決めただろう。学校じゃ放課後まで実体化しないって」

「私の浮気センサーが反応しまして。私の力じゃどうしようもありません」

 自分の力をコントロール出来ない神様って本当に何様?

 ……。

「どうぞ、錠前くん。時計さん」

「ありがとうございます」

「いつも美味しいです」

「そう。喜んでもらえて嬉しいわ」

「根暗女。私の分はないのですか?」

「あら、忘れていたわ。はい」

 お線香を供える。

「うがー! 人が飲み食い出来ないからってからかわないで下さい」

「至極真っ当だと思うぞ……」

 放課後、同じみの理科準備室。

 いつものメンバーに、一人加わって賑やかになる。

「大体ですね、皆さんもっと私を敬うべきです」

 だからお線香を供えたんじゃないのか。

「とは言ってもね。ケータイに宿った神様なんて、有り難みがないというか」

「時計ちゃん、今の発言はなかったことにしてあげましょう。その代わり」

 ちょこん。

 時計の上に座る。

「錠前さん羨ましいですか?ふふふのふ」

「う、羨ましくねーし!」

「羨ましがってるのバレバレよ」

 やれやれと両の掌を天に向ける先輩は、俺をフォローしてくれない。

「う、羨ましいの……?」

「う、羨ましいんですか……」

 やべ。仮にも彼女を前に、浮ついたことを口にすべきではない。

「まったく、しょうがないわね。錠前くん、私の上に座りなさい」

「ぶほっ!?」

 思わず紅茶を吹き出してしまった。

「ちょっと待って下さい根暗女! どうしてそうなるんですか」

「あら。ごめんなさい。私が錠前くんの上に座るべきだったわね」

「天地さん、そういう問題じゃないと思う……」

「もう、人の彼氏を誘惑しないで下さい」

 そう言って時計から降り、俺の上に座る幽子。

 完全体となった幽子は、感触もある。

「ちょ、待て! ここではヤバイから降りてくれ」

「ここではって、他では良いのね」

「語るに落ちたわね、錠前くん」

「ここは私の特等席です。ね、錠前さん」

「あ、あぁ……。だが、頼むから降りてくれ」

「おっ立っちゃいます?」

「ぶっ」

 今度は時計が紅茶を吐いた。

「まったく、思春期の男女は見境ないわね」

 机を吹きながら冷静に対処する先輩一人落ち着いている。

「ごめんさい、天地さん」

「いいのよ時計さん。後でこの布巾を錠前くんの言い値で売るから」

「ちょ、先輩! ここでそれは言わないでくれ!」

「ここではって、他では良いんですか……」

 幽子にまで呆れられたら俺の立つ瀬がない。

 立つ瀬ね。決してアソコじゃない。

「座敷に見られてるとしたら、とんだ赤っ恥だ」

「座敷って誰? 変な苗字ね」

「え? この前転入して来ただろ? あ、でももう消えたからいないのか?」

「消えた? 時計さんが怖がるから変なことは言わないでくれるかしら、錠前くん」

 時計と先輩は座敷わらしのことを覚えていなかった。



「たっだいまー」

「お帰り。今夜は回鍋肉だよ」

「いいねー。今の気分にぴったりだよー」

「テレビでやっててね。見てたら食べたくなったから挑戦してみた」

「うむ。苦しゅうない。近う寄れ」

 どこに寄れと言うんだ。

「美希ちゃん。明日は晩飯作れないけど、良い?」

「何ー? どこかお出掛けー?」

「うん。彼女とデート」

「……」

「美希ちゃん?」

「はっ! ごめん。今、時間の間に挟まれてた。何て言ったの?」

「彼女と出掛けるから、遅くなる」

「……」

「美希ちゃん?」

