サイド 翔

 肉と野菜を炒め終えた俺は、魔法の粉、カリーパウダーをそこへひとかけする。

 余計な味は足さないで、シンプルに。

 これなら、料理の苦手な俺だって失敗しない。

 そして食卓に皿を運び、夕食の準備を整える。

「あれ……?」

 一人でお風呂に入る時は、シャワーだけで十五分もあれば出てくる大輔なのに、まだシャワーの流水音がするのを不審に思う。

 心配になって、俺はバスルームの扉をノックした。

「大輔? 大丈夫?」

 返事は返らない。俺は焦って、扉を開けた。

「大輔! 開けるぞ!」

 そこには大輔が、背を向けてシャワーを浴びていた。

 だが、跳ね返る水が。

「冷たい……! 大輔、何やってるんだ、身体壊すぞ!」

 ゆらりと振り返った大輔の瞳が、いつもとは違う暗い光を放っていて、俺は慌てて水を止めた。

「翔……」

 ずぶ濡れのまま、抱き締めてくる。

 その驚くほどの冷たさに、俺は思わず暖っためないと、と思って抱き締め返した。

「大輔、どうしたっていうんだ!」

 背を撫でさすりながら、下から顔を覗き込む。と、額に紫色の唇が押し当てられた。

 それはいつまでも離れず、故に言葉が紡がれる事もなく、俺を戸惑わせる。

「大輔、俺が今日は嫌だって言ったからか? 言ってくれなきゃ、分かんないよ」

「……翔。俺は、お前が俺を嫌いになっても、離してやれねぇ……」

「え?」

「好きな女が出来たんだろ? でも俺は、お前を縛ってでも繋ぎとめておきてぇ。駄目な男だ……」

 突然のぼった話題に、俺は訳が分からずにいた。

 俺だけが知っている、思い込みの激しい所のある大輔が、暴走してるみたいだと気付くには、十秒要した。

「ま、待ってくれ大輔。俺は、たまには君とゆっくり話がしたいと思っただけだ。君以外に、好きな人なんて居ないよ!」

 ようやく体温の戻ってきた厚い胸板が、俺の頬から離れて、ポカンと俺を見詰めていた。

「翔……じゃ、俺を嫌いになった訳じゃ……」

「もう。素面でこんな事言うの、恥ずかしいんだぞ……。俺が愛してるのは、大輔だけだよ」

 俯いて囁くが、耳の先まで熱くなるのを止められないでいると、大輔が再びぎゅっと抱き締めてきた。

「本当か?」

「俺が嘘や冗談で、こんな事言う訳ないだろ」

 深々と、大輔の口から吐息が漏れた。

 まるでしばらく、息をするのを忘れてたみたいに。

「良かった……」

「大輔、暖ったまろう。それから食事」

「ああ」

 誤解は解けたが、まさかたった一回拒んだだけで、こんな大ごとになるとは思わなかった。

 バスタオルで大輔の身体を拭くのを手伝って、それから、クローゼットにしまい込んでいたブランケットを引っ張り出してきて、バスローブ姿の大輔に羽織らせる。

「……さむっ」

 思い出したように大輔が呟き、俺は思わず笑ってしまった。いけないと思いつつ。

「ごめん、大輔。まさかこんな事になるとは思わなくて……」

 口元を覆いながら零すと、大輔もちょっと罰が悪そうに笑った。

「悪いと思ったら、暖っためろよ」

「うん」

 俺は小刻みに震えてる大輔の頬に口付けて、まだ冷えている身体を抱き締めた。

 でも、それだけじゃちょっと物足りない…。

「大輔」

「ん?」

「ぎゅってして」

 大輔は無言でブランケットの内へ俺を招き入れ、願い通りにしてくれた。

 暖ったまったら、夕食を食べながらお喋りして、抱き合って眠って、明日の朝にはまた俺が、スクランブルエッグとウインナーとトーストの朝食を作って、行ってらっしゃいのキスしたいんだ。

 そう打ち明けた俺の髪を撫で、大輔はやっぱり無言で『ぎゅっ』ってしてくれた。

 二人だと、暖ったかい、な…。


End.

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