07.一生一緒にいてくれませんか

「ただいま」

「お帰り。晩ごはんは野菜炒めね」

「おや、手抜きですか」

「文句言わないの。栄養しっかり取れてお手軽なんだから」

「はーい、着替えてきまーす」

 帰りが遅くなったので、余り物で用意するしかなかったんだ。

「オイスターソース?」

 着替えて戻って来たと思ったら、炒めて盛りつけているところに邪魔者が来た。

「うん。好きだったよね」

「好きだよー。新ちゃんと同じくらい」

 俺はソースと同列かよ。

「でも新ちゃんの方がちょっと好きかなー」

「はいはい。俺も美希ちゃんの方が好きだよ」

「本当? 何と比べて?」

「え? ソース」

「私はソースと同列かー!」

「そっちが先に振ってきたんだろ」

 まったく扱いに困る姉だ。

「ご飯まだー?」

「もう出来るから、テーブル片付けて」

「あいあい」

 食事にありつけるとなると素直だ。食欲に忠実なだけか?

「では、いただきまーす」

「はい、いただきます」

「今日さー、あの上司に褒められたんだよー」

「え? 何て?」

「錠前さんはいつも小綺麗ねって」

「……それ褒めてるの?」

「当たり前じゃなーい。女性が綺麗だねって言う時は嫉妬なんだよー」

 そうなのか。嫉妬の褒め言葉なのか。今の格言は忘れよう。

 ……。

「新ちゃーん。明後日は祝日だね。ランチ行かない?」

 テレビを見ながら、食器を洗っている俺に食事に誘う。食うことばかりだな。

「前言ってたお店? 祝日もやってるの?」

「多分ねー」

「判った、行こうか」

「本当? やったー。久しぶりのお出掛けだねー」

「そうだっけ?」

「そうだよー。何着て行こうかなー」

「スーツとかの方が良い?」

「そんな気取らなくて良いよー。普段着で」

「はいよ」

 明後日は祝日か。6月に祝日はなかった気がするけど、そういう設定なら気にしないでおこう。

「よし。ならば明日一日頑張りますか」

「もう寝る?」

「うん、明日中に全部片付けないとー。晩ご飯はいらないかも」

「判った。あまり遅くならないようにね」

「はーい」

 社会人となると、明日のことを考えて早く寝るのか。

 今の内に夜更かしを楽しんでおこう。

 ……とは行っても、ケータイは先輩に没収されたんだ。幽子と初めて離れ離れになるな。

 今日会えたのは嬉しかったが、姿は時計だ。

 幽子本人に会いたいな。

 そんなことを布団の中で考えていた。



「おはよう、錠前」

「おはよう、時計」

 昨日、ちょっと言い合ったがケロッとしている。

 この気安さは助かる。

「昨日は大変だったそうじゃな、お主」

 出たな妖怪座敷わらし。

「お陰さまで」

「感謝される謂われはなぞよ」

 皮肉も判ってて受け取らないらしい。流石年季が違う。

「元凶が何か言ってるし」

 時計には似合わない暴言だ。

 やはり昨日の一件は多少なり根に持っているようだ。

「ほっほっほ、元凶とは失礼じゃな。ワシは言わばキューピット。愛を届ける天使のようなものじゃて」

「はいはい。あんたが狂ってることは認めますよ」

「元気のある小娘じゃのー。お主、この小娘のことも好きであろう?」

「なっ!?」

「えっ!?」

「その反応は当たりみたいじゃの」

「ちょっと、どういうことよ!」

「ワシに聞くなて。小僧に直接聞けば良かろう」

「は!? 俺!?」

「おっと、ワシと話したい女子が来てるようじゃ。それじゃあのう」

「……」

「……」

 気まずい雰囲気を残していくなよ、あのジジイ。

「きょ、今日は天気良いな」

「そ、そうね」

「明日は祝日だな」

「そ、そうね」

「何か予定ある?」

「……さ、誘ってる?」

 ざわっ……。

 はっ!? しまった!