「はっ! ごめん。今気を失ってた。何て言ったの?」

「……遊びに行くから晩飯は作れない」

「そっかー。判ったー。車に気を付けるんだよー」

「うん、ごめんね」

「いいって。私もたった今用事できたんだー。気にすることないよー」

「……」

 姉ちゃんは、彼女発言を認めないようだ。

 夜は更けていった。

 ……。

「錠前さん」

「何だい幽子さん」

 姉ちゃんも眠る二十三時過ぎの自室。

「さっきの話、何ですか?」

「どの話?」

「ほら、か、彼女とデート……」

「事後承諾になった。明日、堂々と遊びに行こう」

「ほ、本当ですか……いいんですか?」

「幽子さんさえ良ければ。良いかな?」

「答えはイエスですよ! 毎日退屈ですることがないんです。目標を持つことは大事です」

「そ、そうか。何か趣味でも見つければ?」

 神様に向かって趣味を見つけろだなんて助言した輩がいるだろうか。

「毎日錠前さんを見つめています。消えている時も、ずっと見ています」

「……恥ずかしいな」

「消えている時は意識はありませんけどね。無意識でも愛している証拠です」

「……俺も、愛している」

「似合わないですね、錠前さんの台詞」

「本当なのに……」

 意思疎通も接触も出来るようになった今、俺達は普通のカップルと何も変わらない。

 幽子が神様だという事実を除けば。

「でも、嬉しいです。嘘でも愛の言葉を囁かれるだけでイチコロなんです」

「嘘じゃないよ」

「それだけ私に惚れてるんですね?」

「……ああ」

「くぅー!」

 凄い力んでいる。

 と思いきや、両手をバっと横に広げる。

「私、幸せです!」

「俺もだよ」

「こんなに幸せでいいんでしょうか? 罰が当たりませんか?」

「幽子さんの立場上、罰を与える側だろう」

「私にそんな力はありませんよ」

 何を間違ってケータイの九十九神は神様にジョブチェンジしたんだろう。

「幽子さん」

「何ですか錠前さん」

「何もしなくていいの?」

「と言うと?」

「ほら、幽霊なら脅かすとか、妖怪なら怖がらせるとか、神様なら幸をもたらすとか」

「私の役目ですか? ないんですよ、これが」

「使命とか命令とか、何もないの?」

「それが人間様の考えですよ、錠前さん」

「うん?」

「座敷の爺さんも言ってたじゃありませんか。人間は身勝手だと」

「ああ。よく覚えている」

「だったら、錠前さんは私の役目より、まずこの姿に疑問を持つべきです」

 幽子は俺が考えた最強の美少女だ。

「疑問なんてない。幽子さんは美しい」

「くぅ〜。根暗女に聞かせてやりたいです。あの女、いつも上からの態度で気に入らないです」

「憎しみは悲しみを生むぞ」

「だから、それは人間の身勝手なルールです。私には通用しません」

「そうか。なら、心配することもないか」

「それより、明日のデートですよ! どこに行くんですか?」

「水族館なんてどう?」

「海賊船って見れます?」

「いや、海賊はいない」

「そうですか。なら安心です。水族館初めてです! 楽しみです!」

 海賊にトラウマでもあるのか?

 例えば、スイゾクカンとカイゾクセンを誤解したり。

「バスで二十分で行けるぞ。人は多いがギュウギュウ詰めではないから、幽子さんにも負担は少ないだろう」

「素敵ですね。ではどこで待ち合わせします?」

「待ち合わせ? そんな必要ないじゃん」

「ちっちっち。デートの醍醐味と言えば、待ち合わせのわそわする時間ですよ」

 そういうもんか?

