act.7
家をでると、目の前に風見夜子がいた。
「おはよう凪野くん。そろそろエロエロ本の隠し場所は変えた?」
「エロエロ本とかいうな」
特にお互い何も言わず、一緒に登校を果たす。
今日は昨日の嵐がウソのように晴れて、強い日差しに、ところどころの水たまりが早くも蒸発をはじめていた。午後には消えているかもしれない。
昼休みに、桐谷が昼食にさそってきた。場所は中庭で、どうやらお決まりになったらしい。風見のあとに続いて教室をでる。
途中で購買による。風見がパンを買っている間、仲直りはできたみたいね、と桐谷が肩をついてきた。
結局、昨日の風見の答えは雷にさえぎられて、聞けずじまいだった。本当は荒田のことが好きだったのかどうか。それとも……。それをわざわざ掘り返すほど、おれも無粋ではなかった。ちなみに風見の首からは、昨日までしていた銀のネックレスが外れていた。
「チョコクロワッサンがなかったからメロンパンにした」と、風見が戻ってきて、中庭に向かう。
荒田とは昨日以来、会っていない。今日、学校にきているかどうかもわからなかった。あのあと、荒田は母親とどんな風にして接したのだろう。
それに下手に会えば、彼に死にかけた記憶を、思い出させてしまう可能性だってある。荒田は確かに、死の一歩手前まで踏みこんでいた。彼とはもう、会わないほうがいいのかもしれない。
その前に一度、荒田に貸した(奪われた)自転車を返してもらわなければならない。そのときが、彼とかかわる最後の時間になるだろう。
荒田静。彼のことを考えて、どうしても気になることがひとつあった。落雷の前、結局は荒田にさえぎられ、聞けなかった質問が風見にあった。
中庭について、タイミングよく桐谷がトイレに席を外した。この機会しかないと、おれは口を開いた。
「どうしてあんな提案を?」
「提案って?」
「あの落雷のとき。待っていてくれたら、荒田と付き合うっていう提案」
風見はすぐに思い出たようで、
「ああしていえば、教室にとどまってくれると思ったから。彼を救えると思ったから」
「別の理由があったんじゃないのか?」
「別の理由って?」
「その、ああいう目的以外で、荒田に提案したんじゃないかってこと」
風見はまだ首をかしげたままだった。遠まわりな表現は、やめるしかないようだ。
意を決して、しきりなおした。
「この一週間で偽の恋人を演じているうちに、本当にあいつのことが、好きになったんじゃないのか?」
付き合ってもいいと思ったのかもしれない。だからあんな提案ができたのかもしれない。
その真実を聞きたかった。気にかかっていた。
一瞬だけ、風見が笑ったような気がした。思わずムキになった。
そして答えがやってくる。そうっと口を開いて、風見は。
「わたしが好きなのはね……」
「やあ風見さん、それに凪野くん。昨日はとても楽しかった。ずっと退屈なことだと思っていたけど、ファーストフード店でだらだらと雑談するのも悪くなかったね」
ぐい、とわりこんでくる早口に、大きな声。
おれたちの座っている場所に影がさす。見上げると、やはり笑顔の荒田静だった。
またしても彼はおれの邪魔をしてくれた。もしかしたら、こっそりといまの会話を聞いていたのではないだろうか。
「……どうして中庭にいるってわかったんだ?」おれが訊く。
「僕は世の中の七割のことを知っている」
「残りの三割は?」
「数字に意味はない。知らなったときの逃げ道さ」
テーブルに荒田が購買で買ったパンが並べられた。そのなかにチョコクロワッサンがあった。それを見つけた風見がまっさきに手を伸ばした。トイレから戻ってきた桐谷が席につく。彼女も何事もなかったかのように荒田を受け入れている。
桐谷と風見が雑談をはじめるなか、荒田がそっと、おれのもとへ近づいてきた。
「てっきりもう関わってこないかと思っていた」おれが言った。
「とんでもない。風見さんを疑ったことや、助けてもらったお礼もまだしきれていないし。それに何より、きみたちといたほうが、面白いだろう?」
再認識した。
面白いことのそばにつく。それが荒田静だ。
「昨日は負けたけど、僕はまだ風見さんのそばをあきらめたわけじゃない。もしもきみが油断していたら、容赦なく寝首をかくからそのつもりで」
おれの肩をとり、荒田が笑顔を浮かべて、席へ強引に引きよせる。仕方なく座り、そこで四人掛けのテーブルが埋まった。
「まあ凪野くん。命を助けられた者同士、仲良くしよう」
自転車を返してもらえるのは、しばらく先らしい。
風見夜子の死体見聞 続短編/著:半田畔 富士見L文庫 @lbunko
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