「姉ちゃんとランチに行くんだが、時計もどう?」

「何それ、最悪」

 だよな。自分でもそう思うよ。

「ごめん、今のなし」

「……判った、行く」

「え?」

「行くって言ってるの!」

 ざわわっ……。

「そ、そうか。じゃあメールするから」

「そうね。お願い」

「おい、聞いたか?モトサヤに収まるらしいぞ」

「ああ。やっぱ喧嘩しても男が折れて許しを乞わないとな」

「そうだぞ。女性が強いほうが男にとってはいいんだ。うん、小遣いが少なくてもその方がいいんだ」

「……だから聞こえてるって」

 もうどうにかして、このクラス。



「モトサヤに収まるらしいじゃない」

「ち、違うんです天地さん」

「何でこの学校は学年が違っても筒抜けなんだろう」

「それは妖精さんの仕業じゃな」

「黙れよジジイ」

「……何で普通に居合わせているのかしら、座敷さん」

「オーノー、たまにはワシも混ぜてクレヨン」

「さむっ」

「はぁー……」

 時計と先輩の反応は最もだ。

「それで、何か判ったことはあるかの?」

「ありません」

「お主、もうちょっと自分で考える癖を身に付けておいた方がええぞい」

「ご心配どーも」

「錠前くん、ケータイ返すわ」

「いいんですか、先輩」

「ええ。判ったことが沢山あるわ。私の話を聞いてくれるかしら、座敷さん」

「ほっほ。ええぞい」

「何か判ったんですか?」

「まぁ、ね」

「凄い、流石天地さん。私はさっぱり」

 俺もさっぱり。

「座敷さん、先日はヒントありがとうございます」

「どういたしまして、じゃ」

 先輩の姿勢は崩れたままだ。

 これはもしかして、この爺さんにカマを掛けて、真実をあぶり出そうと言うのか?

 無茶な。年季が違う。

 そんな俺の予感を察したのか、先輩はこちらに目配せをした。

 大丈夫だ、と。

 なんて頼りがいのある美しい顔だ。

「まずヒントが三つありました。その内二つは重複しています」

「ほう」

「一、あなたは人型の美形。二、幽子さんは人型の美人」

「そう言ったかの」

「これはさほど問題ではない。共通点は美しさ。錠前くんの趣味が反映したと言うだけよ」

「え? 俺の趣味?」

「ごめんなさい、錠前くん。先に結論を述べさせてもらうわ」

「はい……」

「三、あなた達は幽霊でもあり幽霊じゃない」

「そう言ったの」

「あなたは座敷わらしだそうね。間違いないかしら?」

「いかにも」

「だったら、あなたは精霊ね」

「その通りじゃ」

「そして、幽子さんは神」

 ……は? 神だって?

「ほっほっほ。いや驚いた。正解じゃ」

「あら、あっさり認めるのね」

「誤魔化す必要もあるまいて。その結論で間違いはない」

「一応、見解を聞いてくれるかしら」

「お好きにどうぞ」

「昨晩、幽子さんと沢山お喋り出来たわ」

 俺とは夜中の三時に少しだけだ。

「どうも発言に一貫性がない。まるで記憶を植え付けられたように」

「植え付けるとは穏やかでないな」

「では、混同したと言い換えましょう。元のケータイの持ち主の記憶とね」

 元のケータイの持ち主と記憶の混同?

 持ち主は幽子じゃないのか?

「大事に扱われたものには、霊が宿ると言われている。霊とは、魂のこと」

「ほっほっほ」

「最初、私はあなたのことを妖怪だと思っていたわ。では、精霊と妖怪の違いとは」

 前回は幽霊と妖怪の違いで行き詰まったんだ。でも、同じことじゃないか?

「錠前くんは察したようね。そう、ただの解釈の違いよ」

「概ね正しい」

「それを聞いて安心したわ。まぁ、結論が出ないから、そう解釈しただけだけど」

 解釈の違い? 人の考え方次第で幽霊でも妖怪でもあるって言うのか?