「じゃあ、駅前に十一時で」

「了解しました。あー、サンドイッチでも作って食べさせてあげたいです」

「そんなことしなくていいからな……」

 幽子が普通の女の子なら、デートに手作り弁当持って来ちゃった、テヘッ。なんてされたら超嬉しいけどな。

「それじゃ、明日な。眠いからそろそろ寝るよ」

「はい。では、謹んで添い寝させて頂きます」

「……お願いします」

「おわっ。断られると思いました」

「嫌な訳ないだろう。好きなんだから」

「私、今、最高に幸せですよ」

 にへへと照れ笑う幽子は誰よりも可愛い。



「遅い……」

 翌日の日曜日。天気は生憎の曇だ。だが丁度良い気温でもある。

「待ちましたー?」

「遅い! もう十一時だ」

「なぬっ!? 時間ピッタリじゃないですか!」

「十分前行動を知らんのか」

「知りませんよ。人間ルールですか」

 うっ。そうだ。神様の幽子に人間の理屈を押し付けても暖簾に腕押しだ。

「いや、十一時ピッタリで偉いぞ」

「おお、錠前さんに褒められました。ほら、頭撫でて下さい」

「なんでやんねん」

 と言いつつ、撫でる。小さな頭だ。

「ふふふのふ、気持ち良いです」

 悪い気しない俺もダメだな。

「んじゃ、行くか。目指せ水族館!」

「おー!」

 元気よく出発する俺と幽子。

 バスに揺られ、到着した頃に幽子が不審なことを口走る。

「錠前さん、私は神です」

「な、何を突然言い出すんだ……」

「私は錠前さんの彼女です」

「そうだね」

「だからこれは私自身のために言うのであって、他意はありません」

「回りくどいな。どうした?」

「目障りなんですよ。この道中……私達を追っている人間が居ます」

「……それは確かか?」

「私の浮気センサーがビンビンです。間違いありません」

「そうか……それは目障りだな。早く撒こう」

 不穏な気配がしたが、ただの嫌な予感だろう。

「おー! 何ですかあの丸っこいの!」

「何だろう。タマゴか?」

「さすが水族館。入り口からわくわくさせますね」

「幽子さん、写真を撮ろう」

「いいですよ。けど、私写りませんよ」

「今の幽子さんなら写る。ほら」

 パシャ。

「おおー、私ってば本当に美少女じゃないですかー!」

「だろう?」

「流石、美意識高い系の錠前さんです。制服フェチなんですね」

 バカにされてないよな?

「そんなことはないよ」

「だって私、いつも制服ですよ。何故ですか? もっと色んな洋服に包まれたいです」

 女子高生は制服を着るからこそブランド力が跳ね上がるんだ。

 コスプレでもいいけど。

「俺は女性の洋服に詳しくない。だから、いつも制服なんだろう」

「なるほど。JKにあるべき姿だと仰るのですね」

「そうだ」

「そうだって自信満々に言われても……」

 ちょっと引いてる。

「そんなことより、写真を撮ってもらおう」

「おー!」

 両手を横に広げる幽子。

 肩より上に手が上がらないのかと思うほど、いつも両手を横に広げる。

「すみませーん。写真を撮って頂けませんんか?」

「……えっ!? 私?」

「うん、美希ちゃん」

「……バレてた?」

 サングラスをずらし、バツの悪い顔を覗かせる。

「こんなところで偶然だね。美希ちゃんも水族館に用事?」

「そ、そうだねー。私くらいになると、休みはデートの予約が一杯で困るよー」

 以前の大型連休は暇を持て余していた癖に。

「デート中だったんだ、ごめん。入り口を背に、一枚だけ写真を撮ってくれない?」

「し、仕方ないな。あー忙しい。ほら、早く並びなー」

「イエーイ!」

「ダブルピースは止めておけ……」

 パシャ。

「はい。おーおー、美男美女の羨ましいカップルだこと。キー!」

 俺にカメラを渡すと去っていく姉ちゃん。

 さよなら、美希ちゃん。

「これで邪魔者は居なくなったな。おお、確かに良く写ってる、ほら、幽子さん見てみ」

「錠前さんってば格好良いですね」

「止せよ恥ずかしい」

「ふふふのふ、そんな錠前さんも可愛いですよ」

「そう言う幽子さんはもっと可愛いぞ」

「あらやだ。私達はバカップルってヤツですか?」

「そんなことはない。ただのカップルだ」

「そうですね。バカは私だけでした……」

 頭の良し悪しで決まるんだっけ?

