06.人を呪わば穴二つ

「錠前さん、起きて下さい」

「んっ……」

 草木も眠る丑三つ時。

 同時に、幽霊が活発になる時間帯だ。

「……幽子さんか? どこにいる?」

「ここです。すぐ隣に」

「うーん……隣っても、何も見えないぞ」

「抱きついてるんですが」

「はっ?」

 目が覚めた。

「お目覚めですか?」

 深夜だからか、お互いのテンションは正反対だった。

「目は覚めたけど……本当にどこ?」

「だから、目の前ですって。添い寝しているんですけど」

「……何も視えない」

「がーん」

「どうした? 夕方は帰った風を装ったが、今までどうしてたんだ?」

「すぐ戻りましたよ。でも誰にも気づかれなくてショックでした」

「えーっと……どういうこと?」

「判らないから相談してるんです。やっと声が届いてホッとしました」

「そうだったのか、悪かった」

「お風呂覗いたり、着替え覗いたり、添い寝したり、まったく気にしないんですもん。無視は辞めましょうよ」

「そんなつもりはなかったんだけど、今も声は聞こえるが姿は視えない」

「そうですか。一体どうしちゃったんでしょう」

「俺に聞かれても判らないな。今まで幽子さんの現象に力になれたことないし」

「それもそうですね。でも、一緒に考えてくれませんか? 寂しくて死にそうですよ」

 お前はウサギか。

「明日になればいつも通りじゃないか?」

「たぶん、私に残された時間は長くありません」

「どうしてそう思う?」

「錠前さんに私の姿が視えないからです」

「そんなの、今までにもあっただろう。今日は人気のないところでも視えていたが、ノイズが多いという街中でも視えるか判らない」

「それはそうですが……」

「弱気になるな。病は気からって言うじゃないか。大丈夫、幽子さんは俺が守る」

「……はい、ありがとうございます」

 姿が視えないからか、少し恥ずかしいことも喉元に詰まらなかった。

「今はあまり頭が働かない。明日、考えることにしないか」

「判りました。でもお願いがあります」

「何?」

「このまま寝ていてもいいですか?」

「……睡眠欲はないんじゃなかった?」

「眠たくはありません。でもこうしていると、安心出来ます」

「どういう状況か俺にはまったく判らないが……幽子さんが落ち着くなら、どうぞご自由に」

「……はい」

 そうして俺は再び眠りについた。

 ……。

「新ちゃんおはよー」

「う、おはよ……?」

「珍しいね、今日は新ちゃんがお寝坊さーん?」

「げ、もうこんな時間?」

「私は先に出るよ。ばははーい」

 いつも世話してるんだから、もう少し気を使ってくれてもいんじゃないかな。

「やべ、急がないと!」

 支度を済まし、パンを一口かじって登校する。

 あれ?

 スマホもガラケーも満充電の状態だ。

 そう言えば幽子さんは?

 ……。

「おはよう、錠前」

「おはよう、時計」

 いつも通り、なんとか十分前に教室に入った。

「この間はお疲れ様。ごめんね、うちの妹の相手させちゃって」

「お安いご用さ。それにしては教室がいつもより騒がしいな」

「なんか転校生がうちのクラスに来るって噂よ」

 我が校の噂の信憑性はともかく、伝わる速度は早い。

 ちなみに速度と速さの違いって知ってる?

 理系クラスの皆なら知ってるよな。説明は省くぞ。

「こんな時期に転校生? 珍しいな」

「何でも春からの転入だったらしいけど、色々あったらしいわ」

「ふーん。大変だな。皆と仲良く出来ると良いな」

「そうね。女の子なら真っ先に話し掛けよう。男の子なら錠前が声を掛けなさいよ」

「そんな役回りじゃないんだけどな。まぁ一肌脱ぎますか」

「ほらほら席に着けー」

 授業前の担任が教室に入る。

「連休明けたが、月末には中間考査だ。気を抜くなよ」

 えーっという声が上がる。

 俺は少し楽しみだ。目指せ三十位以内。

「もう知っている奴も居ると思うが、今日から転入生が来る」

 ざわっ……。

 教室が一層騒がしくなる。

「待たせるのも悪いからな、早速入ってもらう」

 ん?

 今朝から姿が見えない幽子。

 俺意外にも実体化するようになった。

 昨夜は弱気なことを言ってたような気がするが、まさか、転入生って……?