「それと同じ考え方で、大事にされたものに宿る霊とは、九十九神」

 九十九神。確かに聞いたことある。

「九十九神とは神と呼ばれているけど、中には精霊もいる。妖怪もいる。幽霊もいる」

「ほっほっほ」

「それは人が創りだした幻。それが現実となって、実現した。全ては、想像からの創造よ」

「うむ。概ね正しい」

「つまり、神であり、精霊であり、妖怪であり、幽霊である。その中で、幽子さんは神だっただけ」

「あっぱれじゃ。賢いのう、娘さん」

「納得頂けたかしら、錠前くん」

「あのー……さっぱり」

「私も良く判りません」

「だよな?」

「そうよね」

「お主達、この娘さんが居て良かったのう」

「これ以上説明するのは難しいわね。ただ、解釈の違いってだけで、幽子さんは霊よ」

「その通りじゃ。ワシ等は長年語り継がれ、真偽から真が残っただけじゃ」

「はぁ」

「な、なるほど」

「あ、時計! 判ったフリは良くないぞ!」

「何よ! 私は納得したわよ」

「本当か?」

「本当よ!」

「仲がいいのう、お主達。幽子と違って上手くいくじゃろう」

「は?」

「え?」

「あの、座敷わらしさん。私と錠前くんはどうかしら」

「そうさのー。娘さんはちと束縛が強いでの。小僧次第じゃ誰よりも上手くいくじゃろうて」

「あら、そうなの。錠前くん次第ってことは、私は私のままでいいのね」

「えーっと、先輩?」

「天地さーん……?」

「だ、そうよ。錠前くん。私を選べば誰よりも上手く行くわ」

「ほっほっほ。短い間じゃったが、最後に十分楽しめたわい。そうじゃ娘さん、ワシと三途の川にデートへ行かんかの」

「遠慮しておくわ。私、イケメンには興味ないから」

「こりゃ小僧の趣味が裏目に出たのう」

「俺のせい!?」

「ほっほっほ。呪い、いや、まじないは返そう。世話になったのう、皆の衆。さらばじゃチョップ」

 ……消えた。

 何だったんだ、あのイケメン爺さん。

「ほよっ?」

「「「あっ……」」」

「錠前さん!」

「幽子さん!」

「ただいま!」

「お帰り!」

「何なのよこの茶番……」

「後からしゃしゃり出たくせに、偉そうに……」

 今は幽子さん本人に会えたことが嬉しくて、二人の嫌味は聞こえなかった。



「錠前さん、今日はなんだか疲れました」

「眠るのか? また会えなくなるなんて嫌だからな!」

「ふふふのふ、錠前さんは私にゾッコンですね」

「そりゃ、まぁな」

「大丈夫です。何でも私は神様みたいなので、何でもアリです」

「本当か?」

「心配ご無用です。では、また後で」

「おやすみ……幽子さん」

 消える。また会えるよな。信じてるぞ。

「ただいまー」

「お、お帰り」

「どしたのー?」

「な、何が?」

「なんか慌ててるー」

 靴を脱ぎながらも俺を観察する姉ちゃんは鋭いな。

「何でもないよ。もう二十三時になりそうだよ」

「うん、疲れたー。でも明日は楽しみだなー」

「何かあったっけ?」

「もー、とぼけちゃってー。ランチに行くって約束したじゃない」

 げ。忘れてた。

 それに時計も誘ったんだった。

「あの、美希ちゃん」

「ごめーん、私はもう寝るねー。話は明日ゆっくりしよー」

 あかん、完全に言いそびれた。

「ほっほっほ。小僧はモテるのう」

「その声は爺さん! 消えたんじゃなかったのか?」

「勝手に殺すでない。可視の呪いを返しただけじゃ」

「そ、そうなの?」

「お主は娘さんの言葉を理解してないようじゃのう」