「ほ、ほら。一緒にカメラに残ったよ。俺達の記念だ、いいもんじゃないか」

「錠前さんが良いねと言ったから、今日は写真記念日ですね」

 記念日か。良いもんだな。

「よし、記念日はまだまだ始まったばかりだ! 幽子さん、中に入ろう」

「中に入れるなんて大胆ですね。先っちょだけと言いつつ私の膜を……」

「水族館に入ろう! 楽しみだなぁ」

「そうですね。シスコン姉には悪いことしましたね」

 幽子さんは姉ちゃんの心配まで出来るようになったのか。

 人間っぽい。

「やっぱり、美希ちゃんも誘って……」

「このブラコン弟は早く矯正してやらないとダメすねぇ」

 幽子に呆れられるなんて、とても惨めだ。

 ……。

「うおー! お宝が一杯です!」

「お土産コーナーは最後に見ような。順路通りに行こう」

「うおー! これがマンボウですか! 私、魚になりたい」

「その心は?」

「マーメイドです」

 幽子さんだと人魚姫になるだろう。

「お姫様ですか。どれだけ私を可愛いを思っているんですか」

「げっ。ここでもノイズはないの?」

「完全体となった私に欠点はありません」

「げ……」

「どうしました錠前さん。笑って下さいよ」

 にへへと俺の腕に絡まる。

 ちなみに今見ているのはタコだ。水族館でタコって地味だな。

「錠前さん錠前さん、この平ぺったいのは何ですか?」

「えーっと、シーラカンスだな」

「シーラカンス!? 古代生物の復元に成功したというのですか。ほえー」

 案内標識を見るとカブトガニだった。ごめん、間違った。

「お、幽子さん。イルカショーがあるみたいだ。せっかくだから行こう」

「イルカですか。錠前さん、イルカとシャチとクジラの違いってなんですか?」

「えっ!? ……名前が違うだろ」

「それだけですか? 学物的に違いはないんですか?」

「寿命とか、身体の大きさとか、歯があるか、髭があるか、とかだった気がする」

「なるほど。私と錠前さんの違いみたいなものですね」

 それはとっても違うと思う。

「何言ってるんですか。私は女神、錠前さんは間男。そんなところでしょう」

「待て! 間男の使い方間違ってるから!」

 幽子さんの常識はどこで身に付けたんだろう。

「おおー。広いプールですね。私水着持ってきてないですよ」

「泳がないから。でも近くだと濡れるから、遠目に見よう」

「はーい。あ、あそこにアイスクリームが売ってます。錠前さん、いかがですか?」

「俺一人で食べても虚しいから要らないよ」

「そうですか。一緒にご飯食べられたら、もっと楽しいんでしょうねー……」

 遠くを見る幽子は、少し儚げだった。

「ほら、始まるよ」

「うひょー、凄いジャンプ力ですね。私もアレくらい飛べたら……別に楽しくなさそうですね」

「そうだな。どうせなら二段ジャンプの方が良い」

「それは簡単ですよ」

「え? 出来るの?」

「いいえ。でも、理屈はわかります。ジャンプして、次の足が地面に付く前に、もう一度ジャンプすれば良いんです」

「そんなこと人間は出来ないよ……」

「でも昔の人間は海を歩いて陸を移動していたんですよね。同じですよ。足が沈む前に次の足を踏み出す。今では失われた能力です」

「そんな力があったのか……すげーな」

 嘘だと判っているが、力説してくれたので納得しよう。

「賢いイルカちゃんですね。心が浄化されるようです」

「うん、和むな」

「良いですね。家族連れで水族館」

 辺りは男女ペアと家族連れがほとんどだ。

「私も子供を連れてまた来たいですね」

「幽子さん、それって……」

「大丈夫です、きっと私は安産型です」

「その前に子供産めるの?」

「そりゃ、神様なら子孫繁栄しないと」

「そうだったのか……」

 子供出来るんだ……嘘だろ?

