05.びっくりシンフォニー

「ただいま」

「お帰りなさーい。夕ご飯まだー?」

「一日家にいたの?」

「だってー、することないんだもん」

 唇を尖らせてソッポを向く。ダメな大人だ。

「レバニラ炒めでいい? 食材早く使わないと」

「わーい! 早く早くー」

 台所に立つ俺の背中に引っ付く。

「ほらほら、危ないからテレビでも見てなさい」

「子供扱いはヤダー」

「美希ちゃん、ほら」

 ポケットからおもちゃを取り出す。

「あー、ルービックキューブだー」

「これ解けなくてさー。賢い美希ちゃんなら完成できる?」

「おー、任されよー」

 帰りに百円均一で買ってきて良かった。

 単純で助かる。

 ……。

「ふー、余は満足じゃ」

「初めてにしては美味く出来たな」

「もういつでも嫁に来ていいよー」

「男なら自分で稼いでみたい」

「おー、一馬力は大変ですよー」

「嫁さんにも少し頑張ってもらえるとありがたいな」

「私、結婚しても働くよ? でも子供出来たら三年くらいは育児に専念したいなー」

「夢を語るのは大いに結構。頑張っていい男見つけろよ」

「ふっふーん。もう見つけてるよー」

「え!? マジ!? 誰!?」

「教えなーい」

 うわ、超気になる。

 こんな姉のどこが好きなんだろう。

 ……妹や弟は皆そう感じるのだろうか。

「じゃあ、暫く実家に帰ったほうが良いね。明日で休み終わるから、その後で良い?」

「えー、その必要はないよー」

「だって家に呼べないじゃん。嫌だよ、彼氏と鉢合わせなんて」

 きっと哀れみの目を向けることになる。

「……いいの! とにかくここで暮らしていいから!」

「わ、判った」

「よし。さぁ、一緒にテレビを見るべし」

「はいはい」

 二人がけのソファで一緒にテレビを見るが、姉ちゃんは途中で寝落ちした。

 ……。

「ふぅ……」

 姉ちゃんを寝かせて自室に戻る。

「お帰りなさい」

「うお! びっくりした! 居たのか」

 幽子がベッドで寝そべっている。

「いやー、よく寝ました。HPもMPも全回復しましたよ。でも宿屋って最初しか使いませんよね」

 俺のスマホでゲームをやっているようだ。

「何かあったか?」

「どうしてです?」

「前も寝た時があっただろ? で、翌日憑依が出来るようになった。今回も何か変化があったんじゃないのか?」

「ふふふのふ、流石目ざといですね錠前さん」

「ま、まさか?」

「見てて下さい」

 ガラケーが浮く。

「……は?」

「ほら、どうですか!? レベルアップしました!」

「どんなタネだ?」

「コツを掴んだんです。時計ちゃん家の一件です。あれ、やっぱり私の力でした」

「なんてこった……」

 これはポルターガイストってヤツか?