「う、うるさいな。元はと言えば、爺さんのせいだろ」

「まぁ、そうじゃな」

 簡単に認めるなよ。流石年の功。

「ちと補足でな。お主に聞いておいてもらいたいことがあるのじゃ」

「何だよ、難しい話なら理解できないぞ」

「まぁ聞け。これが最後じゃ」

 最後と言われれば無下にも出来ない。

「何ですか?」

「ほっほっほ。ワシからのヒントは覚えておるかの?」

「人型の美形、幽霊じゃないとか?」

「そうじゃ。娘さんはヒント一と二を簡単に片付けたが、アレにはワシからのメッセージを含んでおるのじゃ」

「メッセージ?」

「うむ。お主、神と聞いてどんな姿を想像する?」

「神様? 幽子は到底神って気がしないな。やっぱり老人?」

「老人というと?」

「こう、白髪で、ヒゲが生えてて、杖持った仙人みたいな」

「それは頭はあるかの?」

「頭? 当たり前じゃん」

「では手足は?」

「あるに決まってるじゃん。何が言いたいの?」

「ほっほっほ。人間は神様と言われると、自分たちと同じ人型を想像するのじゃ」

「うーん、確かにそうだな」

「神じゃぞ? それが人間と同じ形だと、どうしてそう思う?」

「そんなこと聞かれたって、判らないよ」

「では蜘蛛が神様だとしたら?」

「それは気味が悪いね」

「では蟻が神だとしたら?」

「間違って踏み潰しそうだね」

「それじゃよ」

「どれですか」

「さっきも言ったが、人間は神を人型と想像するのじゃ。自分たちと同じ形をしておるとな。身勝手な生き物だとは思わぬか?」

「だって、幽子も爺さんも、人型じゃないか」

「お主、娘さんの話を聞いておらんかったのか?」

「え? そんな話したっけ?」

「人型の美形はお主の趣味じゃと」

「あー、確かに言ってた」

「それが、お主が想像した幽子とワシじゃ」

「は?」

「ワシ等は本来単なる霊じゃ。魂とも書くな」

「ああ、日本人だからね。表現は色々さ」

「まさにそれじゃ。表現は様々。何故幽子やワシは人型か? それはお主が創造したんじゃ」

「まさか、俺の思いが形になったと?」

「うむ。どうして蜘蛛や蟻ではない? どちらでも良いではないか」

「だって、俺の趣味なんでしょ?」

「お主は美しいモノが好きなようじゃの」

「うーん、だってその方が気持ちがいいから」

「身勝手だとは思わぬか? 妖怪の中には一反木綿や唐傘小僧もおるというのに」

「妖怪だからろ?」

「そうじゃな。人間の勝手な解釈で妖怪と分類されとる。本来は皆同じ霊のはずなのに、じゃ」

「うーん、でも精霊とか言われると、それこそ爺さんみたいな座敷わらしを想像するな」

「では幽霊は?」

「トイレの花子さんとか、テケテケとかだね」

「うむ。では話は戻るが、神様は?」

「仙人」

「では幽子は?」

「やっぱり、幽霊じゃないの?」

「幽子は神じゃ。ほら、お主の解釈で何にでも変わるじゃろ?」

「うーん、だって、幽霊というイメージが強いから」

「そうじゃな。本来九十九神は、長年大事に扱われたものに霊を宿す。だが、幽子は長い歴史から見て一瞬で生まれた」

「前の持ち主がいたんだから、一瞬ではないんじゃないの?」

「何百年、何千年から見て数年は、一瞬とは思わぬか?」

「うう、確かに」

「そうやって長年語り続けられたものが霊を宿して、長きに渡り人から人へ伝わり、やっと世に干渉するんじゃ」

「うん、時間で淘汰され、残されたモノってことだね」