「初めまして。座敷わらしと申す」

 お前かよ! 前フリが台無しだな!



「こんにちは」

「あら、いらっしゃい。時計さん、錠前くん……と、どなた?」

「実体化した幽子さん」

「え!? 幽子さんって男の子だったの!? 錠前くんと違って美形なのね……」

「こら、嘘はいけないでしょ。それに天地さんも飲み込み早すぎ」

「ここがオカルト研究会……辛気臭い部屋じゃな」

「爺さんはもうご老体なんだから無理すんな」

「そう言うな兄さん。死ぬ前に一度、学校生活とやらを楽しむ事ができて光栄じゃ」

「時計さん、これはどういうこと?」

「私もまだ混乱中で……」

 また説明するのが面倒だな。

「簡単に言うと、家に住むことになった座敷わらしのおじいちゃん。もう老衰状態らしい」

「はぁ……」

 初めて見る先輩の呆けた顔は、写メに残しておきたい。

「もう仙人みたいな人のようだ。ただ訪れた場所に幸福は訪れない」

「それ本当に座敷わらしって言うの?」

 時計の疑問は最もだ。

「ワシはもう長くない。もう死に体と同義で力はないんじゃ。あとは残り僅かな余生を静かに過ごすところを、コヤツに拾われた」

「拾ったって言うなよ、勝手に付いて来たくせに」

「お主、仮にも精霊のワシにそんな軽口が聞けるな」

「力がないんなら命は皆平等でしょ」

「そうじゃな。ワシ等は共同生命体じゃ」

「ちょっと待って、頭痛が痛いわ……」

 あの先輩が日本語おかしくなっている。相当ショックなんだろう。

「俺も解決しなくちゃならない問題が山積みで頭が痛いよ」

「あのさ、皆、普通に接してるけど、何で人間の姿なの?」

「おお、聡明な女子じゃ。それこそ、兄さんが抱える問題を紐解くヒントになるじゃろうて」

「それ! ヒント頂戴!」

「お主、ちっとは自分で考えんか。ここはオカルト研究会なんじゃろう? 得意分野ではないか」

「えーっと、それは……」

「座敷さん。ここはオカルト研究会という名の何もしない同好会よ」

 何とか上手く説明しようとしたが、先輩が身も蓋もなく真実を口にした。

「……兄さん、どういうことじゃ? ワシには今の真意が判らんのじゃが」

「それはですね……。時計、パス」

「え!? 私?」

「おお、聡明な女子なら頼もしいわい。どうもこの暗い女は性に合わんて」

「何ですって?」

「落ち着いて、先輩! ほら、ひっひっふー」

「ああ、錠前くんの子が生まれるわ」

「間違えた俺が悪かった。深く息を吸ってー、吐いてー」

 時計、今の内に上手いこと説明してくれ、と合図を送る。

「ええっとですね。私達はオカルト現象を研究しています」

「ふむ」

「活動内容は、特にありません」

「ふぁっ!?」

「以上です」

 ダメだこりゃ。

「何とも頼りない連中じゃの」

「すみません……」

 どうして会員でもない俺が代表して謝っているんだ。

「しょうがない。少しヒントをやろう」

「お! さすが師匠!」

「そんなおだては必要ないわい。いいか、幽霊とやらは、人と話すか?」

「……判りません。初めて見た幽霊が幽子だったもので」

「なるほど、最初の出会いとは何じゃったか?」

「えーっと、ケータイでメールのやり取りしてたら、突然現れて、私は幽霊だって言われました」

「ケータイって何じゃ?」

「これです」

 スライド式のガラケーを差し出す。

「ふむ。大事に扱っているようじゃの」