「タネなんてないですよ。信じてもらうために何か動かしてほしいものを言って下さい」

「じゃ、じゃあ俺を浮かしてみろ」

「それは出来ません」

「何で!?」

「部屋に入って来た時に試しました。でも出来ませんでした」

 にゃろう。

「人は無理ってことか? なら、この重さ三十キロのリストバンドはどうだ?」

「どうしてそんなものを持っているのか不思議ですが、いいでしょう。よっと」

 ふわーっ。ゆらゆら。

 うわ、マジだ。重さ関係ないのか。

「これでまた一歩立派な幽霊に近づきました! 私が幽霊として成仏出来る日も遠くないですね」

 先輩の言葉を思い出す。

 幽霊は宿主を呪い殺して消える。

 急に幽子が怖くなった。

「何ですか、その話。何も怯えることはありませんよ」

 やべ、心の声が漏れているようだ。

 どうせ漏れるなら、自分の口から伝えたほうが良いか。

 ごめん、先輩。

「幽子さん。今日、先輩と一つの結論が出た」

「ほう。何ですか?」

「幽子さんが幽霊として成長したら、消える方法は俺を呪い殺すことだ」

「……」

 珍しく幽子がぼーっと目を丸くする。

「つまり、成長したら悪霊になるということだ。簡単には祓えない」

「……」

「きっと苦しい日が来る。それから解放されるには、俺を殺すことだそうだ」

「……ぷっ」

「な、何?」

「何かと思えばそんな下らない話ですか。まったく下らないですね」

 やれやれと欧米風のリアクションは似合わない。

「確かに、信憑性は薄い。だがその可能性もあるってことだ」

「それは万に一つもないですね」

「どうしてそう言える?」

「だって約束したじゃないですか」

「約束?」

「まさか、忘れたんですか? 私だけ覚えているなんてショックです」

「ちょ、ちょっと待て。思い出す。えーっと」

「ぶっぶ〜。タイムオーバーでーす」

「はやっ」

「いいんです。どうせ時間かけても思い出せませんよ。その内思い出したら正答チェックしてあげます」

「ええー、気になる。絶対思い出してやるから」

「期待せずに期待しておきますよ」

「ああ、もう一つあった」

 ちょっとむくれている幽子のご機嫌をとりたかった。

「だからその話はいいですってば」

「俺が幽子さんを幸せにしてあげればいいそうだ」

「……はい?」

「だ、だからな、幽子さんを苦しませず一生ハッピーにさせればいいんだ」

「……プロポーズですか?」

「ち、違う! あくまで可能性の話! さっきの話は信じないで今の話は信じるのかよ!」

「……だって、辛いより楽しい方が幸せに決まってるじゃないですか」

「うん、確かにそうだな」

「だから、今の話は信じることにします。でも、よく話してくれましたね。口止めされなかったんですか?」

「まだ確実なことは判らないままだからな。言わない方が良いと思ったが、幽子さんが先に言ってくれたじゃないか」

「何か言いました?」

「干渉がレベルアップしたこと。俺を浮かそうとしたがダメだったこと」

「ええ、情報は共有した方が良いと決めましたもんね」

「そうだ。だから俺も話した」

「えへへ、そうですか」

 初めて幽子がはにかんだ。



 連休最終日。

「幽子さん」

「何ですか錠前さん」

 早く起きた朝は少し肌寒かった。

「出掛けよう」

「お好きにどうぞ。私は束縛女じゃありません」

「幽子さんと出掛けたいんだ」

「デートのお誘いとは大胆ですね」

「幽子さんがどこまではっきり視えるか確かめたい」

「何だ、つまらないですね」

 チェッ、と口を尖らせる。

「その、何だ、デートのつもりでも構わない」

「女の子とデート演習のために私を利用するってオチですか」

「違うよ。幽子さんと出掛けたいんだ。最初に言っただろう」

「おお、私口説かれてます。人生初です」

 その人生はもう終わってるけどな。

「朝飯作るついでに弁当を作ろう。いいか?」

「本格的ですね。答えはイエスですよ」

「よし」

 昨日の一件があってから、妙な胸騒ぎがする。

 幽子が幽子でなくなる予感。

 その前に、ただ単純に幽子と遊びに出掛けたかった。

 端から見ると一人遊びなんだけど。

「美希ちゃんへ。朝ごはんはパンで我慢して。お昼はお弁当作ってるから。夜には帰ります」

 まだ起きて来ない姉ちゃんに書き置きを残す。

「じゃ、行こう」

「ばっち来いですよ」

 来るんじゃなくて行くんだって。

「で、どちらへ?」

「そうだな、とりあえず近くの公園に行くか」

「デートコースの定番ですが、町中の公園は雰囲気なくて台無しですからね」

「はいはい、その際は気をつけますよ」

 背の高いマンションに隣接した公園は、辺りに子供は少ないのか人気がなかった。

「ブランコに座れる? 漕げる?」