「その通りじゃ。今ではその語り部も減り、数を失くしていくじゃろう」

「今時妖怪は流行らないからね」

「悲しいことじゃ。せっかく生まれた霊も、長くは持つまい」

「それって、もしかして、幽子は長くないってこと?」

「……」

 散々話しておいて、急に黙らないで欲しい。

 嫌な予感がするじゃないか。

「どうなの?」

「お主次第じゃ。お主が大事にすれば、それだけ生き永らえる」

「だったら大丈夫だ。俺、幽子が好きだ」

「ほっほっほ。お若いの。形あるものはいずれ土に還る。努々忘れるでない」

「忘れるもんか。爺さんが座敷わらしって言うなら、少しは力を貸してくれよ」

「お主に出会ったのも運命じゃろう。最後に命を全うするとしようぞ」

「ありがとう、爺さん」

「ほっほっほ。礼には及ばん。それがワシの役目じゃからのう」

「へへ。爺さん、最初に会った時は世捨て人みたいだったぞ」

「長生きすると生命の機微はどうでもよくなるもんじゃ」

「良かったな、まだ長生きしてくれよ。面白いもの沢山見せてあげるよ」

「ほっほっほ。それは楽しみじゃ。では、そろそろ見守りに移るとするかのう」

「良い話が聞けた気がするよ。この話、皆に伝えるよ」

「年寄りになると話が長くなるでな。それじゃあの」

「……さようなら、座敷わらし。ありがとう。これからも宜しく」



「……新ちゃん、これは何かな?」

「おかしいな、俺は一人誘うよって言ったはずなんだけど」

 何故三人も居る?

「こんにちは、お姉さん。お久しぶりです」

「先日はお邪魔しました。本日もお邪魔させて頂きます」

「やっほー。来ちゃいました」

 時計、先輩、そして幽子。

 なんじゃこりゃ。

「私がいながら五股? 股は一つしかないんだよ!?」

「そんな話じゃないだろ!?」

「本当、錠前のお姉さんて面白い」

「そうね。お姉様とお呼びしてよろしいかしら」

「ただのブラコンですけどね」

 三者三様の反応。

 どれか誰の発言か判らないぞ。

「新ちゃん、どうしよう?二人分しか予約してないから、二人で行きましょう」

「あら、大丈夫ですよお姉様。ここは予約なんて受け付けてありませんから」

「う、よく知ってるじゃない」

「騙そうとしたのか、美希ちゃん」

「お姉さんをちゃん付けで呼ぶなんて、本当にブラコンだったのね」

「だから言ったでしょう? ただのブラコン姉とシスコン弟だと」

「ちょっと新ちゃんどうにかして〜」

「いや、俺にはどうしようもない。多勢に無勢だ」

「そんな〜。二人っきりのデートが〜」

「あら、お姉様とデートですか。私は弟とデートなんてしませんよ」

「私は妹と食事行くかな。でも大体家族でだけど」

「私はダイエット中なんで何も要りません」

「うーん……。よし、判った。中に入りましょう。その挑戦、受けて立とうじゃないのー!」

「マジで?」

 五人組と言うことで、テーブル席は満席だったが待ち時間は二十分だった。

 もう居心地が悪いから早く座らせて。

「いらっしゃいませー。錠前様、こちらへどうぞ」

「では改めて、自己紹介しましょうかー。私から時計回りでいいかな」

 席に着きオーダーを済ませ、姉ちゃんが仕切り始める。

「皆さんこんにちは。私は錠前美希。この弟の姉です。社会人二年目です。どうぞ宜しくー」

 ぱちぱち。

 拍手っておかしくない? 何の集まりだよこれ。

「じゃあ、次は俺か。錠前新司です。姉ちゃん家で世話になってる高校二年です。宜しく」

 シーン。

 え? 拍手なし?