「でしょ!? こんなに綺麗な状態って珍しいんですよ! 皆には馬鹿にされるけど、大事にしますって!」

「……」

「……」

 あ、二人が引いてる。俺のスライド式ケータイへの情熱は伝わらないようだ。

「あい判った。全て解決じゃ」

「おお! 流石年の功!」

「いいか、三つ忠告をする」

「はい」

 ……ごくっ。

「一つ、ワシは人型の美形じゃ」

「は?」

「二つ、幽子は人型の美人じゃ」

「は??」

「三つ、ワシ等は幽霊ではあるが幽霊ではない」

「は???」

「以上じゃ。あとはお主らで考えい。正答チェックくらいはしてやろうぞ」

「ちょっと待って爺さん! いくら何でもそれだけじゃ判らないよ!」

「ええい、離せ! ワシは残りの人生、自分のために生きるんじゃ。ここは女子がいっぱいじゃからな、引っ掛け放題じゃ。ひゃっほー」

 ばびゅーんと理科準備室を飛び出す。

 うわ、爺さん逃げ足早ぇ。

「えーっと……オカ研の皆さん、何か判りました?」

「あの人、元気だね……」

「許さないわアイツ……」

 ダメだ、何も聞いちゃいない。



「ただいまー」

「お帰り美希ちゃん。今日はオムライスだよ」

「わーい。ケチャップで似顔絵描いてー!」

「当店はそのようなサービスは行っておりません」

「ケチんぼー。じゃあ私が描くー!」

 せめて家事をもう少し手伝ってくれるとありがたい。

「うわ、上手」

「でしょー。これでも美術は三年間とも五だったんだよー」

「勿体なくて食べられないよ」

「おおう、そんなに喜ばれるとは思わなかったぞー。可愛いなこらー」

「やめろ食べ辛い」

「あ、躊躇なく食べるんだね……」

 食事も終わり、食器を洗い終わった頃、姉ちゃんはいつも通りテレビを占有していた。

「あははー。この芸人おもしろーい」

「どれどれ?」

「まあまあここに座りなさい」

「はいはい」

 いつも通り、二人でソファに座りテレビを見る。

「わはははは!」

「ね、このコンビ良いよねー」

「葬式の設定なのに、故人に向かってかわいそうに、って何だよ。不謹慎でシュールだ」

「よくネタ考えるよねー。芸人は瞬発力が大事だね」

「一発屋で終わる方が多いけどね。継続してるのは、実力があるってことだな」

「あー面白かった。先にお風呂に入るねー」

「はい、行ってらっしゃい」

 テレビのコマーシャルが流れる。

 こんなに静かな時間を過ごすのは久しぶりに思える。

 幽子さんが消えることは今までに何度もあった。

 だが、この不安感は何だろう。

「新ちゃーん、お風呂良いよー」

「わかった」

 十五分で上がる。

 俺と同じくらいだ。本当に早いな。

 半乾きの髪を名残惜しく見送り、風呂場へ行く。

「ふぅ……」

 どうして風呂あがりの自分は格好良く鏡に写るんだろう。

 ちょっと決めポーズをしてみる。

 うーん、違うな。

 こうか?

 うーん、これも違うかな。

 これはどうだ?

 うん、これなら文句あるまい。

 そんなヴィジュアル系気分で風呂から上がり、居間に戻る。

 姉ちゃんの部屋は既に消灯していた。

 髪を乾かし終わり、テレビを消す。

 今日も何だか疲れた。

 自室に戻っても、幽子は視えなかった。

 どうせそのうちレベルアップしましたー! とか言って元気に手を広げるだろう。

 その時まで、我慢しよう。

 我慢?