「私をバカにしないで下さい。二歳の頃にはもう大車輪まで余裕でしたよ」

 マジなら凄い。

「よっと」

「おお、漕いでる。俺は幽子さんが視えるから違和感ないけど、これってマズいかな」

「それもそうですね」

「え?」

 隣りのブランコを漕いでいた幽子が俺の上に向い合って座る。

「これなら大丈夫ですね」

「ちょ、ちょっと待て! 恥ずかしいからどいてくれ」

「錠前さん。一つお尋ねしたいんでうが」

「な、何?」

「私に触れませんよね?」

「……あぁ、そうだな」

 手を前に伸ばしても透けるように空を切る。

 重さも気配も感じない。ただ、視えるだけだ。

「私からは触れられるんですよ。ほら」

 ほっぺを指される。

「そう視えるから触られているような気がするだけで、感触はないな」

「私は触っていると判ります。感触もありますよ」

「それは本当か? 感触があるなら五感もあるのか?」

「味覚は食事をしないので判りませんけど、たぶんあります。砂とか食べたくないですもん」

「そうなのか。他は?」

「五感って他に何がありましたっけ」

「……視覚はあるようだな」

「そうですね。最初にも言った気がしますが、あります。私が見ている風景が錠前さんと同じなら、ですけど」

「聴覚も会話が出来るならあるな」

「はい。錠前さんに限っては、心の声も聞こえますが」

 取り憑かれた特典みたいなものか。そこまでは説明できない。

「触覚はあると」

「ええ。私から錠前さんは触れます。錠前さんには感触は感じられないようですけど」

「じゃあ最後、嗅覚は?」

「時計ちゃんって良い匂いがしますね」

 マジだ、五感あるじゃん。幽霊と言え、腐っても人間なのか。

「五感ってもう一つありませんでしたか?」

「いや、五つ全部上げたが」

「ほら、それ以外のものです」

「第六感とか、第七感とかか?」

「それです。たぶん百八まであります」

「それは煩悩の数だ」

「ぼんのーって何ですか?」

「詳しくないけど、確か人間の苦しむ原因だ」

「私にも判るように説明してくれませんか?」

「悪いが、俺もよく判らない」

「成績優秀なのは学校のお勉強だけですか」

「そうだ。だから、そろそろ退いてくれ」

「何故です?」

「は、恥ずかしいから」

 ブランコに座る俺の上に乗る幽子と向い合うには、距離が近すぎる。

「ふふふのふ、案外ウブなんですね」

「幽子さんは恥ずかしくないの?」

「別に、なんともないですね。むしろ楽しいくらいです」

「これが?」

「はい」

 初めて出会った時も俺の上に座ってたな。

 幽霊が取り憑くってことは、この習性も加わるんだろうか。

「退いて?」

「嫌です」

 急に幽子を意識してしまう。

 青白い肌に肩まで伸びた髪、学校の制服を来た幽子は美人だ。

「ちょ、ちょっと、こんな所で欲情しないで下さいっ」

「ち、違う! そんなんじゃない!」

「これだから童貞は……」

「ど、ど、童貞ちゃうわ!」

「判りやすい反応ですね」

「ちなみに、幽子さんは」

「しょ、しょ、処女ちゃうし!」

「判りやすい反応だな……」

 なんて不毛な会話だろう。

「それに私、美人じゃないですよ」

「え?」

「生前はブサイクだったんですが。私綺麗ですか?」

「えーっと……はい」

 素直に頷く。俺は美しい物が好きだ。

 他の要素が不出来でも、それだけで価値はあると思っている。

「今は自分の顔が確認できないので何とも言えませんね。幽霊補正でもあるんでしょうか」

「ちょっと待て。生前がブサイクって記憶があうのか?」

「傷を抉りますね」

「大事なことだ。答えてくれ」

「うーん、はい。そう記憶しています」

 また一つ確かなことが判った。

「そうか。じゃあもう一つやって欲しいことがある」

「何ですか?」

「ポルターガイストだ。ここは人目もないし、何か思い切ったことをやってみてくれないか?」

「おお、自分の限界に挑戦ですか。熱いですね」

 熱血派のようだ。

「どこまで出来るか知りたいんだ。出来るか?」

「その挑戦、受けて立ちましょう。そうですね……」

 地面に降り、立つような浮遊するような幽子が公園を見渡す。

「うーん……」

「どうした?」

「いやぁ、限界と言ってもどこまで出来るか判らないもんで」

「だから挑戦するんだろう?」

「でも、鉄棒を捻じ曲げることが出来たら犯罪でしょう?」

「それは人間様のルールだ。でも常識が身についたことはいいことだ。常識の範囲内で頼む」

「難しいですね……」

 辺りをキョロキョロと見回す。考えては頭を傾げる。

「では試していいですか?」

「ああ」

「まず、砂場の砂を全て移動してみましょう」

「お、良さげだ。出来ても出来なくても片付けられる。やってみてくれ」

「判りました。ふんぬー!」

 その掛け声いる?