「次は私か。えーっと、時計春奈です。高校二年で錠前とは同じクラスです。オカルト研究会に所属しています。宜しくお願いします」

 パチパチ。

 あ、やっぱり俺の時に拍手なかったのはわざとなのね。

「私は天地真央です。高校三年で時計さんと同じオカルト研究会に所属しています。どうぞ宜しくお願いします」

 パチパチ。

 端から見ると女子会って言うより老人会みたいだ。

「最後は私ですね。霊前幽子です。錠前さんの彼女です」

 シーン。

「……おい」

「あのー、幽子ちゃん? 以前会った時は、ただのお友達って言ってなかったー?」

 ただのお友達を強調する姉ちゃんは、あくまで笑顔だ。

「それは昔の話です。それに先に告白したのは錠前さんです」

「おまっ……」

「ふーん。新ちゃん、本当なのー?」

 平静を保とうとしているが、しくしく涙ながらに追求する。

「……はい」

「ちなみに、何て言って告白したのよ」

「そうね。愛の言葉を聞いてみたいわ」

「あー、それ採用。新ちゃん、ここで再現してよー」

「何でそんな恥ずかしいことせにゃならんのだ! 放っといてくれよ!」

「聞きたーい」

「聞きたーい」

「聞きたーい」

「聞きたーい」

 何故幽子まで煽る。辞めてくれよ。

「……いいだろう。俺も男だ。男らしく、何でも答えてやろうじゃないか。ただし一つだけだ」

「うわー、ケチくさ」

「時計さん、錠前くんは元々男らしくないわ。無理して男らしく振る舞ってるんだから、察してあげましょう」

「あははー……酷い言われようだね新ちゃん……」

 身内が集中射撃されると、姉ちゃんも居心地が悪いようだ。

「じゃあ、私のどこが好きですか?」

「!?」

 皆一斉に幽子を見る。

「何ですか、変なこと聞きました?」

「そんなもの、二人っきりの時に聞けばいいでしょう」

「せっかくの切り札を捨てるなんて、幽子さんもまだまだ甘いようね」

「はいはーい。今の質問に付け加えます。いいでしょー?」

「む、もう何でもいいよ。ただし、質問は一つだからな」

「判ったよー。じゃあ、ここの皆の好きなところを一つずつ教えて下さーい」

「!?」

 皆一斉に姉ちゃんを見る。

「そ、そうね。それくらいなら、聞いてあげてもいいかな」

「ええ、是非聞きたいわ。錠前くんの口から、どんな言葉が出てくるか楽しみだわ」

「う……彼女としては面白くないですが、私も女です。三年目の浮気くらい大目に見ます」

「はい可決ー。では新ちゃん、私から時計回りにどうぞー」

「ちょっと待て、質問は一つだっていっただろう?」

「一つでしょー。足の早い子がいれば遅い子もいる。好きなところだって、人の数だけあるのさー」

「もう観念しなさいよ、錠前。これで手を打ってあげるって言ってるんだから」

「時計さんの言う通りよ。でないと、もっと恥ずかしいことを聞くわ」

「恥ずかしいことって何ですか? 私、そっちに興味があります」

「だー! もう判った! 美希ちゃんの案採用! それぞれの好きなところを言えば良いんだろう?」

 これは全員を含んだ公開処刑じゃないか?

 お前ら、本当にそれでいいのか?

