最終話 エピローグ スキル創造

 気を失っていた俺はしばらくして意識を取り戻した。痛む脇腹には包帯が巻かれ、治療の跡があった。やはりそこは玉座の間だった。どれくらいの時間が経過したのだろうか。


 フィーネのことは夢であって欲しかったが、現実だった。


 ぼんやりと最後の場面を思い出す。


 朦朧とした意識の中で、フィーネの頭を撫でていた。ゴブリンの肌がこんなに柔らかかったのだと思った。以前は鋼鉄のような肌だったが、本当はこれほどまでに柔らかかったのだ。


 フィーネを抱きしめた。小さいゴブリンの女の子が弱い力で逃れようとする。ゴブリンの力は弱い。これほど弱いものだったのかと改めて思った。


 うごががが、と声を発し俺の腕を振り払う。フィーネは父親を追って歩き出す。意識が途切れかかる中、俺はその背中を見ていた。柱の影から顔を出す父親の元へと歩いて行く。フィーネが後ろを振り向くことはなかった。フィーネは父親の後ろに隠れた。怯えるように目だけを出してこちらを窺った。二体はぶるぶると震えていた。


 広い玉座の間で二体のゴブリンが何かに怯えるように柱の陰で震える、それが気絶する直前に目に焼き付いた光景だった。


 フィーネがスキルを抹消することで、すべてのゴブリンのレベルがダウンする。こんな終わり方は想像していなかった。この世界のゴブリンはすべて弱い存在となってしまった。ゴブリンは最弱の種族となった。


 城からはほとんどのゴブリンが逃げ出していたが、フィーネとその父親だけはミミカ達が捕縛していた。だが話し合ってこの二体も逃がすことにした。


 城から立ち去るその足で、フィーネとその父親は森の中へ逃がした。どちらも後ろを振り返ることはなく、森の中へと消えていった――




 俺達はゴブリンを逃がした森を背に、エアリアス王国へ向かって歩いていた。ゴブリン帝国で起きたことを忘れるかのように、みんな明るく振舞っていた。ミミカは早くショッピングモールを完成させたいと言う。ラノキアの街の地下は埋められちゃったから、次はどこを掘ろうかと楽しそうに話している。横を歩いているラミイはもう地下はこりごり、と首を振っている。そんなことより帰ったらギュードンを食べようよ、と食べる方向に話を持っていく。


 ドリルとカルニバスは相変わらず姉妹のように仲がいい。時々疲れたと行って歩かなくなるドリルをカルニバスはひょいっと持ち上げ、抱きかかえて歩く。お姉ちゃん、次は何をして遊ぼうか、そう尋ねるドリルに、そうね、ちょっと疲れちゃったから温泉にでも行って休みましょうか、こんな時にはライアヒルの温泉が一番よ、と話している。そういえばあの温泉はミミカとラミイが破壊してしまったのだ。カルニバスはそのことを知らない。


 遠方からエミリスさんが手を振って歩いてきた。エミリスさんとはゴブリンの城から出る時に別れていた。エアリアス王国への報告を終えて戻ってきたエミリスさんとここで合流する。エミリスさんは王国騎士の第八部隊長に就任する予定だそうだ。新しく部下もできるそうで、そのことを嬉しそうに話す。


 やがてドリルとカルニバスが勝負の話を思い出し、俺のことを見つめてきた。


「ところでゾゾゲはわたしのペットになってくれるんだよね?」


「いいや、私の物だぞ。ドーテーは」


 ドリルとカルニバスがお互いを牽制しながらも先を争うように、抱きついてきた。俺にしがみついて可愛らしくぴこぴこ耳を動かすドリルと、悪魔のような黒い翼を絡ませてくるカルニバス。それを見ていたラミイとミミカも悪乗りをする。


「だめー、マヒロは私のもんや。誰にも渡せへん」


「ああーん。ラミイちゃんずるいー」


 ラミイとミミカが俺の両腕を左右から引っ張り、今にも抱きつこうとする。だが、横からの咳払いでそれが遮られた。あやうく二人にまで抱きつかれるところだった俺を救ったのは、そんな様子を見ていたエミリスさんだった。