 砂がざわざわと揺れる。

 突風が吹いたように、砂が砂場の外に流れ出る。

「おお、全部とは言わないが、成功だ」

「はぁ……はぁ……難しいですね」

「じゃあ、戻して」

「じっくりと検証する間もなしですか。人使いが荒いですね」

「疲れる?」

「そうですね。五十メートルを走り切ったような疲労感はあります」

「判りやすい喩えだ。ちょっと休もう」

「そうさせて下さい。ふぅ」

 そう言って俺の上に座る。

「隣でも良いんじゃない?」

「ここが落ち着くんです」

 恥ずかしいな。

 仮にも美人の同年代だ。少しドギマギする。

「だーかーらー、欲情しないで下さいってば!」

「仕方ないだろう!?」

「認めた!? 今欲情したって認めましたね!? これだから思春期の男の子は!」

「あーもう! 幽子さんが悪いんだ!」

「私が美人だから悪いんですか!? いやー、困りましたね」

「……そうだよ」

「はい?」

「いや、何でもない」

「……はい」

「……」

「……」

 沈黙が続くと気まずいのか、幽子が俺の上から降りる。

「充電完了です。では、砂を戻してみましょう」

「そうだな。やってみてくれ」

 感触はないが、幽子が離れると少し寂しかった。

「ふんぬー!」

 再び突風が吹く。

 だが、飛び出した砂の全てが砂場に戻ることはなかった。

「そんなもんか」

「はぁ……はぁ……おかしいですね」

「いや、十分だ。これならそのまま放置していてもいいだろう」

「そうですか? 意外と荒らした責任感ないのですね」

「八割方戻っただろう。自然に起こりうることだ」

「ちょっと休憩」

 また俺の上に座る。

 その行動に慣れてきた。自己嫌悪する。

「幽子さん」

「何ですか錠前さん」

「凄いよ。そんな力があるなら、人のために何か出来そうだ」

「出来ても救える人は一握りです。それなら役立たずの方がマシです」

「そうかなぁ」

「神になろうというなら万能でなくちゃなりません。私にはそんな力ありません」

「何もそこまで大きなことを言うことないだろう。お参りに来る人の願いを叶えるくらいの力があればいいじゃないか」

「それが万能だと言うのです。私には無理です」

 確かに、砂を動かす程度の自然現象じゃ無理か。

 それに幽子が人の役に立つ姿が想像出来ない。

「ふぅ。少し慣れてきました」

「慣れるんだ」

「はい。コツを掴んだら簡単ですね。神童かもしれません」

 自分で言うなよ。

「幽子さん、同じような幽霊って視えないの?」

 ふと気になった。

 こんな長時間、家でも学校でもない所で実体化している幽子は初めてだ。

「私と同じような存在ですか。ここに来て知りましたが、それはもう……うじゃうじゃと」

「居るの!?」

「はい。でもお互い干渉出来ないようですね。目視は出来ても認識出来ないようで、私と他の幽霊は意思疎通すら出来ません」

「そうだったのか。怖い世の中だったんだな」

「何故幽霊という存在が語り継がれているか、その理由が今になって判りました」

「本当に居るんだな、幽霊」

「何でしょう、幽霊とそうでないものも視えますね。あれは何でしょう」

「どれ?」

「錠前さんには視えないでしょうけど、あのおかっぱのちっこいのです」

 指差す方は一軒家の入り口。人っ子一人見えない。

「あれは他と違うみたいです。まぁ、百八の内の第六感ですが」

「ふーん。他の幽霊と意思疎通出来たら良かったのにな」

「私はごめんですね。あんな下等な奴等とは口を聞きたくもありません」

 言うに事欠いてそれか。

「何か手掛かりがつかめたら良いんだけどな」

