第35話 対D軍戦 第1試合 〜その4〜

 11打席連続本塁打。この試合では2打席連続となるそれは、もはや見ていた者達を歓喜とは遠ざけた感情を湧き上がらせていた。

 敬遠球を、それも勝負球のような速球を打ち込むその様は、容易には受け入れる事が出来ない程、人間離れした所業であると認識されたのだ。ただ1人を除いては。


「あいつのバット」

 圧倒的な一打を見せつけられておきながら、広兼はそんな事を呟きだした。

「長かったよね」

「そうでしたか?」

 言われれば、そんな気もしたが、関ヘッドコーチにはイマイチピンと来てない。

「いや、確かにそうだよ。さっきの打席からだ」

 さっきの打席というのは大前から本塁打を放った時の事を言っている。

「ああ、なるほど。敬遠球を打つために替えたんですかね」関の答えに広兼は「それだけで使えるほど簡単じゃないでしょ。長尺は」と、考え込みながら言った。


 そもそも広兼は、相川のバッティングを広兼なりに理解していた。理解というより共感と言った方が正しいかも知れない。

 つまり相川が何故、本塁打を量産しているのか、相川が何をしているのか広兼は感覚的には把握していたのだ。

 それは、広兼本人が天才バッターであるからこそ共有出来た感覚で理屈で説明できる事では無かった。

 しかし、だからこそ解らない事もある。それもまた感覚的なものである為、言葉で説明が出来ないのだが、広兼は相川のバッティングに一貫性がないように感じているのだ。頭の中で描かれるバッティングのイメージから見て、現実で行われている相川のプレーに違和感のようなものが感じられる事が時折起きている。

 つまり、どこか真っ当でないのだ。何かで誤魔化しながら成立させている脆さを相川のバッティングから感じているのだ。

 ただ、その正体はハッキリとしない。広兼の意識は深く沈んでいく。イメージを具体化する事で形を成す怪物の正体に辿り着くため。その隙間をこじ開ける事が出来ればその虚像は陥落すると信じながら。


 広兼が思慮に耽る間も試合は進んでいた。石島が後続を断ち6回を終える。

 S軍は2番手ピッチャーに十和田を送り込む。残り3回、このまま逃げ切るつもりだろう。守備固めのつもりか、代打の都留を、そのままショートの守備に置く。それによりピッチャーの打順が下がった谷池の2番となる事は、もはやS軍にとっては関係がない事なのかもしれない。


 ただその采配が、広兼の頭の中を覆っていた霞に光を刺した。


「あいつ、都留って言ったっけ」広兼はスコアラーの坂上に尋ねた。

「ああ、はい」答えながら坂上は資料をめくる。「今年から一軍登録です。昨年までは、ファームでやってたようですね」

「どんな、奴なんだろ。資料はあるの?」

「今すぐ資料は準備しますが、監督覚えてませんかね?甲子園で馬木と同じチームだったんですが」

 馬木は現在T軍のピッチャーである。高校時代からその名を轟かせており、今では“スピードスター”の異名を持つ球界のエースといっても過言でない程の急成長を遂げている選手だ。

 その馬木のいた岩手工大付属は、馬木のワンマンチームだったはずで、そんなに目立った選手はいなかったと広兼は記憶していた。

「ちょっと話題になったんですけどね。カットマンとして」

「カットマン?」そう言われて、どこのチームだかまでは思い出せないものの、そのプレーの是非が話題になったカットマンを広兼は思い出していた。

 当時、カット打法で粘り出塁するというプレーが物議を醸し話題になった選手が都留だったのだ。

 確かに、その頃コメンテーターとして活躍していた広兼は、非難されるそのバッティングに対し「立派な技術だ」とコメントした事があったが、それで大成すると考えていたわけでは無く、それ以上の印象は残っていなかった。


「なるほど」

 広兼の脳裏には、先程、都留がセンター前に放ったヒットが蘇っている。そして、それが相川のバッティングと結びつく事で、1つの姿がようやく像を成した。


「関さん。片岡の準備はどうですか?」

 突然振られて、関は戸惑う。

「片岡ですか?まだ7、8割かと」

 戦況が不利の中、抑えの切り札が必要かそうで無いかを見極めるのが難しい中であるが、そこは抜かりなく準備を進めている。

「8回から行きます。そう伝えて下さい」

「わ、わかりました」

 そう答えたものの、2イニング登板をするという意味なのか、それともそれ以外に案があるのか、関は混乱していた。しかし、滅多に口を出さない、むしろ一任されてると言っても過言ではないくらいの投手起用に対して、広兼が注文をつけてきたからには何か意図があるに違いないと、とっさに返事をしてしまったのだ。

「あ、あとそれと」広兼は付け加えるように言いかけたが「いや、これは直接言います」と言葉を途切らせる。


“確信を持って事に臨もう”

 そう自分に言い聞かせて、広兼は再度、頭の中での検証を行っていた。

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モンスターヒッター 枡田 欠片(ますだ かけら) @kakela

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