 何だ、俺は幽子が居なくて寂しいのか。

 そうだよな。元気いっぱいに話に付き合ってくれるんだ。

 会話をしていて楽しいのは、今のところ幽子が一番だ。

 会いたいよ、幽子。

 ……。

「錠前さん、起きて下さい」

「んっ……」

 草木も眠る丑三つ時。

 同時に、幽霊が活発になる時間帯だ。

「幽子さんか!? どうして姿を表さない!?」

「どうしてもと言われても、私にも判りません。やっと声が届きました」

「何が起こってるんだ?」

「それが判れば警察はいりません」

「警察は解決してくれないってば……」

「錠前さん、本当に視えないんですか? からかってるんじゃないですか?」

「そんな訳ないだろう。どうしたんだ、一体……」

「今日、お風呂で変なポーズとってましたね。てっきり私を笑い殺すもんだと思いました」

「み、見てたのか」

「はい。ずっと」

「げ……」

「今日だけじゃありませんよ。昨日もです。その前もです」

「もう止めて……俺のライフはもうゼロだ」

「そう言われても。私は錠前さんを観察するしか能がありませんから」

「ん? 今日ずっと見ていたんだな?」

「はい」

「じゃあ、あの座敷わらしが転入してきたことも知っているか?」

「あのジジイ、場違いの力持ってますね。あんなに現世に馴染むとは、最早チートです」

「仮にも座敷わらしだからな……」

「まったく気に入りません。私が逆の立場なら良かったのに」

 それは良くないぞ。学校に混乱を招かないでくれ。

「あの爺さんが現れたことと、幽子さんの姿が視えなくなった時期、同じじゃないか?」

「はて。そう言われればそうかもしれませんね」

「よし。一つ脅すネタが出来た。明日仕掛けてみる」

「お願いしますよ錠前さん……私、この時間しか錠前さんとお話出来ないのは寂しいです」

「……そうだな。俺もだ」

「ちなみに、今も添い寝しているんですけど、判りますか?」

「声の位置関係で、なんとなく」

「ふふふのふ、だから、ここ、おっ立てているんですね」

「ばっ! これは違くて!」

「何が違うんですか?」

「うっ……違くありません」

「……急に素直にならないで下さい。私が触ってても判らないんでしょ?」

「や、ヤメろ! 幽子にそんなことさせられない!」

「思春期の男の子だから仕方ないですね。こうですか? 私、初めてだからどうすればいいか判りません」

「幽子!」

「はひっ!?」

「俺は、幽子が好きだ」

「……愛の告白ですか?」

「そうだ。幽子が好きだよ」

「私、幽霊ですよ?」

「関係ない」

「ブサイクですよ?」

「関係ない」

「……幸せに、なれませんよ」

「必ず幸せにしてみせる」

「……うっ」

「ど、どうした」

「うっ……うぅ……ぐす、うわーん!」

「ごめん、困らせる気はなかったんだ! 頼む、泣くのは止めてくれ!」

「ち、違うんです」

「違う?」

「……嬉しいんです」

「えっと、確認するのは恥ずかしいんだけど、答えを聞かせてくれるか?」

「ちょっと考えさせて下さい」

「がーん」

 この流れで保留されるとは思わなかった。

「ふふふのふ、嘘です」

「え、それって……」

「答えは、イエスです。私も、錠前さんが好きですよ」

「や、やった……」

「でも、だからって、どうにもなりません」

「それは……?」

「私達がお互い好きでも、ただそれだけです。それ以上、何もありません」

「そんなことはない」

「はい?」

「前にも言っただろう?」

「何でしたっけ?」

「一生、幽子をハッピーにする」

「あっ……」

 そう、思い出したんだ。あの約束を。

「それに、幽子は俺を不幸に出来ない。そんな力を持ったら、使わないと約束したじゃないか」

「……っ」

「だから、俺達は必ず幸せになる。そのために、俺は幽子の力になるよ」

「……錠前さん、恥ずかしいですね」

「俺からは幽子のことが視えないからかな。思ってもないこともスラスラ出てくる!」

「嘘なんですか!?」

「タンマ! 今のは違う! 本音が考えるより先に出てくるって言いたかったんだ」

「そうですか。まぁ、彼氏の言うことなら信じましょう」

 彼氏、か。

 こそばゆい。

「だから、今が不安でも、きっと乗り越えられる」

「でも、危険な状況下で結ばれたカップルは、長続きしないんじゃなかったですか?」

「あれは映画の台詞だ。俺達とは状況も違うし、俺が主人公なら絶対ハッピーエンドだ」

「言いますね、新司さん」

「……今まで通り、錠前さんじゃダメか?」

「付き合ってるのに、苗字をさん呼びっておかしくないですか!?」

「いや、なんか恥ずかしくて」

「だったら錠前さんも今まで通り、幽子さんでお願いします」