「私達は私達のペースでゆっくりやっていきましょう」

「……そうだな」

 生意気な幽子だが、認められた気がして嬉しかった。



 公園でお弁当を一人寂しく食べ終え、続いての移動先は公民館。

 一般に開放されているものの、管理人もいない。

 ここも人気がない場所だ。幽子の姿はまだ視える。

「寂れた場所ですね」

「そうだな。夏は外の広場でお祭りがあるが、小学生向けの小規模なものだ」

「お祭り! いいですね。是非参加したいものです」

「好きなの?」

「はい。不味い屋台が並んでぼったくられる風情が楽しいです」

 情緒ないな。

「じゃあ、夏になったら来ようか」

「いいんですか!? やったー!」

 両手をばっと広げる。

 その姿ももう見慣れた。

「と言っても、中に入るのは二回目だからな。こう静かだと落ち着かない」

「そうですか? 私はいい感じにアガりますよ。デートコースとしては最悪ですけど」

「誰もここでデートしようなんて思わないだろう……」

「あの根暗女なら不穏なことを言い出しそうな場所ですね」

「確かに」

 幽子も先輩が苦手なようだ。

「おや、ここにもあのおかっぱのちっこいのが居ますね」

「さっきと同じヤツ?」

「いいえ。さっき見たモノが蜘蛛レベルなら、今見えるモノは蛍レベルですね」

 イマイチ例えが判らない。

「幽霊なのか?」

「さぁ。錠前さんには視えないんでしょう? だったら、私と同類であることは確かでしょう」

「どこらへん?」

「錠前さんの目の前です。凝視されてますよ」

「へぇ。おーい、よちよち。怖くないよー。飴をあげようか」

「まるで幼女を誘拐する犯罪者みたいな手口ですね」

「キモい。近寄るでない」

「……え?」

「ん? 何ですか?」

「幽子さん、今キモいから近づくなって言った?」

「錠前さん。いくら私でもデリカシーくらいありますよ」

 そ、そうだな。幽子がそんな悪態をつくはずがない。

 じゃあ、今の声は?

「小僧、お主じゃよ。キモいんじゃ。どっか行け」

「……え?」

「さっきからどうしたんですか? え、しか言えないロボットになったんですか?」

「だから、声が聞こえるんだよ。どっか行けって言われた」

「誰がですか?」

「誰だろう?」

「ワシじゃよ。お主、ワシが視えないのか?」

「……え?」

「え、しか言えないロボット。略してエロ。うーん、我ながら良いセンスです」

「嬢ちゃんもうるさい。ブサイク面しやがってからに」

「ブサイク面だって言われた」

「ぷっ。錠前さんは自分がイケメンと思っていたんですか?」

「俺のルックスはどうでもいいだろ。さっきのは幽子さんに向かって言ったみたいだが」

「なっ!? 私がブサイクですって!? ……それは認めますが」

「そこで弱気になるなよ」

「あーもーうるせー。早く出て行かんかい」

「幽子さん。そのおかっぱのちっこいのって、まだ俺の前にいる?」

「居ますね。ずーっと睨んでいるようですが」

「きみが、俺に話しかけてるの?」

 何もない目の前の空間に問いかける。

「そーだよ。ここはワシの家じゃ。早く出て行け」

「幽子さん、俺、多分その子と話してる」

「はい? 気でも狂いましたか? 霊感もない錠前さんが幽霊と話せるわけないでしょう」

 幽子に言われても説得力がない。

「その子、男の子?」

「おや、そうですね。おかっぱのちっこい生意気そうなガキんちょですね」

「ちっ、この嬢ちゃんは当てにならないようじゃ。おいお主。この女に伝えてくれ」

「な、何だい?」

「ワシに可視の呪いをかけてくれ」

 可視の呪い?