「私は夢ができました」

「何?」

「イルカの調教師です」

「それは無理だと思う……」

「ダメですか? だったら、錠前さんの調教師でもいいですよ」

 それは……良いかも。

「錠前さんは私が居ないと生きていけない身体にしてあげます」

「それは……望むところだよ」

「ふふふのふ、素直ですね」

 イルカショーは盛大な盛り上がりを見せ終了した。

「残りは……おみやげコーナーですね。凄いです。さっきのイルカちゃんがもふもふしてます」

「かわいいな。それはサメだけど」

 お土産コーナーは比較的と狭い。

 でもかわいい商品で一杯だ。

「どれが良い? 記念に気に入ったものを買ってあげるよ」

「良いんですか!? ご両親が汗水たらして働いたお金を私なんかに使っても」

「ありがたく受け取ってるよ。それに幽子さんが喜んでくれるならお安いご用さ」

「おおー! 夢に見たプレゼントですね。全部欲しいです!」

「全部は無理……。どれか一つだけ、ね」

「じゃあこれが良いです!」

 幽子が選んだものはさっきのサメだった。

「オッケー。買ってくるから待ってて」

「はーい」

「いらっしゃいませ。商品お預かりします。七百円です。千円お預かりします」

 こんなちっこいぬいぐるみが七百円か。時給相当だな。近いうちにバイト始めよう。

「ありがとうございました」

「お待たせ、幽子さん。……何見てるの?」

 幽子はカブトガニお触りコーナーに居た。

「錠前さん、このシーラカンス、触れます」

「本当だ。でもあまり触るとストレスになるだろうから、控えめにね」

「写真撮って下さい。私とシーラカンスの戯れる姿を」

「はいはい」

 パシャ。

「あ」

 お土産が揺れ、ケータイを滑らす。

 ポチャ。

「げっ」

 ケータイを落としてしまった。

 電源は……直ぐに点けない方がいいと聞いたことある。

「ごめん幽子さん、帰ったら乾かしてみるよ」

「……」

「幽子さん……?」

 幽子は消えていた。

 ……。

「すみません。こちらの商品は修理受付期間が終了していまして。電池パックの取り寄せしか致しかねます」

「どうしても直したいんです! どうにかなりませんか!?」

「水没してしまっては、復旧は不可能ですね。どうです、この機会に最新機種へ変更されてはいかがでしょうか」

「〜! もういいです!」

 あちこちのケータイショップを回ったが、修理は受け付けてくれなかった。

 もう五年くらい前になるためか、部品の調達が出来ず保証外となってしまっていた。

「幽子さん……」

 あれから幽子さんは現れない。

 形あるものはいずれ土に還る。

 座敷の爺さんの言葉を思い出す。

 ケータイに宿ったイレギュラーな九十九神は、消えてしまった。



「ただいま」

「おっ帰りー! 今日は楽しかったねー」

「ん? 何かあったの?」

「一緒に水族館に行ったじゃん。でもよく覚えてない私は変なのかなー」

 何だって?

 確かに水族館に行った。幽子とだ。

 姉ちゃんは俺の後を付けて来ただけだ。一緒に回ってはいない。

「あ、それお土産ー? 嬉しいなー、可愛い」

「……美希ちゃん、これは、あげられない」

「えー。お友達へのお土産だったかー。でも私は良い思い出ができたからいっかー」

 そんな思い出はない。

 幽子の記憶がないというのか?

「ちなみにさ、俺の彼女だけど」

「彼女出来たの!?」

「いや、うん。前に紹介したじゃん」

「いつ?」

「ランチ行ったとき、一緒にいた子」

「あー、確かオカルト研究会の子だっったねー。……どっち?」

「いや、どっちでもないけど。本当に覚えてない?」

「そんな大事件、私が忘れるとでもー?」

 姉ちゃんは嘘はつけないタイプだ。

「そんな……幽子って名前に覚えない?」

「幽子ちゃん? 誰? 白状しなさいー!」

「いや……やっぱり俺の勘違いだ」

「でしょう。新ちゃんに彼女が出来た日にゃ、私は泣くよ」

 確かに泣いていた。

 あれは本当になかったことになっているのか?