「そ、そうか。幽子さん、これからもよろしく」

「はい。でも、あのー……」

「何?」

「おっ立てた状態で、しかも擦り付けたまま告白されるとは思いませんでいた」

「それは俺の意志とは関係ないんだ!」

「ふふふのふ、そういうことにしておきましょう」

 五月下旬、俺と幽子は結ばれた。



「へいガール。順番にお話しようね」

「おはよう、錠前」

「おはよう、時計。アレ、何?」

「座敷くんとお話したい女子の列よ」

「五人くらい並んでるぞ……」

「顔は良いからね。ほっといてもその内、化けの皮が剥がれるでしょ」

「そ、そうだな……放っておくか」

「そう言えば、幽子さん、最近現れないの?」

「ああ、その話な。俺達、付き合うことになった」

「はぁ!?!?」

 ざわっ……。

「あんた、何言ってるの?」

「だから、付き合うことになった」

「な、何で……?」

「好きだから」

 ざわわっ……。

「……」

 席を立ち教室の外へ出る時計。

 何だ、報告するのは不味かったかな。

「おい、やっぱり好きだから寄りを戻そうだってよ」

「勝手な男だな。尻軽男に振り回された挙句、結局お前が好きなんだって都合が良すぎ」

「お前ら、男は帰巣本能がるんだ。最初に好きになった人は大事にしろよ」

「そうさガールズ、男はやっぱり一途さ。ダメ男に執着しちゃダメだぞ」

「……先生とバカわらしと愉快な仲間達、聞こえてるっつーの」

 こいつら本当に理系クラスか? 私文と変わらない人種じゃないか。

 ……。

 コンコン。

 返事はない。

「失礼します」

「あら、時計さんを三回も泣かせた最低男の錠前くんじゃない。よくここへ来れたわね」

「先輩は判ってくださいよ!」

「そうやって言い訳するから魅力が下がるのよ。男は黙って沈黙」

「黙って騒ぐことなんて出来ませんて」

 最近先輩の日本語がヤバイ方向に捻くれてる。

「はい、紅茶」

「ありがとうございます。やっぱり美味しいですね、このダージリン」

 そんな俺でも持てなしてくれる良心がある先輩だ。

「今まで黙ってたけど、それ、ずっとアールグレイよ」

「ぶっ」

 まさかのカミングアウト。

 俺は騙されてたのか。

「ところで、最近幽子さん視ないわね」

「……その話、時計から聞いてないんですか?」

「今日はまだ時計さんとお話する時間がなかったわ。せっかく傷を負ったところをフォローして籠絡するつもりだったのに」

「言葉は慎重に選んで下さい」

「座敷さんも今日は不在なのね」

「女子と話すことで手一杯だそうです」

「あら、モテるのね」

「顔は良いですからね」

 男でも女でも、美形は特別だ。

 別にそっちの気があるわけじゃない。

 イケメンみたら憧れるだろう? それと同じだ。

「それなら幽子さんの話に戻るけど、何故居ないの?」

「先輩に、聞いて欲しい推論があります」

「あら、何かしら」

 両者ティーカップを置いて姿勢を正す。

 真面目な話をする環境が整った。

「連休最終日前日、幽子さんは姉ちゃんの前で実体化しました」

「……本当?」

「はい。向かい合った時間は五分程度ですけど、俺だけでなく、姉ちゃんにも確認しました」

「それは私も視てみたいわ。見せたくないから連れてこないのかしら」

「先輩や時計にも確かめてもらいたいですけど、違います。連休最終日のことです。公民館で座敷わらしと出会いました」

「あの座敷さんね。本当に座敷わらしなのかしら?」

「自称ですから何とも言えませんが、今はその線で確定として話を続けます」

「判ったわ」

「その座敷わらしは、幽子さんには姿が視えるだけ、俺には声が聞こえるだけでした」

「……私が幽子さんを視えるだけと同じようね」

「はい。そこで、座敷わらしは言いました。可視の呪いをかけてくれと」

「可視の呪い? それは何かしら」

「それが何なのか判りません。けど、幽子さんの何かしらの力で座敷わらしは実体化しました」

「幽子さんの力というのは、本当かしら?」

「恐らくですが、確かです。座敷わらしは、やれば出来るじゃないか、と言いましたから」

「そう。では、座敷わらしがいて、幽子さんの力で実体化した。ここまでは確定としましょう」

「はい。そうではくては説明がつきません。座敷わらしが実体化した後、幽子さんの姿は視えなくなりました」

「と、いうことは、等価交換。差し引きゼロってことね」

「その通りです。座敷わらしが可視化し、幽子さんが不可視となった」

「何が座敷わらしよ。精霊というより妖怪じゃない」

「……今の、もう一度お願いします」

「? 何が座敷わらしよ」

「その後です!」

「精霊というより妖怪じゃない」

「それだ!」