「よし! じゃあまず美希ちゃん!」

「は、はい」

 毎日話してるのに、そんな身構えなくてもいいだろう。

「美希ちゃんは、誰よりも一緒にいて安心する。俺の癒やしだ」

「し、新ちゃん……」

 うるうる目を潤すな、初めて見たぞ。

「やっぱり新ちゃんにとって私は特別なんだねー。うんうん。良い子、良い子」

 頭を撫でられる年頃でもないんだ、恥ずかしいから止めてくれ。

「美希ちゃんには感謝している。日頃言える機会がないから言わせてくれ。毎日ありがとう」

「いいのよー。私も新ちゃん大好きー!」

「うわ、お姉さんには悪いけど、最悪だわこの姉弟」

「時計! 俺は良いけど、美希ちゃんの悪口は許さない! 次は時計だな!」

「うっ……はい」

 両肩を上げてモジモジする。

「そうだな、時計は居心地が良い。学校では一番自然体でいられる、唯一の同級生だ」

「そ、そうかな」

「それと、良い匂いがする。俺は毎日匂いを嗅ぎたい」

「……は?」

「変態と思われも良い。だが事実なんだ。これは仕方のないことだろう」

「ちょ、この、変態!」

「確かに同意するけど、ここでカミングアウトする必要あるのかしら。皆ドン引きよ」

「ふ、甘いぞ先輩! 次は先輩だな! 覚悟しろ!」

「どんな爆弾発言が飛び出すのやら」

「先輩は頼りになる。時に優しく、時に厳しく、でも最後には甘い、俺をダメにするタイプだけど、そこが良い!」

「しっかり分析出来ているじゃない」

「だから、俺は一度先輩を尻に引いてみたい。そんな弱いところも見てみたい!」

「錠前さん、暴露話になってますよ」

「最後だな、幽子さん!」

「は、はい。大丈夫です。私はどんな性癖でも受け入れます」

「幽子さんは一緒に居て楽しい。俺を幸せにしてくれるんだ」

「て、照れますね」

「だから、そんな幽子さんを俺が幸せにしたい。一生一緒に居て下さい!」

「……」

 パチパチ。

 え? ここで拍手?

「ここまで宣言されちゃ、祝福しないとねー」

「もういいわよ。勝手に仲良くすればいいでしょ」

「おめでとう、錠前くん。立派だわ」

「えっと、ありがとう……」

 意外な反応だ。

「あ、お料理きたよー。皆食べよー」

 ワンコインランチで楽しい食事会となった。

「はい、新ちゃん、あーん」

「止めろ、いきなりどうしたんだよ」

「いいじゃーん。家ではいつもやってるんだからー」

「やってませんよね。何ですか錠前お姉さん。私に見せつけてるんですか?」

「やーねー幽子ちゃん。幽子ちゃんは知らないだろうけど、私達姉弟はこれが普通なのよ」

「いつも見てますから知ってます。あーん、なんて私の役目じゃないですか」

「ごめんねー、でも姉弟だから仕方ないの」

「……天地さん、これが防衛反応というものでしょうか」

「まるで嫉妬に狂った姑ね。私ならまずお姉様に隣をキープさせないけど、幽子さんは試合前から負けていたのよ」



「あー、疲れた……」

「私も。何だったんだろー、あの若い連中。皆新ちゃん目当てじゃなーい?」

 ランチを終え、疲れきった皆は現地解散となり家に帰った。

「今日集まったのは全員俺の大事な人だよ。そんな皆を守る力を身に付けるよ」

「それ、私もー?」

「勿論さ」

「そっかー。まぁ一番じゃくても唯一だからいっか。疲れたからお昼寝するねー」

「ああ。俺も眠たい。もしかしたら朝まで寝るかも」

「同じくー。じゃあ晩ご飯はそれぞれ適当に済ませようねー」

「うん。それじゃ」

「お休みー」

 ……。

「幽子さん」

「何ですか錠前さん」

「自由に姿を表したり消したり出来るようになたの?」

「はい。そのようですね。でも消えているときは本当に消えます」

「本当に消える?」

「今までは錠前さんに視られなかっただけですから、気にしなかったんですが。それがどうも不味いようで」

「何か不都合が?」

「私の姿が人中でも実体化するようになったので、時と場合によっては完全に姿を消さないといけなくなりました」

「俺だけに視えるようにはならないの?」

「もうそのセーブポイントはありません。人生は常に上書き保存です」

 神のくせに人間ルールに厳しいな。

「そうか。普通に生活して欲しいけど」

「それは無理です。だって、私は神ですから」

「そうか。神ならしょうがないな」

「はい。しょうがないです」

 どうしようもないことは笑ってやり過ごすことしか出来ない。

 俺はあまりにも無力だ。

「ただし、私が消えているからといって、浮気はダメですよ」

「三年目の浮気くらい多めに見るんじゃなかったの?」

「私達、まだ付き合って一週間も経っていませんもん」

「そうだな。今まで通り、俺達の力でゆっくりやって行こう」

「……はい」

 幽子は満面の笑みを返してくれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る