「ゴホン。あ、う、うん。今回の件で国王陛下から褒章が出るそうだ。ただ国王陛下はギャンブル好きだ。十分注意しろよ」


 エミリスさんの咳払いでラミイとミミカが離れる。俺はドリルとカルニバスをなだめながら、六人はエアリアス王国へと歩を進めた。




 どこまでも突き抜けるような青さが広がる晴れた日だった。近い将来に脅威となるであろうガリュウを倒したこと、そしてゴブリン帝国を崩壊させたことによる成果に対して、国王から直々の褒章を受ける日がやって来た。


 エアリアス王国、玉座の間。俺とミミカ、ラミイの三人が国王の前に跪く。


 広い玉座の間にはずらりと王国騎士が並ぶ。国王の近くには国の重鎮らしき初老の面々と、布をかけられたお盆を持つ五人の従者らしき姿。


 まっすぐ伸びた赤い絨毯の先にある、豪華な装飾が施された玉座。そこに座る国王。


 玉座の間に、威厳のある国王の声が響く。


「転生人の三名よ。面(おもて)を上げよ」


 真っ赤な衣装に身を包んだ国王。初老の国王がその年令に似合わない若々しい声を張り上げた。


「今回の件、王国騎士エミリスより全て話を聞いている」


 エミリスさんは一連の出来事すべてを国王に報告していた。ガリュウのこと、ゴブリン帝国のことはもちろん、フィーネのことも含めてすべてを。


「ガリュウの討伐、そしてゴブリン帝国の崩壊、大義であった。この国の王として心から感謝の意を述べよう。そなたらの働きに見合う対価として、五百万ギルの褒美を用意した」


 国王のその言葉で、脇に控えていた従者がお盆の上の布を取り払う。お盆の上には大量の金貨が山積みにされていた。五人の従者の前に金色に輝く金貨の山が出現した。一山百万ギル。五つの金貨の山がきらきらと眩い光を放つ。


 反射的に、元いた世界でいくらに相当するのかを計算してしまう。えっと、五百万、五千万、五億円? 五億円か!?


 これって宝くじなみの金額だよな……。これで異世界生活も安泰なのか? 思わずニヤけてしまいそうになったが、横で真面目な顔をして跪いているミミカとラミイにつつかれて平静を取り戻した。


「ところでな、わしとこの五百万ギルを賭けてちょっとした勝負をしないか?」


 急に口調が柔らかくなり、妙なことを言い出したので、顔を上げて国王を見上げる。初老の国王はいたずらっ子のような若々しい笑みを浮かべていた。


「マヒロよ、ダイスで『ある目』を出してみよ。さすれば、この五百万ギルと国の『秘宝』の両方をお前に取らせよう。もし出せなかったらすべて没収だ。どうだ? もちろん断ってもいいぞ。だがお前はこの勝負を受けると思うがな――」


 これがエミリスさんがいっていたギャンブル好きってやつなのか。それにしても国の秘宝とはいったい何なのだろう。その秘宝がどれほど魅力的な物かはわからないが、五百万ギルを賭けるほどの価値があるのだろうか。国王は俺がこの勝負を受けるはずだと確信しているようだが……。


「これがこの国の『秘宝』だ。マヒロ、お前ならこれを知っているな」


 国王が懐から取り出したのは手のひら大の白い球体だった。その大きさ、形には見覚えがあった。


「スキル玉……ですか?」


 そう答えたが、自信はなかった。一見するとスキル玉のように見えたが、それは真っ白だった。ガリュウが死んだあの部屋でもこの色のスキル玉は存在しなかった。


「そうだ。だがこれはただのスキル玉ではない。これにはスキルの能力が備わっていない。いまからダイスを振り、ここに新しいスキルを書き込むのだ」


 スキルの能力が備わっていない、そんなスキル玉が存在しているというのか……。


 空っぽのスキル玉、そういうことなのか。


「わしは国王なんてやっているがな、元は転生人だ。わしの所有スキルは神域スキルの【クリエイト・ニュースキル】。だがこのスキルはやたら不便でな。神域スキルのくせに一生に一度しか使えない、おまけに運任せという厄介なものなのだよ」