「ど、どれかしら?」

「座敷わらしは、ワシ等は幽霊じゃないと言いました」

「……ああ!」

「座敷わらしは妖怪、幽子さんも、妖怪……?」

「妖怪と幽霊、どう違うのかしら」

「それは……どうでしょう」

 良いところまで行った気がしたが、ここで行き詰まってしまった。

「あのー……」

「時計!」

「時計さん!」

「な、何?」

 俺と先輩はこの状況を打破出来るかもしれない人物を発見した。

「時計さん、こちらへどうぞ。いつものダージリンよ」

「あ、ありがとうございます」

「アールグレイじゃないのかよ!」

「時計さんにはダージリンよ」

「左様で……」

「どうしたの二人とも、心なしか怖いよ」

「時計、何も言わず、それを飲んでくれ」

「何よ、改まって」

「そうよ。ほら、ぐいっと」

「天地さんまで……何を企んでいるの?」

「別に何も?」

「ねえ?」

「何で結託しているのかなぁ。まぁいいや、頂きます」

「ふ」

「ふふ」

「だから怖いって。何、自白剤入りとか!?」

 何か後ろめたいことでもあるのか。

「あー、そろそろ梅雨だなー」

「そうね。雨はジトジトして気持ち悪いわね」

「そうですよね、先輩」

「錠前くんも、雨は嫌い?」

「雨音は好きですが、外に出て濡れるのは嫌ですね」

「あら奇遇ね。こんな天気が続くといいのに」

「あの……天気の話から入るのって、気まずい時の話題だって本で読んだことあるんだけど」

「そんなことないぞ時計」

「そうよ時計さん。こんな天気が良い日は、写真を撮りたくなるわね」

 様子を伺っていたが、先輩が強引に切り込んだ。

 もうここしかない!

「そうだな。オカ研が揃った記念に、集合写真でも撮るか」

「そうよ。私達の活動の軌跡を残しておかないとね」

「どうしたんですか? お互い探りあうような会話して」

「と言うことで、まずは俺と先輩のツーショットを頼む」

「何かおかしいよ、錠前」

「いやー。憧れの先輩とツーショット、夢みたいだなぁ」

「そこまで言われると悪い気がしないわね。時計さん、仕方ないから写真撮ってくれない?」

「いいの? 彼女に悪くない?」

「彼女?」

「それは違うぞ時計。これはオカ研活動の軌跡だ。後ろめたいことは何一つない」

「そうなの? まぁ、確かに思い出は大事よね。いいわよ」

 時計がスマホを取り出す。

「おっと、せっかくのツーショットだから、俺のケータイで撮ってくれ」

「そうね。判ったわ」

 時計、チョロい。

「はい」

「はい。じゃあ撮るよ」

 俺と先輩が近づきカメラに収まる。

「……ふふふのふ」

「錠前くん、これはまさか!?」

「ええ、先輩。このキモい含み笑いはまさかです!」

「早く離れて下さい! 彼女の前でイチャつかないで下さい!」

 俺と先輩を強引に引き離す。

「……時計さんじゃないわよね。幽子さんかしら?」

「そうですけど」

「幽子さん!」

「ああ錠前さん。やっと会えました」

 がしっ。

 見た目は時計、しかし中身は幽子。

 いい匂いがする。

 って、これ不味くない?

「……あなた達、そんなに仲良かったかしら?」

「はっ!」

「彼女ですもん。仲良いのは当たり前田のクラッカーですよ」

「彼女? ……どういうことかしら、錠前くん」

「いや、あの、これはですね」

 しまった。事前に打ち明けていなかった。

「根暗女にはどうでもいいことですー。ね、錠前さん」

「えっと、その言い方は逆鱗に触れそうだから撤回しよう!」

「ど・う・い・う・こ・と・か・し・ら?」

「ひっ」

「ひぇっ」

 二人して怯える。

 この先輩は謎で変で怖くて優しくて女狐な先輩だ。

 そう、怖い先輩なのだ。

「実は、僕達、愛し合っています」

「は? 幽霊仮と?」

「仮って何ですか。私はれっきとした幽霊ですよ。そんな私でも錠前さんは好きって言ってくれたんです」

「本当かしら? 錠前くん」

「……はい」

「そこ、間を空けないで下さいよ」

「はぁー……何よそれ」

「えっと……」

「つまり、最近視えなくなった幽子さんに会いたいがため、時計さんに憑依させたってことね?」

「違います!」

「違うんですか?」

「まったく違う訳じゃないが、ここは否定しよう」

「男らしくないですね」

「何よあなた達! 私がどれだけ心配したと思っているの?」

「どうしたんですかこの根暗女は」

「幽子さん、口を慎め。この御方は俺達唯一の味方なんだ」

「錠前くん。今から私は敵になるわ」

「ええっ!?」

「ふふふのふ、やっと倒すべき好敵手が現れましたね。腕の見せ所です」

「二人とも止めてくれー!」

 これじゃ今までの話し合いが無駄になる!

