第3話

翌日、薄雲の広がる空の下。

昨夜の宵の気配も消え、秋宮は通常の穏やかな日々に戻ろうとしていた。

センと時雨が別れの挨拶をしに白帝を訪ねる。秋宮へ初めて訪れたときに通された謁見の間へ案内された。


丁度話し合いが終わった辺り、畏まった正装に身を包んだ天人たちが、部屋の其処此処で協議後の情報交換をしていた。その最も奥、壇上に設えられた玉座より、ふたりの訪問に気が付いた竜田姫が手招きをしている。


市女笠を持ち、子に手を引かれて現れた雨女に周りの目が自然と集まった。

天人たちの表情は、ただ単に驚いたというものから、このような早い時期に何用かと訝しむ者。雨女が秋宮の一員になる子を伴って来たのではないかと言う、期待や好奇心に満ちたものまで様々だった。


「迎えに参ったのか」


時雨の姿を見て察したのか、白帝が声をかける。


「はい。里に連れて帰ります」


雰囲気を察したのであろう。

臣達は帝に頭を下げ部屋を辞していった。それに視線で答えながら白帝は言葉を返す。


「もう随分長い間、君と親しんでいるように思うのに、共にいた時間はあっという間に流れてしまった気もするよ。もう行ってしまうのだね」


「もう少し、一緒に遊んでいたかったわ」


白帝も竜田姫も、別れを惜しむ。

センだって、この二人とは、もう随分前から友であったような親しみを感じていた。でも、自分のようなただの子供が、国を治める帝を気安く友と呼んで良いはずがない。


「セン。私たちはお友達よね?」


玉座の肘掛けから離れ、竜田姫がセンのそばへ来ると視線を合わせるように座り込む。


「共に遊び。共に企んだ仲だもの」


たとえ何処に行こうとも、貴方は私たちの友であることを忘れないでほしい。


「これを君に贈ろう」


そう言って、白帝が侍従に持ってこさせた弓を一具センに差し出した。

丈夫な木に金や動物の骨や腱を張り合わせた合成弓だ。矢筒には青い矢羽のついた矢が入っている。合成弓は装飾もさることながら、製造が複雑なため大変貴重なものだと羽廾に聞いたことがある。


「この弓矢はまじないがかかっていてな。矢が尽きない。護身のために持って行きなさい」


センが弓を受けとるのを見て、時雨が心配そうに止めようとする。

白帝と竜田姫は苦笑を浮かべた。


「なに、友への贈り物だ。臣に対するものではないよ」


時雨が慌てたのも無理はない。

弓一具は白い色をしていたのだから。白帝がセンを気に入った余り、秋宮に迎え入れるつもりなのだろうかと心配したのだ。


「そんな不意打ちはしないわよ。センが良いと思ったら秋宮へ来てくれるはずだもの」


いつでも待っているからね。

そう言って、玉座のふたりは別れの挨拶に代えた。

いつまでも別れを惜しむものではない。悲しい別れより、また必ず会えると信じて笑顔で送る。


謁見の間を辞して庭へ出ると力輝が見送りに来ていた。


「もう、行っちゃうの?」

「うん。力輝も元気でね」

「俺は天界なら何処でも顔パスだからね。会いたくなったら遊びに行くよ」


『どうだ凄いだろ』と、言わんばかりの顔で力輝が腕組みをして胸をそらせる。


「人の世には立ち入り禁止だけどね」


それに水を指すように、彩華が呟くような突っ込みを入れた。昔、散々悪さしたせいで、人の世に降りてはいけないと天帝に釘を刺されているらしい。

そんな上の人を怒らせるなんて、何をしたのだろう?


「まだいたのか? さっさと帰れよ」

「あれ? 恩人にそんなこと言っていいのかな~?」


山津波の件をチラつかせる彩華に、力輝は蒸し返されたくないらしく『まぁまぁ、良いじゃない』と誤魔化す。懐にて微かに鈴の音が響く、白嶺の顔が浮かんだに違いない。


「とにかく、いつでも会えるから」


白虎は風のように数千里をひとっ飛びで走る。

彼にとっては月も黄海も大した距離ではないのだろう。


「力輝、ありがとう」

「気にすんなって」


軽くひらひらと手を振って笑う。


「セン。筒姫さまからの伝言~。『待ってる』だってさ。もう一度夏宮へ遊びに来てほしいんだって~」

「遊びに行くだけな」


すかさず白虎が釘を刺す。『選ぶのはセンだから』と彩華も口が減らないようす。

こうやっていつまでも話していたいけど、そう言う訳にもいかない。

名残惜しいけれど。


「ありがとう。でも。おれ、もうそろそろ行くね」


またね。またな。

誰一人『さようなら』とは言わなかった。

後ろ髪引かれながらもセンは振り返らず、時雨と共に池の水面に姿を消した。


--またね。

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