帰って、枕に顔を埋めなければ、恥ずかしさで頭がどうにかなってしまいそうだ
後続車両。僕はその可能性について、なにも考えていなかった。
「……コナー。お前が超能力者の見た日、206番のバスに後続車両は居たか?」
「い、いや……わかんない」
コナーの曖昧な返答に、僕は心の中で舌打ちをうつ。もし、あの後続車両が僕たちの乗る206番を追い越すことができたのなら、この事件はいとも容易く終わってしまう。すなわち、『超能力者の正体は、後続車両の乗客でした』という、つまらない解決を見ることになってしまう。僕は楽なのは好きだが、つまらないものは嫌いだ。
「……とりあえず、今は経過を見守ろう。後続が追いつけるか追いつけないか、もうすぐ分かることだし」
「そうだね……」
前方に向き直り、外の風景を見つめる。駅まで残りの停留所は二つ。後数分で到着するだろう。その時の後続の位置を確認して、結論を下そう。
「……なんかしゃべれよ」
「……ロックこそ」
後続を見つけてから、僕たちの間に緊張感が生まれた。別に、劇的な解答を望んでいた訳じゃあない。特に、衝撃な幕引きを期待していた訳でもない。ただ、せっかく意気込んで、友人の手も借りて、解決を見届けようとしたこの事件の正体が、『後続車両に追い越されて、乗客に先に改札に行かれた』、なんて間抜けなものになるのは、どうにも気分が悪い。なんというか、負けるならもっと強い奴に負けたいというか、そんな程度の薄っぺらい意地が生まれたのだ。
「……あ、自転車が……」
コナーの声に引かれ、僕は車外の道路に目を移す。今まで並走を続けていた自転車が、少しスピードを上げたのだ。前方には交差点、信号機は黄色になりかけの青。ここを振り切って、僕たちに差をつけるつもりらしい。
「来たぞコナー。ここが正念場だ……!」
「うん……!」
このバスが、ここの信号を抜けきることができるかで、恐らく様々な命運が決まる。206番対自転車のスピード争い、206番対204番のスピード争い。ここで自転車に差を付けられるか、204番に並ばれてしまうか。今日の実験の全てが、この勝負にかかっているという訳だ。
知らず、つばを飲む。横を見やると、コナーも僕と同じように固唾をのんでいる。206番は少し減速し始めた。もしかしてこのまま止まってしまうのだろうか。後ろを見ると、204番はもう目と鼻の先まで迫ってきている。信号は渡れないだろうが、206に並ぶことはできそうだ。並ばれれば抜かされる、抜かされれば実験はくだらなく終わる。どうでる、ここでどう動く? 206番は低速になりーー
青信号が変わるぎりぎりで、交差点を渡った。背後には204番、悔しげに鎮座している。横断歩道には自転車、こちらは不敵に笑っているようだ。表情までは見えないけど。
「やったな、コナー……! お前、バスを見逃しただけの間抜けじゃなかったぜ」
「よかった……そんなアホなミス、恥ずかしくて死ねる……」
よくよく考えれば、後ろから追ってきたバスに、追いつかれることはあっても、追い越されることなんて、そうそうないか。今回追いつかれずに済んだのも、偶然ではなく必然であったと考えても良いだろう。
ーーしかし、後続のバスか。なにか、なにか引っかかる。あのバスには追い抜かれないんだから、もう何も心配しなくても良いはずなのだが……。
「……! ロック、ちょっと!」
突然ぐいっと服の袖を引っ張られる。服が伸びちまうだろ、とさながら駆逐系男子のように文句を言おうとしたが、そんな思いはすぐにかき消された。
信号を渡り、停留所に停まったバスを、友人が乗る自転車が追い越した。自転車はぐんぐんスピードを上げ、バスが再発車した時には、もう駅まで後少しの距離に居た。
「……抜かされたな。コナー、やっぱり超能力者の正体は、自転車乗りだったみたいだよ」
「……うん、そだね。なんていうか、それはそれで間抜けなオチだったね」
二人そろって肩を落とす。今回のオチは、いや、今回のオチも、なんてことはない日常の風景の中に有った。それもそうだ、これは日常の中の物語。オチが単純で、終わりが唐突で、後味があっさりで当たり前なのだ。僕の高校生活は○田一とは違う。
そう一人で結論付け、自分を慰めて、ようやくたどり着いたバス降り場。二人して降り立ち、もうとっくに改札に居るであろう友人の下に向かう時、
「……! ちょっと待って、コナー。電話だ」
携帯電話が振動によって僕に着信を告げた。送り主は、自転車乗りこと友人。一体全体どうしたのだろうと、電話を受け取る。
「どうしたの? 改札の場所でも分からなくなった?」
「違ぇよ。ちょっとまずいぜ、これは」
「不味いって、なにが?」
「駐輪場だよ。この駅の駐輪場。そこに自転車停めてたら、結構時間喰っちまった」
言われて、はたと気がつく。そうか、自転車の弱点は駐輪しなきゃいけない所か。この駅は、ちょうど真上に割と大きなショッピングセンターがあるため、警備は厳重だ。無賃駐輪なんてもってのほか、ましてや、今回だけ特別に自転車を停めた友人ではなく、普段からこの駅に駐輪している者なら、駐輪場の使用は必要不可欠。この駅の駐輪場は結構入り組んでいおり、友人が初心者であることをなしにしても、そう素早く駐輪を終わらせることはできない。
「……チェックかな。全然わからん」
詰みだ。いよいよ超能力者の正体が分からなくなった。もしや本当に、高校からここまで瞬間移動する異能力者がいるのだろうか。そんなことができるのなら、駅を中継せずに直接に家に帰ればいいのに。
諦めムードの僕が戯言を吐き捨て、仕方なし、コナーに実験失敗を告げようとした時、僕たちが居る屋内バスターミナルに、一台のバスが入ってきた。先ほどまで決死のカーチェイスを繰り広げていた、204番のバスだ。バスはスピードを緩めずに構内に入り、やがてバス降り場にさしかかってーー
そこで僕は、ようやく答えにたどり着いた。推理が現実に完璧にはまった快感。難問を解いた時の達成感。なんてものはいっさい感じなかった。真っ先に思ったのは『恥ずかしい』という、極めて原始的な羞恥の感情だった。こんなことも分からなかったのか、僕は。恥ずかしい、本当に恥ずかしい。僕は、どの面下げて頭が良いなどと吹聴していたのだ。ただの推測だが、お姉さんはおそらく、この答えを知っていたんだろう。その上で僕をおだてて、無知で無恥な僕を笑っていたのだろう。
「……ごめん、コナー。僕もう帰るわ」
「え? ちょ、ちょっと、超能力者は?」
引き止めるコナーの声を無視し、改札へと向かう。今は誰の顔も見たくない。帰って、枕に顔を埋めなければ、恥ずかしさで頭がどうにかなってしまいそうだ。答え合わせは、明日でも良いだろう。
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