結び

深い霧のような雲に包まれた凪いだ海の上を、時雨に手を引かれながら飛ぶ。


前を行く時雨の顔は見えない。


「ねぇ、時雨。おれを見つけてくれてありがとう」


肩越しに時雨がこちらを少し振り返る。

けれど、虫の垂れ絹の影でその表情は見えなかった。


「セン」

「なに?」

「《時雨》ではありません」


羽毛の落ちるような穏やかな間が過ぎる。

緩やかに波打つ海と、市女笠の垂れ絹を風にはらませながら、前を行く時雨の背の他にはなにも見えない。

霧のとばりの向こうに大きな柱の影が映る。


「今日から《かか様》です」


やがてその影は大きな鳥居の姿を形作る。

点在する岩山に立ち並ぶ、門のあいだを飛ぶうちに、前方の霧が薄れていった。

白木の鳥居が出迎えるように見えてくる。


「ありがとう。かか様」


時雨と繋いだ手が、ぎゅっと握りしめられた。


「おかえり。セン」

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やさしい雨 縹 イチロ @furacoco

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