「幽子さん、可視の呪いって判る? その子に可視の呪いをかけて欲しいと言われた」

「菓子の呪いって何ですか? お菓子いっぱい食べたいんですかね」

「まさか、ただの間抜じゃったか」

「間抜けだって」

「誰がですか!?」

「いや、その子が、幽子さんに」

「むきー! 生意気なガキですね。これは成敗してやらないといけません」

 どっちが子供か判らないな。

「こら! 子供は黙ってお姉さんの言うことを聞きなさい!てやー」

 ツッコミチョップが炸裂した。

「やれば出来るようじゃな」

「おっ!?」

「ややっ?」

 確かにおかっぱのちっこいガキだ。

 その姿形が視える。

「何じゃい、揃って間抜けな面しやがってからに」

「ゆ、幽子さん、俺視えるぞ」

「私も声が聞こえます」

「まったく、人の家荒らしやがってからに。もうお主の家に移らなならんじゃないか」

「は?」

「何を言ってるんですかねー。このちっこいのは」

「おい嬢ちゃん、誰に口聞いてるんじゃ」

「な、何ですか!? この口の悪さは!?」

「先輩以上だな……」

 同列に扱ってごめん、先輩。

「おい兄さん。早くお主の家に案内しくされ」

「幽子さん、これって一体……?」

「さぁ、私のも何が何だか……」

 ……。

 家に着く頃には夕方になっていた。

「ただいま」

「お帰りー新ちゃ……」

「ん?どうしたの?」

「その子は?」

「は?」

「どちら様?」

「え?」

「……」

「……」

「……ひょっとして、私のことですか?」

 なんてこった。遂に俺意外にも幽子が実体化したようだ。



「どうぞ、粗茶ですが」

「美希ちゃん、無理しなくていいから」

 慣れない動作で俺と幽子を持てなす姉ちゃん。

「がーん。新ちゃんに彼女が〜」

「あの、私と錠前さんは、決してそんな仲ではありません」

 姉ちゃんにも視認されるとなると、いつもの悪態はつけないようだ。

「じゃあ何よー。仲良くお友達させて頂いてますってー?」

「お友達でもないような」

「何!? じゃあヤるだけの仲!? 私は新ちゃんをそんな風に育てた覚えないよー」

 育てられた覚えはないのに、おいおいと泣き出さないでくれ。

「あの、お姉さん」

「……何?」

 お姉さん発言が姉ちゃんは気に入らない様子だ。

「錠前さん姉弟は、他人が入り込む余地がない程に仲がよろしいことは重々承知しています」

「……うん」

「私はただ、日頃お世話になっている錠前さんとお姉さんに一言ご挨拶に伺ったまでです」

 幽子のヤツ、外面はこんな応が出来るのか。

「……それはご丁寧にどうもありがとう。で? お二人はどんなご関係でー?」

「関係っていうか、それは」

「新ちゃんは黙ってて。えーと、あなた、お名前は?」

「霊前幽子と申します」

 うわ、とっさの嘘にしてはまともだ!

「そう、幽子ちゃん。うちの新ちゃんとはどんなご関係で?」

「私はオカルト研究会に所属しています。以前、先輩方がお泊りになったそうで、ご迷惑をお掛けして申し訳ございませんでした」

「そ、それはいいんだけど」

「何分少人数の同好会でして。それだけ会員としての仲も親密にさせて頂いております」

「は、はぁ」

「本日は急にお邪魔して申し訳ございませんでした。本当に、一言ご挨拶に伺っただけです。それでは、そろそろ失礼します」

「ど、どうも……」

 勝手知ったる幽子は玄関を開けて外へ出て行った。

 上出来な逃走だ。あそこまで丁寧に人間社会に溶け込むとは思わなかった。

「何、あの子」

「聞いた通りだ。同じ高校の後輩」

「とてもいい子じゃなーい?」

「そ、そうだったね」

「うーん、あの子ならしょうがないかなー。でも簡単には渡さないよー」

 実に不思議な会合だった。

 ……。

 夕食を終え自室にもどる。

「なぁ」

「あ? 気安く話し掛けるでない」

「ぼくは姉ちゃんに視えてなかったようだけど、何で幽子は視えたんだ?」

「ぼくって呼ぶな。ワシはこう見えても、お主よりずっと年上じゃよ」

「そ、そうでしたか。すみません。質問があるんですが、お答え願いませんでしょうか」

「下手な敬語は使わなくていい。普通に話してみよ」

 なんだかなぁ。

「あなたは何者ですか?」

「ワシか? ワシは座敷わらしじゃよ」

 座敷わらし?

 住み着いた家に幸福が訪れると言われる、あの精霊?

「これはおみそれしました」

「まぁ、もう老い先短いんでそんな力はない。あの公民館で最後を迎えるつもりだったんじゃが」

「そ、それはお邪魔しました」

「いいんじゃ。一般家庭で最後を迎えるってのも悪くない」

 こちらとしては、死を迎えられるなんて居心地が悪い。

「それで、姉ちゃんに幽子が視えて、あなたが視えない理由が判りますか?」

「そりゃ、年季の差じゃ。あの嬢ちゃんは生まれて間もないじゃろうよ?」

 生まれる? 死んだんじゃなくて?

「いつ生まれたのかは判りませんが、出会ってから一月くらいです」

「じゃろうよ。力のコントロールも出来ない、まだまだ見習いの未熟者じゃ」

「未熟者……。あの、幽子が消える方法を探しているんですけど、ご存じですか?」

「消す? あの嬢ちゃんを? 何てことを考えているんじゃ」

「何か問題でも?」

「ワシがこの家を選んだ理由が判るか?」

「いえ、まったく見当もつきません」

「判ったら教えてやろう。あとは自分で考えるんじゃな」

 そう言うと、ふっと姿を消した。

 本当に自由自在なんだ。幽子とは種類が違う、それだけは判る。

 しかし簡単には答えを教えてくれないか。老人は厳しいな。

「……幽子さん? 出ておいで?」

「……」

 返事がない。ただの屍のようだ。

 座敷わらしも幽子さんも消えてしまったので、これい以上どうしようもなかった。

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