第29話 エピローグ

 病院は朝から賑やかだった。

「もう、お兄ちゃん。入院とか勘弁してよね」

 希美の文句に光輝は苦笑いするしかない。

「悪かったな。家の方は上手くやれてるか?」

「うん、ぼちぼち。お兄ちゃん、何か変わった?」

「いや、僕は何も変わってないよ」

「そう? だよね」

 希美は腑に落ちない感じだ。

 光輝の中にはかつての王だった記憶がいろいろと蘇ってきていた。

 この感情とも折り合いを付けていかないなと思うのだった。

「人の世界の医療とは凄いものですな。わしはもう死んだかと思いましたぞ」

 入院してベッドに寝ながらもゼネルは元気そうだった。光輝も無茶をして炎を撃った右手が痛んで入院していたが、もうすぐ退院が出来そうだ。

「おじいちゃんもお兄ちゃんも元気そうで良かったわあ」

 リティシアはベッドにいる二人の間を駆けながら元気そうにしている。

「リティシア様はそろそろ魔界に帰ってきていただけませんか。みんなが寂しがっています」

 アクバンが困惑するのも当然だろう。寂しがっているみんなが見舞いに来るから。病院ではもう悪魔を見るのが日常になっていた。

 学校のみんなが竜の面倒を見てくれているのがせめてもの幸いだった。その竜もたまにクラスメイト達を乗せて飛んでくるのだが。

 思っていると、早速窓の外に現れた。背にクラスメイトを乗せて竜がはばたいている。

「王よ、お元気そうで何よりです」

 ダークラーが声を掛け、その背のクラスメイト達も話し掛けてくる。

「早く退院しろよ」

「みんな待ってるよー」

「うん、ありがとう」

 光輝は彼らに入ってこいとは言わない。より迷惑になるのが分かっているから。

 魔の存在に頭を悩ませていると、その魔と戦う者達がやってきた。ハンターの翔介と郁子だ。

「失礼する」

「怪我の具合はどう?」

「うん、もうすぐ退院できそうだよ」

「良かった。隣の席が空いているとわたしもリティシアちゃんも落ち着かなくて」

「早く治せ。他のハンターがやってこないうちにな」

「うん」

 翔介は今の魔の溢れている状況を上に報告するのを待ってくれているらしい。こういうところは郁子と兄妹だなと実感する。

 彼も後で連絡の事で上に怒られるのだろうなと、その姿が容易に想像することが出来た。

 郁子が微笑み、光輝も微笑みを返した。それを翔介が見とがめた。

「何だ? 二人で何を笑いあった」

「兄様には秘密よ」

「兄妹だなと思っただけだよ」

「そうか……?」

 光輝がみんなの暖かさに感謝していると、向こうのベッドから怒る声がした。

「静かにしろ! ここは病院だぞ!」

 驚いたことに虎男も同じ病室で入院していた。

「お兄ちゃんに負けた人が偉そうに」

 リティシアが余計なことを言う。

「いや、虎男に勝ったのは僕じゃなくて翔介なんだけど……」

 どうもリティシアは光輝なら何でも出来ると思い込んでいるようだ。

 現実の光輝は翔介にも勝負で負けているのだが……

 せめて妹をがっかりさせないように、みっともないところは見せないようにしようと密に決意するのだった。

「相手なら私が務めますが」

 アクバンも余計なことを言う。虎男とアクバンが戦ったらまた騒ぎが大きくなりそうだ。

 悪魔達が盛り上がる前にゼネルが良い事を言ってくれた。

「王の判断を仰ぎましょう」

「ここは病院だから静かにして」

「ははーっ」

 みんなが従ってくれた。光輝はほっと安堵の息をつくのだが、

「で、お兄ちゃんと郁子お姉ちゃんは退院したらいつデートに行くん?」

「え」

「え」

「「「え」」」

 リティシアがまた余計なことを言いやがった。郁子は顔を真っ赤にさせている。

「お、お、お兄ちゃん、どういうこと?」

「どういうこともないよ」

 慌てる希美に弁解する。兄妹揃って声が上ずっていた。

 さらに光輝の呑気な妹は追い打ちをかけてくる。

「だって付き合ってるんやもん。恋人同士やったら当然やん?」

 彼女の顔には悪意がない。だからこそ立ちが悪い。

 一瞬静まり返り、とたんに賑やかになる病室。

 もうどうにでもなれ、畜生め。

 光輝はもう投げやりな気分になったのだった。

 

 少年の手には炎が宿っている。

 魔を従える漆黒の炎シャドウレクイエムだ。

 過去、様々な魔物達がその炎に魅せられて、彼の元に集った。

 そして、再び、彼は目覚めた。

 王として。


「ところでお兄ちゃん、いつまでそのカラコン付けてんの?」

「あ」

「お兄ちゃんもやっとこの道を分かってくれたんだね、うんうん」

「分かってないよ、忘れてただけだよ。凛堂さん、これ取ってよ」

「何で? かっこいいわよ」

「…………」

「…………」

 思わぬ言葉に見つめあってしまう二人。

 光輝は気まずく思いながら言葉を掛ける。

「凛堂さん、どうかした?」

「別に……」

 郁子は目を逸らしてしまった。

 どうしようかこの状況をと思っていると、傍でリティシアとゼネルが囁き合っている声が耳に届いた。

「お爺ちゃん、恋人同士がいちゃついとるで」

「青春ですなあ」

 その声を受けたかのように翔介が近づいてきた。

「ちょっと向こうで話をしようか、光輝君」

「離して翔介! 僕、入院中!」

「大丈夫、痛くはしないから」

「大丈夫そうじゃないよ!」

 腕を掴まれて連れていかれる。

 そこに犬が走ってきた。

「ワンワン!」

「何でケルベロスまで来てるの!?」

 驚く光輝。ここは病院だというのに。

 ペットは許可されているのだろうか。

 みんなは生暖かく見守っている。

 そこには王を心配させる者は何も無いように見えた。


 彼の活躍はこれからも続くだろう。

 漆黒の炎シャドウレクイエムとともに。


「患者様、他の患者様の迷惑になりますのでお静かに……わあ! 犬!」

「すみません!」


                            終わり

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There is darkness place けろよん @keroyon

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