「……っ」

 幽子の後ろをとる先輩だが、そこで動きが止まる。

「危ない所でした。おっぱいが大きい割に素早いのですね」

「くっ……」

 キャットファイトに発展したが、先輩に攻撃する気はなさそうだ。

「くらえ、ふんぬー!」

 さっきまで時計が使っていたシルバースプーンを操る。

「待て、幽子さん!」

「いたっ」

 先輩の頭にコツンとシルバースプーンが落ちる。

「うっ……」

「えっと……私が悪者ですか?」

「当たり前だ馬鹿者! 先輩に危害を加えたら幽子さんでも許さないぞ!」

「……ご、ごめんなさい」

「どうして、こうなるのかしら」

「ほら、俺じゃなくて先輩にも謝れ」

「ちっ……」

 舌打ちしやがったよ。

「どーもすいませんでした」

「いいのよ。時計さんの美しい身体を傷つけることが出来ない私が悪いの」

「先輩はちっとも悪くないよ。悪いのはこのバカ」

「いてっ」

 チョップが当たった。

 時計、ごめん。

「ひょい」

「あっ!」

「えっ?」

「このままじゃ話し合いも出来ないわね。ケータイは没収よ」

「せ、先輩」

「……あれ? 何? 何で荒れているの?」

「それはね、錠前くんが時計さんを襲ったからよ」

「なっ!?」

「ちょっと、言葉を選んで! 俺はチョップしただけだろ!」

「私にチョップしたの? 何で?」

 訳が判らないと呆けた顔をするのも当然だろう。

「それは、時計がツッコミで俺にやったことあるだろ?」

「ツッコミ? 私がボケたの?」

「今のがボケよ。さぁ錠前くん、ツッコミなさい」

「この状況で出来るか!」

「いたっ」

 しまった、先輩にチョップしてしまった。

「は?」

 時計は何が何だか分からないまま眺めていた。

「……つまり、こんな風に時計さんに乗り移った幽子さんにツッコんだのよ」

 あ、最後は助けてくれるのか。

 そう、優しさも兼ね備えた先輩だ。

「はぁ。まぁ、それくらいなら別にいいけど、でも、何? ちゃんと説明してくれるんでしょうね?」

「あ、あぁ」

「後は任せたわ、錠前くん」

 バトンタッチと言うように、すれ違いざまに肩をポンと叩かれる。

 そのままシルバースプーンを片付けにかかる。

 話をややこしくして解決してくれてありがとう、先輩。

「その、ごめんな?」

「だから、心当たりもないのに謝られても判らないって」

「そうだな。えーっと、俺と幽子さんが付き合うって、朝話したよな」

「……そうね」

「何だ、時計さんは知っていたのね」

「……それで、幽子さんが俺と先輩に嫉妬した」

「何よ、惚気話なの?」

「違うって!」

「言い訳はみっともないわよ、錠前くん」

「先輩は後ろから俺を撃たないでよ」

「ふんっ」

「それでな、幽子さんが先輩に危害を加えた」

「何よ、大変じゃない」

「だな。それで叱って思わずチョップしてしまった。反省してるし、反省させるから」

「結局、男女のもつれってことね」

「それは違うわ。錠前くんは土下座して私の靴を舐めたんだから、私のものよ」

「え!?」

「そこ、事実を捻じ曲げない」

「ふんっ」

「……結局、男女のもつれってことね」

「そ、そういうことになるかな」

「何それ。私ばっかり損してるじゃない」

「う、悪い」

「あーあ、何で私には憑依出来て、天地さんには憑依出来ないんだろう」

「それは確かに。以前は相性がどうのって言ってたような」

「そうね。それは私も疑問だわ。何故かしら」

 また振り出しに戻ったような気がした。

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