 国王は白いスキル玉だけではない。玉座の裏からスキルダイスも取り出した。従者はバスケットボールほどの大きさもあるスキルダイスを国王から受け取り、俺の目の前に置いた。


「このスキルダイスで出た目のスキル玉を作成することができる。しかもわしのスキルは新しいスキルを創造できる。いい機会だ。わしは新しいスキルをそのスキルダイスに書き込んでおいた。それでもその目を出さないかぎりは無駄に終わるのだがな。ほんとにやっかいなスキルだ」


 国王は顎にたくわえた立派な髭を撫でながら、自身の持つスキルについて説明してくれた。


【クリエイト・ニュースキル】:新しいスキルを創造し、スキルダイスに書き込むことができる。そのスキルをスキル玉として作成できるのかは運次第。スキルダイスを振って出た目のスキル玉が作成される。ちなみに、一生に一度しか使用できないのだと言う。


「スキルダイスに書き加えたスキルは神域スキルの【リバイブ・ロストメモリー】。失われた記憶を呼び起こすスキルだよ。エミリスからゴブリンの娘の話を聞き、わしがお前のために創造してやったのだ。しかし神域スキルゆえ一億五千万の目の内、当たりは一つ。引き当てるのは一億五千万分の一の確率だ。さあ、マヒロよ、このダイスで【リバイブ・ロストメモリー】を引き当てられるかな?」


 国王は「失われた記憶を呼び起こす」という新しいスキルを創造したのだという。エミリスさんからフィーネのことを聞いた国王が新しいスキルを作成してくれたというのだ。


 つまりこのスキルがあればフィーネの記憶を取り戻すことも可能かもしれない。


 なら、振らないわけがない。


 国王が必ず勝負を受けると言ったのは、こういう意味だったのか。


 しかしダイスを振れるのは一度だけだ。いくらなんでも一億五千万分の一を引き当てるのは無理がある。


「マヒロ、私と繋がって――」


 横にいたミミカが跪いたまま声を出した。彼女の言葉の意味をすぐに理解する。そうだ、ミミカにはまだスイートスメルのスキルを使っていなかった。だけどいまさらミミカと繋がったところで……。


「私と繋がれば私の運が使えるはず。こう見えても私って運が強いんだよ」


 そう言ってミミカは微笑む。ラミイも横で頷く。


 確かに奇跡的にガリュウを倒せたのはミミカのおかげだ。


 ミミカの運の強さがどれほどのものかは知らないが、せっかくだから利用させてもらおう。少しでも確率が上がればそれに越したことはない。


 ミミカに【スイートスメル+】を発動した。広い玉座の間の隅々にまで、芳醇な香りが広がる。そして頭の中にアナウンスが流れた。


『マヒロにミミカの天運が流れ込みました』


 俺はこの挑戦を受ける決意をし、国王にそれを宣言する。


 立ち上がり、バスケットボールほどの大きさのあるスキルダイスを持ち上げた。額の前に掲げて念を込める。ミミカとラミイも目をつぶり、祈るように両手を握り締める。


『マヒロに如月ミミカ、ラミイ・セルフィス、カルニバス、ドリル、エミリス・ガーラット、白き清浄の女神、フィーネ・ガルフ・エラント、七名から幸運の力が流れ込みます』


 良かった。まだフィーネとも繋がっている。あのゴブリンの女の子との繋がりはまだ切れていない。


 ――フィーネ、探しに行くから待っててくれ。


 高原の花畑のような芳しい香りに溢れた玉座の間に、国王の声が響き渡る。


「さあ、マヒロ。スキルダイスを振るのだ――」


(了)

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ゴブリン娘と天運のミミカ 高瀬ユキカズ @yukikazu

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