 そんなことってあるのかよ、神様……。



「おはよう、錠前」

「……おはよう、時計」

「どうしたの? 今日はいつになく暗いわね。目も赤い」

 昨晩泣き明かしたからかな。

「時計、一つ聞きたいんだが」

「何よ?」

「幽子って名前に覚えない?」

「誰? どこのクラス?」

「いや、覚えがないなら良い。大したことじゃない」

 相性が良いと言っていた時計も覚えてないのか。

 なんてこった。

 本当に幽子の記憶が消えている。

「気になるじゃない。誰?」

「人間じゃない。幽霊だ」

「えっ……」

「あ、怖い話ダメだったな。ごめん、幽霊じゃなくて神様だった」

「どう間違えたら幽霊と神様を間違えるのよ」

 似たようなものなんだけどな。

 座敷の爺さんの言う通り、人間の解釈は身勝手だ。

「なぁ、このケータイ覚えている?」

 今は電源も点かないスライド式のガラケーを取り出す。

「これ……見覚えがあるわ」

「本当か!?」

「確か、昔友人が使ってたわ、懐かしいわね」

「そうか……」

 ただ見たことがあると言うだけで、記憶は戻らないか。

「ふーん……今更ガラケー買ったの?」

 ひょいと取り上げる。

「あ、それはっ」

「大切なモノだった?」

「いや、大丈夫だが……何ともない?」

「何が?」

「いや、何でもない。すまん、おかしなことばかり言って」

「どうしたの? 何か問題を抱えてるなら話してみなさいよ」

 時計な大きな目が細くなる。

「実はな、そのケータイに霊が宿ってたんだ」

「また、怖い話? いいわよ。もう慣れた」

 慣れた? あの時計が?

「どうした、怖い話苦手じゃなかったか?」

「そんなこと教えたっけ? 確かに苦手だったけど、もうどうでも良くなったって言うか」

 何かしらの変化は残っているようだ。

「はい。返すわ。何だろう、何か不思議な気がするわ」

「不思議?」

「うん、怖いような、寂しいような、懐かしいような、よく判らないけど」

「……そうか。ありがとう」

「お礼言われる筋はないんだけど」

 記憶はないが、時計は何かを感じ取ってくれている。それが判っただけでも救いになる。

 ……。

 コンコン。

 理科準備室から返事はない。

「失礼します」

 中に居るであろう人に聞こえるように声を掛けて中に入る。

「こんにちは、錠前くん」

「どうも。お勉強中失礼します」

 理科準備室は暗幕が掛かっており、薄暗い。

 そんな暗い中で勉強をしている先輩は、紅茶を準備してくれた。

 最後の頼みの綱だ。

「頂きます」

 それにお線香を供える。

「先輩、それは!?」

「あらやだ。どうしたのかしら。錠前くんを見ると、つい供えたくなるのよね」

「それは、どうしてですか」

「判らないわ。どうしてかしら」

「先輩、幽霊って信じますか?」

「驚いた。知ってたの? 私が霊的なものが視えるというこに」

 その記憶も改変されているのか。

「はい。俺は何でもお見通しです」

「そう。信じられる? 不気味だとは思わない?」

「俺は、先輩に何度も助けられました」

「そうだったかしら。何かした覚えはないけど。ただ、いつの間にか図々しく私に会いに来たがっているだけだと思っていたけど」

「それは否定できません」

「あら。やっと素直になってくれたのね。いいわ、男の子から言うのは勇気がいるものね。答えはオーケーよ」

「何の答えです?」

「私の気持ちよ」

「……ありがとうございましす。でも、俺には決めた人がいるんです」

「そうね。もしかして、そこの幽霊かしら」

 やった! 先輩には視えている!

「視えるんですか?」

「何か、ただの塊がぼんやりと。何かしら。穏やかな雰囲気ではないわね」

「実は、彼女が彼女です」

「……錠前くん、現実逃避するより、現実の私を選んだほうが上手く行くと思わない?」

「先輩は俺の大切な人です。失いたくありません」

「あら。今の台詞はキュンと来たわ」

「でも、この幽霊は、もっと大切な人です。一生一緒に居ると約束しました」

「人、なのかしら。何も力がない、ただの魂にしか視えないわ」

「そうですか。でも、視えるんですね!?」

「え、ええ。私の言うこと、本当に信じているの?」

「勿論です。先輩は、俺に優しいですから」

「あら。それは錠前くんが私にとって特別だからよ」

「そこまで素直に言われると、寒気がします」

「ふふ。錠前くんはからかいがいがわるわ」

「ありがとうございます。希望が持てました」

「そう。力になれたようなら、私も嬉しいわ」

 時計は何かを感じ、先輩は幽子が視えている。

 希望はある。

 勝手にさようならなんてさせないぞ、幽子。

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